第27話 心配無用

 三学期に入ると席替えが行われた。渚はもともと眼鏡だったこともあり、後ろになったときも前の人に代わって貰ったりすることもあったので、いつも大体は前の方だった。今回もそれがあって、廊下側二列目の最後尾から最前列へ、つまり移動しないでそのままということになった。そしてそのすぐ後ろは鈴音ちゃん。鈴音ちゃんの運命力が羨ましい。


 僕はと言うと、窓際の後ろから3番目という冬場は温かく、しかも先生からは死角になりやすい平和なポジションを手に入れたが、渚と遠く離れてしまった僕にはそこまで嬉しくもなかった。


「フン……」


 隣の席は三村。先日は確かに助けられたけれど、こいつの学校での態度には変化は無かった。そして三村が窓際に居ると言うことは、業間や昼休みになると必然的に笹島や萌木が集まってくる。冬場の窓際はハイカーストの溜まり場だった。


 やめろ、そこに立つな。渚が見えない――なんて思っていると――。


「あー、瀬川エロい。七虹香なじかの胸ばっか見てる~」


「そんなわけねーだろ」


 揶揄ってくる萌木にちょっとイラついた僕はキツめの言葉を返す。


「瀬川、興味あんの? あたしも興味あるナァ」


 笹島はそう言うと、こちらに向けてスカートの端を持ち上げてくる。


「やめろ、興味ない」


「おっぱいは負けるけどコッチは負けないよ?」


 正面を向いて無視を決め込んだ僕に、笹島は冗談交じりにこちらに尻を向けてくるが、正直、渚以外の女の子の尻なんて全く興味もない。仕方がないので廊下側に近い相馬のところまで逃げることにした。ただ、業間が明けて戻ってくると僕の机は笹島の椅子になっていた……。



 ◇◇◇◇◇



「週末、お母さん居ないんだ」


 放課後、渚と制服のまま公園デートをしていた。学校帰りに川沿いの遊歩道を歩いてきてグラウンドを抜け、ちょっと傾斜のある芝生で座っていた。近くでは児童向けのスペースで子供たちが遊んでいる。


「あ、ふ~ん」


「えっ、太一くんその反応はなに? 私のこと飽きた?」


「いやいや、そうじゃなくて。いつもなし崩し的にイチャイチャしちゃうでしょ?」


「だって、いつも雰囲気良くなっちゃうもん……」


「うん、まあそうなんだけど、それって渚のお母さんにもうちの親にもバレてるわけでしょ。週末居ないとか言われると、なんだか外堀埋められてる感じで……」


「親公認なのは嫌?」


「把握されてるのが嫌なのかも。今頃イチャイチャしてるみたいな」


「それはわかるかも……。じゃあ週末はお出かけしてお泊りはするけどしないのはどう?」


「それもいいかもね」


 そういう訳で週末の土曜日は泊まるけどエッチはしないことにした。ただ、後で考えたらそんな無駄な抵抗は何の意味もないとわかりそうなものだけれど、この頃の僕らには確かに意味のあるささやかな抵抗だった。


 お母さんはまた実家に行くらしい。先々週行ったばかりなのに何かあったのかと渚に聞いてみたけれど、曾お爺さんの相続の話じゃないかなと言っていて、詳しくは知らないようだった。



 ◇◇◇◇◇



 金曜日。四時間目の体育の授業。


「今日、なんか坂田珍しく機嫌よかったな」


 サッカーをしながら田代がそんなことを言う。

 いつもならサッカーなりバスケなり、何かスポーツする前に走らされる。機嫌の悪いときはめっちゃ走り込みさせられる。それが今日は珍しく、最初からサッカーだった。準備運動さえ任せっぱなし。


「その方が助かるけどなあ」――僕としてはそこまで体育は楽しくない。

「で、その坂田は?」――相馬が辺りを見回す。さっきまで居たのに姿が見えない。

「知らね。居ない方がありがたいわ」――田代の言うとおりだ。


 グラウンドを駆けまわっていると、ボールが回ってくる。特別運動神経が良いわけでもなく、サッカーが得意なわけでもない僕は、まあ適当にドリブルしていって得意そうなやつにボールを回せばいいかってプレイをしているので大抵は後ろの方に居る。


