第15話 僕の彼女は告白を受け入れる

「太一、いい話と悪い話、俺はふたつ持ってきた。どちらから聞きたい?」


 あの田代が昼の休み時間の終わり頃、どこからか山崎と二人で戻ってきたかと思ったら、そんな話を僕に持ちかけてきた。ちなみに田代の席は山崎の右斜め前。廊下側の列の中ほどだ。渚に近くて羨ましい。


「いい話で」


「後に残しておかなくていいのか?」


「おいしい物はすぐに食べることにしたから」


 確かに渚と付き合い始める前までの僕は、先に面倒なことを片付けてからおいしい物に手を伸ばしていた。しかし、彼女と付き合い始めてわかった。いま手を出しておかないと後悔することはたくさんある。


「二年の先輩からの情報だけどな、お前の好きな鈴代ちゃんの彼氏、あれ実は女だったらしいぞ」


「へ……え。そうなんだ」


「それだけかよ! もっと食いつけよ!」


「……それで、悪い方は?」


「なんだよ、つまんねえな。――こっちは鈴代ちゃんと同中のやつからの情報だけどな、鈴代ちゃん、中学の頃は女の先輩と付き合ってたらしいんだ。だから彼女、実は女子が恋愛対象の可能性がある」


「なんだそんなことか……」


 ――言ってから僕は、裏事情を知る人間としてこの返答は正しかったのだろうかと考えてしまった。適当に相槌を打っておいた方が良かったか? しかし田代から返ってきた言葉は予想とは違った。


「だよな! 男の恋人ができれば気も変わるかもしれんしな」


 田代は予想以上にポジティブだった。

 ただ、そのポジティブさというものは田代だけに留まらなかったのだ。


 スマホに通知が届く。

 ホーム画面からメッセージの一部を見る。


『太一くん、どうしよう――』


 渚からだった。渚は今、教室にはいない。

 僕は立ち上がり、田代達から見えないようにメッセージを確認する。


『太一くん、どうしよう。みちかちゃんが恋人じゃないって知られちゃったみたい』

『いま、鈴音ちゃんが傍に居てくれてるんだけど、告白してくる男子がいて』


『いまどこ?』


『学食の外の自販機の近く』


『すぐ行く』


 渚が困ってる――それだけで駆け出すには十分だった。


「あ、おい、どこ行く――」


「鈴代んとこ!」



 ◇◇◇◇◇



 自販機の近くには人だかりがいて、渚がどこに居るのかとしばらくうろうろ探していたが、そうではなかった。その人だかりの中に渚と鈴音ちゃんが居たのだ。


 人だかりの中に居たのは渚と鈴音ちゃんだけではなかった。偶然なのか、それとも仕組まれたのか、時折校内を徘徊しているマルチメディア部の腕章を付けた生徒が混ざっていた。一人はハンディカメラを構え、その先には小さなマイクを持った女子が居る。ご丁寧にレフ板まで居てその先に居る渚をカメラ映えするよう照らしていた。


 そして渚の前には跪いて手を伸ばす二人のイケメンが!


「さあ、鈴代さん! いい加減白黒つけましょう! どちらを選ぶのか!」


 マルチメディア部の彼女はそうやって、渚にどちらかの告白を受けざるをえないように周りを煽っていた。


 以前なら弱気になっていたかもしれない。あんなイケメン相手なら――と。

 以前なら卑屈になっていたかもしれない。どうして渚は逃げないの――と。





 ――冗談じゃない。


「ちょっと! 退いてくれない?」


 僕は前の人を強引に押しのけて進む。


「痛って、なにすんだ」

「ちょっと! 押さないでよ」


 僕は上着を引っ張られたりしながらも前に出た。


「君は何? 飛び入り?」


 マルチメディア部の女子がマイクを向けてくる。


「鈴代が困ってるだろ! 煽るな!」


 怒鳴りつけられた彼女はきょとんとしていた。


 邪魔するな! 引っ込め! ――そういった周りの声を無視して渚の方へ手を伸ばす。


「鈴代、行こう!」

「はい!」


 渚は僕の手を取り、僕は再び野次馬を押しのけて進む。

 人垣を抜けたところで僕たちは走り出した。


 渡り廊下を抜け、校内を走り、昇降口を通ってクラスの教室のある校舎の階段までやってきてようやく足を止める。ここまで追ってきている人は居ない。


「あー、楽しかった!」


「渚、足速くなったね」

「毎日走ってるから」


「鈴音ちゃん、置いてきちゃったね」

「そうだった! 謝っておかないと」


 渚はスマホを操作する。


「怒ってる!」

「渚が手を繋がないから」


「太一くんに怒ってるよ」

「こっちかよ……」



 ◇◇◇◇◇



 その後、鈴音ちゃんを待ってから教室まで戻った。ただ、教室に入った途端――。


「「「おめでとー!!」」」


 何故か十数人のクラスメイトに拍手と共に迎えられる。

 田代に山崎、相馬、新崎さんや彼女と仲のいい友達、皆川さんとか渡辺さんもいる。

 なにこれ?


