第32話 文芸部にて 5

「ああ、わかる! 清子先生も教官室避けてたもん。普段から職員室の方に居て、着替えも職員室の方の更衣室使ってたと思うよ。教官室は坂田がいつも居たし」


 金曜日の放課後、僕は渚と文芸部に顔を出していた。部員の皆に水曜日のことを話すためだ。何故木曜日では無いのかと言うと、昨日はちょっとした騒ぎがあって放課後は全校生徒が帰らされていたからだ。体育教官室は一昨日の夜の内に一足先に封鎖され、放課後に警察が来ていたらしい。


 今年度だけで三件も不祥事を出す学校とか怖いね。しかもその三件全てに関わった生徒がいるらしい。まあ、――らしい――というのは、坂田の件に関わった生徒はあまり公にはされなかったから今回は噂になっていない。学校側も事を大きくしたくなかったのだろう。ただ、ネットニュースでは坂田の名前は見た。



 さて、成見さんの言う清子先生というのは西園寺先生のこと。西園寺先生は男女問わず人気があり、フレンドリーさも相まって運動部以外の女子ともよく話をしていた。その先生が避けていたと言うくらいなのだから坂田は以前から不審な部分があったのだろう。


 そして渚は三村と相談して、話せそうな部分と隠しようのない部分だけを部員の皆に話していた。


「運動部の子も、教官室に鍵を借りに行くの怖いって言ってましたし」――と小岩さん。


「あの先生、目つきがいやらしいんですよね……」――坂浪さんにも言われる。


「鈴代さんのお友達は大丈夫だったの?」――と渚に聞いてきたのは樋口先輩。


「はい、いえ、その、最悪になる直前でなんとか止められたというか。でも、触られたりはしてたのでショックだったと思います」


 渚から聞いた話では、あの坂田が居なくなった体育の授業。ちょうどあの時に三村が呼び出されて脅され、体を触られたというような話は聞いている。詳しくはもちろん教えて貰っていないけれど。


 二度目の体育の特は渚も不審に思い、後をつけたが三村に撒かれたらしい。そして、三度目の体育のときに渚がこっそり後をつけ、教官室に入った所でそのような光景を目にしてしまったそうだ。その際、警察に電話しようとしてスマホを取り上げられ、脅された上に三村からは口止めを頼まれた。


 三村はそのとき、渚には手を出さないようにと懇願したそうだ。ただ、その代わりにと、坂田の要求はエスカレートしてあの放課後の呼び出しに繋がったという。渚と三村は最低限の証拠だけ撮って交渉するつもりだったと言う。もちろん、僕らのコミュニティに映像を送っているのでスマホから消しても動画は無くならないのだが。


「もう十分最悪だね」


 樋口先輩の言葉に部員の皆が頷いた。もちろん、それ以上の最悪もあるけれど十分すぎるほど最悪だ。


「――ふぅ……鈴代さんありがとう、教えてくれて。とりあえず大体わかったし、この話はここまでにしない?」



 ◇◇◇◇◇



「あ、そういえばさ、鈴代さんはいつの間に三村さんと友達になってたの?」


 相馬が聞いてくる。

 まあ、意外だよな。僕が毛嫌いしていることを実は相馬もよく知っている。


「太一くんを冤罪から救ってくれたから」


「三村の方は今朝やっと友達って言ってたぞ。渚のこと」


「そうなんだ、友達って言ってくれてたんだ……」


 そんな嬉しそうな渚の顔を見ると、僕も三村のことを邪険にしづらい。笹島や萌木もちょっといいトコ見せたりなんかするもんだから、心底嫌なやつなんてそんなに居ないんじゃないかと思えてしまう。転校先で僕をイジメていた連中にも話せばわかるやつもいたかもしれない。


 ま、坂田みたいなのもいるけどさ。


 そして渚の一方的な片思いが叶ったかのようでちょっと嫉妬してしまった。


 渚に聞いた限りでは、三村は入試の成績が想定外に良かったため、進学コースに入れて母親がとても喜んでくれたのだそうだ。ただ、演劇部に入部してから姉ナントカに口説かれて調子に乗ったのが全ての不幸の始まりだったそうだ。


 信じられないことに、ヤツからは他の演劇部員とのデートを強要させられたりしていたらしい。渚は詳しく話してくれなかったけれど、それらが原因でかなり情緒不安定になり、勉強も疎かになって学力が落ちていったそうだ。