「ん? あれ?」


 ――が、おかしなことにだれにも止められず、いやそれどころかほとんど誰も立ちはだかることなく相馬にパスを繋いで、さらには相馬からパスが回って来てしまい、仕方なく前に出るとほぼゴールキーパーと一対一の状態にまでなってしまった。僕の下手クソなさほど勢いのないシュートは、偶然コースが良かっただけでゴールしてしまった。


「やったな瀬川」――相馬が声をかけてきた。


「サッカーって思ったより面白いのかもしれない」


 なんて言いながらグラウンドを見渡すと、相手チームのゼッケンが5、6人しか見当たらない。体育の授業はいつも1-Bとの合同で行われ、男子は男子、女子は女子で授業を受けることがほとんど。今はグラウンドに男子で女子は体育館でバレーボールか何かしてるはず。で、どこに行ったのかと思ったら――。


「1-Bの連中、なにやってんだ……」――相馬が呟く。


 見ると、1-Bの男子の半分以上が体育館の広い正面玄関に集まってる。


「1-Aの女子を覗きに行ってるんだよ。ほら、でっかい女子が多いだろ。アホだね」


 1-Bのわりとマジメそうな男子が言う。


「ああ、渡辺さんとか鈴代さんとか渡辺さんとか新宮さんたちもそこそこ大きいし……」


 山崎、そんなに渡辺さんが好きか……。


 山崎の言葉に僕は相馬や田代、そして山崎とも顔を見合わせる。

 僕たちは誰からともなく走りだした。


 体育館前に着くと僕は立ち止まり――。


「おい、授業サボってないで…………て、お前らもかよ!」


 僕と相馬は体育館の前で立ち止まったが、田代と山崎はそのまま玄関まで走り込んで行った。外から見える限りでは、体育館の中では二面を使ってバレーボールが行われていた。運動の得意な女子は半袖の体操服でやったりしてる。玄関口の男子はみんな彼女らのプレイに見入っていた。


「坂田に見つかったらドヤされるぞ!」


「太一も来いよ、見たいんだろ?」


 田代がそう言ってくる。まあ、確かに見たい。渚がバレーボールしているところは一度見てみたい。が、それよりも渚が他の男子に見られているのが無性に腹が立つ。


「覗きはよくないだろ」


「ただのバレーボールじゃんか」

「応援してるだけだぞ」

「硬いこと言うな」

「真面目かよ」


「はぁ……腹立つけど戻るか……」

「そうだな」――と相馬。


「あれ? 太一くん、どうしたのこんなとこで」


 長袖の渚が外からやってくる。


「いや、渚こそどうしたの?」


「うん、あのね、体調悪い子を保健室に連れて行ってたんだけど……」


「そっか。こっちは坂田が居ないからってこいつらが女子覗きに来ちゃって」


「太一くんも覗きに来たの?」


「あっ、いや、そんなことはしないよ。渚が覗かれてるかと思って……」


「心配してくれてたんだ」


「ま、まあ、そんな感じ」


 なんて渚と話していたら、体育館の中から声がする。


「ほらほら男子はサボってないでグラウンドに戻れ!」


 女子の体育授業を受け持っている西園寺先生にドヤされて男子が戻ってくる。

 西園寺先生自身も男子に人気があるためか、――ご褒美貰えた――なんて言ってる男子も居る。


「あれ? 鈴代ちゃん、中に居ないと思ったらここにいたんだ」


 田代がそういうと、渚が一瞬だけ笑顔を作って答える。

 一緒に出てきた山崎はなんだか幸せそうだった。

 どうせ渡辺さんのプレイでも見られたんだろう。


「じゃあね」


 男子が出て行くと、入れ替わりに渚は体育館の中へ戻っていった。

 そして結局、坂田は授業の終了五分前くらいになって――お前ら真面目にやってたか――なんて言いながらやっと戻ってきた。



 ◇◇◇◇◇



 昼の休み時間、更衣室で着替えた僕はそのまま渚と待ち合わせて自販機へ向かう。

 明日の予定を話しながら、今日は一度渚の家に寄ってから帰る予定。


 教室に戻ってくると僕の席は笹島に占領されていた。あれから昼休みは相馬の傍の笹島と席を交換することになっていた。ただ、三村が居らず、三村の席には萌木が居た。今日、三村は休んでいるわけではなかった。


