第18話 ズルいよ
昼の休み時間、相馬に頼んで新崎さんに奥村さんと、ついでに山咲さんのことをどうにかして欲しいとメッセージを送ってもらった。途端に新崎さんのグループが騒がしくなり、内容こそ話さないが四人ともスマホでせわしなくやり取りを始めた。
やがてひと段落したのか、相馬が僕にスマホを向けてくる。
『ごめん、こっちで話してみる』
『琴音は揶揄ってるだけみたいだけど』
『百合が口を割らない』
『これは話していいものなのかしら』
『瀬川くんの匂いに嵌っちゃったとか言ってるんだけど……』
「どうすんのよこれ……」
さすがの相馬も苦笑いしている。
「……とにかく今は体育の授業に出ないと。姫野のことも今からが勝負所かもしれないし」
「わかった」
とりあえず、タグを忍び込ませることができそうな物だけになるように荷物をまとめておく。机の中はノートや教科書、下敷きなんかを鞄に入れて空け、ペンケースくらいにしておいた。
◇◇◇◇◇
五時間目の体育が終わり、着替えて教室まで戻る。業間の長さを考えると戻ったらほぼすぐ次の授業だ。教室への帰り際、相馬が話しかけてくる。
「野々村さんからメッセージ来てる。姫野が授業終わってすぐに教室を出たって。あと、姫野の取り巻きが1-Aの手前の廊下で
「やっぱりか」
「野々村さんには動画撮ってるから近づかなくていいとは言ってある」
「その方がいいね」
教室に戻ると鞄は残ってたけれど机の中のペンケースが無い。
相馬と頷き合う。女子はまだ戻っていない。
結局、業間の間には確認ができなかった。続く英語も丸井だからスマホを触るには厳しい。
六時間目が終わり、SHR終了までの間に今回即席で作ったコミュニティにメッセージが入る。
『さっき姫野が慌てて戻って来て机に何か入れてた』――と野々村さん。
『タグがひとつ離れた場所にある』『たぶん1-C』――鈴音ちゃん。
『姫野さん撮れてた』『男子の誰かも映ってる』――新崎さん。
『俺が先に姫野押さえてくる。女子も誰か来て』――相馬。
『私が』『
SHRが終わるとすぐ、相馬たちは1-Cに向かう。
残った僕たちは新崎さんの席に集まって動画を――ちょ、ちょっと奥村さん近いです――渚を盾にして奥村さんを躱し、動画を確認する。
動画にはおそらく教室の後ろの入り口から入ってきた姫野――渚が本人と確認する――がフレームインしてくる。彼女は迷わず僕の席に近寄り机の中を探ってペンケースを取り出した。
「確定だね――」
「まだある」
食い気味にそう言った新崎さん。
『ちまちま消しゴム隠したりしねぇで中身を外にぶちまけりゃいいだろ』
そう言ってフレームに入ってきた男子。
誰?
『そこまでしなくてもいい』
『ちんたらやってねぇで直接脅せよ。その鈴代っての俺が襲ってやるよ』
は?
『そこまでしなくていいって言ってるでしょ!』
『
フレーム外からの女子の声に姫野は慌てて部屋を出て行ったようだ。
ペンケースを持ったまま。
残された男子は腹立たしそうに僕の鞄に蹴りを入れていった。
そういえば机がちょっとズレてたな……。
「ひどい……」――渚が画面に映る暴力に身を震わせ、涙ぐむ。
「とりあえず相馬たちの所へ行こうか」
◇◇◇◇◇
1-Cの教室では、相馬たちに止められて姫野と取り巻きの三人の女子が残っていた。野々村さんの姿が見えないから、おそらく相馬が先に文芸部にでも行かせたのではないかと思う。野々村さんに矛先が向いたら他のクラスからでは守ってやれないから。
姫野という女子は気が強そうだけど可愛らしい子だった。新崎たち四人や今の渚が極端に目立つだけで、実物を見ると普通にクラスのアイドル的存在と言われてもおかしくない容姿だった。
「やっときた。引き止めておいたからあとはよろしく」
相馬に代わって新崎さんが――。
「鈴代さんのことでお話に来ました。何の話かは分かり――」
「あの男は誰!?」
新崎さんの話に割って入る。
「ちょっと瀬川くん。順序立てて話さないとこっちも――」
「渚を襲うとか言ってた男は誰!?」
はぁ――と溜め息をついた新崎さんは、スマホを取り出してさっきの動画を再生させ、姫野たちに見せる。
姫野たち四人は、お互いに顔を見合わせ戸惑った様子。
「ひら……おかです」――取り巻きの一人が言う。
「こいつが平岡か」
「誰? 知ってるのか瀬川」
「西野を唆して文芸部の子に手を出そうとしてたヤツだよ。こいつだけは許さない」
「……そうか。でも瀬川、とりあえずこっちの話を片付けよう」
「とにかく、あなたたちのやっていることについては証拠を押さえました。鈴代さんが目当てというのも見当がついています。何か言い分はありますか?」
「私、そんなこと……」
「まさかこの期に及んでやっていないは通りませんよ? 姫野さんの席は?」
「ここだね」――と相馬。
「そこに瀬川くんのペンケースがあるはずですけど、出してもらえますか?」
姫野は新崎の言葉に息を飲み、狼狽するも、結局言われるがまま机から僕のペンケースを出す。
「瀬川くんはどうしたいですか? さぞ頭に来てることでしょうね?」
新崎さんが僕の様子を見ながらそう
新崎さんの読みは正しい。何しろ今は平岡のことで頭がいっぱいだった。もちろん、渚に対する嫌がらせも腹が立ってはいたけれど……。
「えっ……と、渚はどうしたい?」
「私はあなたに聞いてるのよ、瀬川くん!?」