 三村が盗撮された動画については学校側には詳しく伝わっていないのか、三村は被害者として特に処分などはされなかったのはよかった。ただ、もう少し先の話になるのだが、一部の演劇部の部員は停学や退学をくらい、姉ナントカの派閥は消滅してしまうに至った――と皆川さんから聞かされることになる。



「あっ、友達って言えばさ、私も大事な友達できたんだ」


「いや、成見さんは普通に友達多そうだけど……」


 成見さんはこの中でもいちばん社交的に見える。


「そうでもないよ。でね、彼氏の妹のしずくちゃんが、友達に戻ってくれたんだよ。ちょっと前までは――見損ないました――なんて言われて無視されてたのに。今では元通り仲良しなんだよね」


「どこまで罪作りな幼馴染なんですか成見さん……」


「そんなこと言われても、告られてもないのに気持ちなんてわかんないよ。――坂浪さんこそどうだったの? 幼馴染」


「えっ、わっ、わたしは何というか、ちょっと話しかけてみたら普通に話せました」


「話したんだ!?」

「話したんですか!?」

「相手の反応どうだった?」


 一斉に話しかけられ、たじたじになっている坂浪さん。

 いや、僕も意外だったけどさ。


「その、――久しぶりに話したね――とか、――話しかけてきてくれて嬉しい――とか、――付き合ってる人いる?――とか普通の世間話をしました」


「いやいやいや、それ世間話じゃないよ。脈あるよ」


 成見さんの言葉にノノちゃんもコクコクと頷いている。


「で、でも、恋人がいるなら付き合ってる人いる? ――なんてのは世間話の内じゃないでしょうか」


「相手に恋人が居るのってハッキリした情報じゃないんだよね?」――と渚が聞く。


「クラスが違いますし、よく女の子と一緒に居るので……」


「そこは知らない体で来月のバレンタインにチョコを送って探ってみるのはどうでしょう? 実際知らないわけですし」


 小岩さんがそんなことを提案するのでちょっと口を挟んでみる。


「ええ、でもそれってズルくない? 男心が弄ばれそうだ」


「坂浪さんに思わせぶりな態度をとってる時点で相手がずるいので問題ないです」


 どちらも相手に告白させるための駆け引きなのだろうか。

 一方的に想いを伝えた僕にはちょっと理解できなかった。


「あ、あの、ちょっと待ってください。私、まだその幼馴染を好きかは……わからないので」


 その言葉にすごく残念そうな顔をする小岩さんと成見さん。


 そしてさっきからずっと何か声を掛けたくても掛けられないで百面相をしている西野。

 助け舟を出してやれないこともないのだが、奴の場合、好感度がマイナススタートなので迂闊なことを言えない。下手をすればこっちまで巻き添えを食らう。


「その人だけは他の人と違って、なんとなくいいなあって思うのも大事だと思うよ」


 渚が言った。それに身を乗り出して小岩さんが問う。


「経験談ですか?」


「……そんなとこ」


 小岩さんはメモを取っていた。彼女は最近、それまでは専ら読むばかりだった恋愛モノを書くことに興味を持ったらしい。自分でも驚いてると言っていた。まあ、相馬とノノちゃん以降、急に文芸部に恋愛話が増えたしね。


「はぁ、瀬川には先越されたと思ってたけど、その前から勝負はついてたのか」


「……相馬、お前そういうとこだぞ」


 相馬の失言はノノちゃんをうならせていた。


「いやっ、昔の話だから」


「昔の話でも彼女の前では言っちゃダメだろ」


 相馬は慌ててノノちゃんに謝る。

 渚だったら手が付けられなくなるな。尤も、僕の初恋は渚だったのでそんなことにはならないが。


「ハァ、相馬くんが彼氏だとノノちゃんが心配だなあ」


 いや、お前もだよ――とは誰も成見さんには言わなかった。



 ◇◇◇◇◇



「三学期の部誌の締め切り、月末までだからまだの人は宜しくね」


 僕と相馬で部室に届いていた荷物――部員の要望で買ってもらったサーキュレーターだった――を開封して説明書を読んでいたところ、樋口先輩から声を掛けられる。


「しまった、すっかり忘れてました」


 三学期は初日からいろいろとあったため、完全に頭から抜けていた。

 渚は当然提出していたし、そもそも彼女はストックが多い。


「先輩に贈る部誌だから遅れるのは困るよ? 締め切り厳守で。あ、それか新人勧誘の文章を何か書いてもらってもいいよ」


「俺はもう提出できそうなので、週明けには」――と相馬。


「わ、私はもうちょっと考えさせてください……」


 坂浪さんの言葉にちょっとだけ安心するが――。


「どれにするか悩んでるので鈴代さん、相談に乗ってもらえますか?」


 渚は快諾して坂浪さんの隣の席に行く。


「え、僕だけ? 西野もまだだよね」


「オレはもう提出したんで……」


「西野君は最近、とても真面目に取り組んでるよ。書き方も勉強していて基本的なところではミスらしいミスは無くなったし」


 そう樋口先輩が教えてくれる。


「マジですか……」


 うん、思えば僕はいちばん不真面目な部員なのかもしれない。渚と付き合い始めてからの僕はイチャイチャするか夜に渚とメッセージを送り合うか。勉強だけは1日2時間欠かさずやってたのが救いだ。