「笹島、席借りるから」


「瀬川のためにあたしのお尻で温めておいたよ」


「体育だから居なかっただろ……。三村はどうかしたのか?」


 正直、女子の体温が残る椅子にはあまり座りたくなかったので四時間目体育はありがたかった。


「佳苗は体育サボって保健室」――三村の席に座る萌木が言った。


 ああなるほど。渚が連れて行っていたのか――僕は相馬の前の席の笹島の椅子に座ると、相馬と弁当を食べ始める。田代と山崎はちょっと離れてしまったので一緒には食べていない。


「ちょっとここいいか」


 そう言って近くの空いた席に座って机を寄せてきたのは要注意人物、糸井。

 ほっそりとした体格ですごく色白だけど運動は得意。普段は眼鏡をかけてる。彼女持ち。


「学食に行くみたいだったから大丈夫だとは思うけど」――相馬が答えた。


 糸井は購買で買ってきたであろう焼きそばパンを開けて食べ始める。何なんだろうなこいつはと思いながら、僕は無視して相馬と話をしながら弁当を食べていると、焼きそばパンを食べ終えた糸井が――。


「瀬川、クリスマスのことはスマンかった」


「ん? クリスマスって」


「鈴代さんをクリパに誘ったことだよ、マジでスマン」


「ああ、あれね……」


 もちろん忘れるわけない。が、要注意リストに入っていた糸井の話を、心の狭い僕が素直に聞くわけがなかった。


「男バスの連中に頼まれて、断り切れなかったんだ。断られるのはわかってたから、形だけでも誘ったことにしておきたかった。スマン」


 僕は鼻でひとつ溜息をつく。


「事情があるって言うならせめて僕に断りを入れておいて欲しかったな。今頃言われても困るし」


「そうだな。いや、新崎さん経由で彼女に知られて、マジ反省したから」


 糸井は普段の態度からすると自信家の印象があるが、彼女に知られたから謝りに来たのか。思ったより見掛け倒しだな……。新崎さん経由ってことは相馬経由だろうか。勝手に反省した糸井はコロッケパンの袋に手を掛けた。


「ああ、それからさ、クリパで聞いたんだけど、他のクラスの運動部の連中、鈴代さん狙ってるやつ多いから気をつけろよ。そいつら瀬川を舐めてるから」


 お前も舐めてるだろとは言わなかった。そして要注意リストからは外す必要は無いなとは思った。



 ◇◇◇◇◇



 金曜日の放課後、あいにくの雨だったため学校帰りに渚と駅前のカフェチェーンに寄った。冷たい雨だったため、温かい珈琲でほっと一息つけた。


 僕は糸井が謝ってきたことを渚に話した。渚にとってはその場で断った話題なので特に気にもしていない。糸井の評価が上がることも下がることも無かった様子。ただ、僕が糸井をどう思っているかだけ聞いて、――そっか――とだけ返した。


「渚は他の男子に告白されたりするの? 最近」


「う~ん、告白されたらちゃんと太一くんに報告するよ?」


「じゃあ心配するほどじゃないか……」


「でも話があるって誘われたことはある」


「えっ」


「体育館横とか、渡り廊下とか、屋上の入り口とか、誘われたり呼び出されたことはある」


「そうなんだ……」


「全部断ってるから告白かどうかはわかんない」


「なるほど、そうだね」


 渚は相馬の時と同じように全部断っているみたいだ。でも、それを断り続けるのもすごいと思う。相手によってはちょっと怖かったり、周りに何を言われるか心配だったりすることもあるだろう。特に渚の場合は。


「――僕の彼女は強いね」


「心配無用?」


「そうでもない。今も心配で落ち着かない」


「じゃあちゃんと捕まえていてね」







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 日常に見えて日常じゃ無い回ですが、タイトルの通りです。


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