「僕はその……姫野? も、そこまで本気で酷いことをしようとしたわけじゃないんでしょ? 本気でやるならさ、教科書やノート破って捨てたり、体操服だって使えないようにしたりするもん。あ、靴をダメにされるのがいちばん困ったかな。やられたことあるからよく分かる」
「……そこまでは……しない」
「けどさ、渚にはそんなことでも辛いんだ。それはわかるよね」
姫野は黙っている。
まあ、この子も様子からするとハイカーストには弱い、僕と同じタイプだ。
新崎さんたちに囲まれてはどうしようもないだろう。
「だから渚がどうしたいかに依る。腹が立つなら僕も一緒に怒りたい」
「わ、私は太一くんがいいならいい。太一くんやみんなが居るからもう昔のことも平気。で、でも、どうして姫野さんがこんなことをしたのかだけは知りたい」
「あんたが……」
姫野は声にならないで居る。
「あのさ、悪いんだけど新崎さんたち、圧が強いから廊下出ててもらってもいい? 相馬もお願い。鈴音ちゃんだけ残って貰って」
「えっ、どうして」
「私たちなのですか?」
「圧って……」
「……」
「ほら、新崎。みんなも外で待とう」
相馬が促してくれて、渚と鈴音ちゃんだけ残り、僕も離れて待つ。
「あんたが……鈴代が!」
「――自分はなんにもしてませんって顔してヒロ君を誘惑するからでしょ! 中学になってからヒロ君、鈴代のことばかり話して、あたしのことなんて見てもくれなくなった。大人しいけど話してみるとかわいいんだ? 馬鹿じゃないの!? おっぱいばっかりでっかい痩せっぽちじゃないの! ズルいよ! もう諦めたかと思ってたのにまたあんな告白までして! ズルいよ!」
姫野は溜まっていたものを吐き出すように、筋道の通らない言葉を叫んだ。
彼女は満華さん絡みじゃなかったわけか……。
「あ、あの、ヒロ君って?」
「
すると今度は取り巻きたちが――。
「朋、あなた、幼馴染を寝取られたって言ってたよね!?」
「どういうこと!? 騙してたの?」
「だから同中の子は朋を避けてたのね……」
取り巻きの三人は手のひらを返したように鈴代の元に寄って謝ってくる。が、渚は――。
「わ、私は、貴女方も同罪だと思いますっ! と、友達ならちゃんと話の真偽を確かめて、こんな行動をとる前に諫めるくらいはするべきかと!」
渚が涙目になりながら精一杯がんばって口にした言葉。
取り巻きたちは、ばつが悪そうに顔を見合わせる。
「んで? 姫野、あんたはどうするつもりなの?」
鈴音ちゃんが問い詰めるが姫野は答えない。代わりに渚が――。
「わ、私は、その、姫野さんの言い分はわかりました。でも、児玉君のことは誘惑したつもりはありません」
「わかってるわよそんなの!!」
渚は姫野の叫びに目を瞑るが、毅然とした態度を崩さないように頑張っている。おそらく、中学のころの彼女とは比べ物にならないくらい強くなったのだろう。
「鈴代が先輩にイジメられて情けない顔をしてる間はヒロ君も鈴代を避けてくれてたのよ!」
「そんなだからあんたも幼馴染に相手にされなかったんじゃないの? それに、その幼馴染も大したことないわね」
鈴音ちゃんがキツい言葉を投げつける。
「なんですって!? ヒロ君を――」
「好きな子がイジメられて避ける? 根性無しもいいとこね。そこの瀬川なら体を張ってでも助けるわよ」
なるほど確かにその通りかもしれない。結局、そのヒロ君とやらは渚を守ってカースト下位に落ちぶれたくなかったのだろう。そしてあの自販機前で告白をしていた児玉君のことだとするなら、ハイカーストに登った渚を見て告白をしたのだ。そんなやつに渚を盗られないでよかったと心底思う。
「ヒロ君を、ヒロ君を悪く言わないでよ、うあぁぁぁぁあん――」
泣き出す姫野。それでも取り巻きたちは彼女を慰めようとしない。ただ――。
――驚いたことに渚が姫野を抱きしめた。そして背中を擦り始めた。
「うあぁぁあん、バカ女ぁ! ズルいよ、ズルいよぉ」
しばらく姫野は泣き止まなかった。
――ようやく落ち着いてきたころ、渚が口を開く。
「友達ならちゃんと面倒見てあげてください」
そう、取り巻きの三人に言うと、渚は僕のところへやってきて左腕を取った。
「謝ってもらわなくていいの?」
「……それはもういいの。太一くんが大丈夫なら」
「どうして慰めてあげたの?」
「太一くんの余裕が何となくわかっちゃった」
「そっか。渚がいいなら僕もいい」
「でもね……太一くんが辛いときはちゃんと言ってね。あんなことされて辛くない人なんていないから」
「わかった……」
「はぁ、またベタベタして。忘れてるわよ、ペンケース」
鈴音ちゃんが呆れて渡してきたのは僕のペンケース。
お揃いで買ったシャープペンだけは避難させておいたけど無事でよかった。
◇◇◇◇◇
廊下に出る――が、相馬と新崎さんが居ない。
「あっ、瀬川くん!」
宮地さんが慌てた様子で僕の名を呼ぶ。
「大変! 文芸部に行ってるノノちゃんって子が助けてって相馬くんにメッセージ寄越したの! 麻衣が瀬川くんに伝えておいてって」
のんびりしている場合ではなかった。僕は慌てて駆け出した。
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また不穏な引きですみません! ひと段落までは持って行ったので!
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