「太一くん、週末もあるし一緒にがんばろ?」


 そう渚が言うけれど、渚と頑張ったらどうやっても僕はなにも書けずに終わり、渚のストックが増えるだけだと思う。いつぞやの期末試験だって、Hの角度がどうのでこの角度がいいとか、こっちの角度はもっといいとか、試験とは何の関係もない検証が始まってしまったし。一緒にしてはいけない。


 僕の不満というか、逡巡が伝わったのか――う~ん――と呻った僕に、渚は口をとがらせる。


「瀬川くんなら鈴代さんが居るからたくさん書けそうな気もしますけど……」


「え、いや、坂浪さん、そんなこと書けるわけないじゃない」


「ん? 鈴代さんへの想いを文字で表すという意味ですが……」


「ああ、うん……そうだね……でも難しいな」


 渚との赤裸々な実態を書かされるのかと思ったら、そんな訳はなかった。坂浪さんがそんなことを言い出すわけが――ないのか? 本当に? ちょっぴり疑ってしまう。


「例えば鈴代さんに何か伝えたい想いとかないんですか?」


 ぐいぐい来る坂浪さん。坂浪さんの渚LOVEは最近無視できなくなってきている。

 そしてうんうんと坂浪さんの隣で頷く渚。


「伝えたいことは伝えるようにしてるけど……」


「長続きの秘訣ってやつかなー」――成見さんが茶化してくる。

「なるほど」――小岩さんはメモを取り始めた。


「全部伝えちゃって喧嘩とかならないの?」


 珍しく樋口先輩が首を突っ込んでくる。樋口先輩も思うところあるのだろうか?


「伝えなくてそれっぽくなることはあっても、伝えて喧嘩になったことはないよね?」


 渚に聞いてみた。


「う~ん、そうかな? そうかも」


「はぁ、ごちそうさまです」


 メモを取っていた小岩さんがため息をつき、ペンを置いた。

 ただ、僕は自分の言葉の中に書きたいことのヒントを見つけた。


 以前は伝えなかったことが多かった――何故か。


 ――嫉妬だ。かつて僕はあのモヤモヤした感情に支配され、渚に上手く言葉を伝えることができなくなり、距離を取ろうとしてしまったことがあった。あの感情は今でもときどき首をもたげてくる。渚は僕の気持ちをなんとなくは理解しているのだろう。でも、僕は強い言葉でその感情を振り切ることはあっても、そのみっともない部分を彼女に伝えたことはない。


「伝えられていないことが何となく見つかった。助かりました」



 ◇◇◇◇◇



 週明け、僕は何とか原稿を提出することができた。


 今朝、渚にも原稿を送って読んでもらっていたけれど、僕の気持ちを知った彼女は一日中ニマニマしっぱなしだった。渚の気持ちはたぶん、web小説でそれまで主人公視点だったせいでヒロインの気持ちが全く理解できなかったのを、突然ヒロインサイドに切り替わって――ああ、こんな気持ちだったのか――なんて思うやつ。アレだな。


 おかげで渚の様子に何かを察した隣の席の三村にまで冷やかされてしまった。


 そして樋口先輩に無事、原稿を提出できたわけだけど、実はまだ未提出の部員が居たのだ。


 ノノちゃんである。


 ノノちゃんはなんとキスの味についてのエッセイを長々と書き、相馬にめっちゃ反対されていたようだった。


 ――相馬、お前も僕と同じ気持ちを味わうがいい。


 そう思った僕は、渚や坂浪さんと一緒にノノちゃんのエッセイを推しまくっておいたのだった。



 第五章 完






--

 遅くなりましたが五章最終話でした。書き立てほやほやです!

 皆様の応援、ご感想に支えられました。ありがとうございます!

 内容は今回の事件のまとめと文芸部のいつものヤマもオチもない話でした。


 幕間を挟んで六章予定ですが、まだ何にも書いてません!


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