「話を聞いて速攻で告りに行くかよ普通! 俺も告白するつもりだったんだぞ!」


 田代がスマホを見せながらそんな事を言ってくる。

 スマホには生徒会のコミュニティ経由の動画が映っていた。


『突然現れた無名の男子に鈴代さんを攫われて、サッカー部一年の期待の星! 児玉君、めっちゃキレてます! そして演劇部二年の塩路君! 前の彼女と別れて告白したという噂までありますが、呆然としております!』

『こらー! 予鈴鳴ったぞ! 大勢でいつまで遊んどるか!』

『やっべ、成金の坂田きた。撤収ー!』

『聞こえたぞ! 誰が成金だ!』


 クラスメイトがそれを見て笑っていた。あれ? ……デジャブ? じゃないよな。


「――これライブ?」


「他にないだろ」


「――ってことは見られてた?」


「バッチリ」


「田代がね、瀬川くんが告白に行ったなんていうからびっくりしたけど、まさかあの状況から強奪するとはね」――新崎さんが笑う。


「それでそれで? 告白はOK貰えたんだよね?」――渡辺さんが聞いてきた。


「いや、告白って言うかなんていうか……」


「あれで告白しないつもりだったの!?」


「いや……」

「わ、私はOKです! 瀬川くんと付き合います!」


 声を上げたのは渚だった。

 えっ、そういう方向で行くの?

 事情を知るはずの新崎さんや相馬、皆川さんなんかがニコニコと楽しそうな顔をしていた。鈴音ちゃんには溜息をつかれていたけど、渚がいいならいいかな。


「や、やったー……」


「何でそんな微妙な反応なんだよ! もっと喜べよ!」――田代に突っ込まれる。


「いや、現実感なくてさ……」


 その場にいる皆に笑われる。


 とにかくこれでようやく僕たちは恋人宣言することができた。すぐに現国の先生が来て解散させられたけど、席に着いてからも、これから堂々と渚と一緒に居ることができることを考えると、顔がほころんでしまうのを止められなかった。



 ◇◇◇◇◇



「てかさ、何で急に渚が告白されたりしてたの?」


 今日から渚と下校できるようになったわけだけど、放課後、事情を知っている皆でお祝いをと、相馬と新崎さんが誘って鈴音ちゃん、それから皆川さんとファミレスに集まっていた。僕たち二人のデザートは皆の奢り。


「例のあの写真、うちの部とか演劇に詳しい上級生の方にも回ったみたいなのよね。そしたら椎名ミチの顔、知ってる人なんてざらじゃない。あっという間だったみたい。もともと鈴代ちゃんは文化祭で注目されてて狙ってた男子も結構いたし」


「服飾担当の宮地があんな衣装着せるからでしょ。渚もちょっとは嫌がりなさいよ」


「太一くんが喜んでくれるかなって……」


「「「はぁ……」」」――相馬と新崎さんと鈴音ちゃんが揃って溜息をつく。


「クラスの皆が知ったらびっくりするわ。渚は清楚可憐な文学少女で通ってんのに」


「渚は清楚可憐な文学少女だろ」――鈴音ちゃんの言葉に反論する。


「どうだか」――鈴音ちゃんに見据えられて渚が恥ずかしそうに唇を噛んでいる。


「私もびっくりしたわ。鈴代さんたち、まさかそんなに関係が進んでるなんて。――あ、別に変な意味じゃないのよ。幸せそうだし、そんなに信頼できる相手に高校で出会えるなんて素敵だと思うわ」


 新崎さんには以前、話の流れで上手くカマを掛けられて渚がバラしてしまった。一緒に居た相馬にもバレて呆れられた。鈴音ちゃんはともかくとして、皆川にもしつこく聞かれて教えてしまっていたので、渚との関係の進展はここにいる皆は知っている。


「新崎は運命の相手を見つけたいんだって。意外とロマンティストだよね」

「意外は余計よ。相馬こそノノちゃんだっけ? まさかロリっ子趣味があるとはね」


「ロリとか言うなよ彼女気にしてるんだから。あでも、新崎よりはあると思うね」

「見たこともないくせによく言うわ」


「お前ら、どんだけ仲良くなってるんだよ……。皆、引いてるでしょ」


 ちなみに渚には胸の話は禁句だ。本人は当然のように誘惑に使ってくるけれど、学校とかで田代とかと胸の話をすると後で物凄く嫉妬される。しばしば貴賎なしなどと宣われるモノではあるが、大きいとか小さいとか関係ない。話自体が禁句だったし注視してもいけない。


「まあ、瀬川くんとこには負けるわね」

「そうだね。ごちそうさま」



「なんかもっと揶揄われるかと思ってた……。よかった」

「前にも言ってたけど、そんなに心配だったの?」

「中学の時は面倒くさいの居たからね。うちのクラスには居ないけど」

「えっ、なになに? 聞いて無いんだけど」


「あの場では皆川さんに詳しく言ってなかったけど、渚はちょっと昔、色々あったみたいなんだ」


「中学の時は幼馴染の先輩にベッタリで、その先輩も普段は男の子っぽい喋り方するから恋人と思われてたの」


「椎名ミチ?」


「うん。先輩、演劇部で男役とか得意だったから女子に人気があってね、私、ちょっと疎ましがられてたの。それでも在学中は先輩が守ってくれてたからまだ耐えられたけど、卒業してからひとつ上の先輩から揶揄われたりして……」


「揶揄うっていうよりイジメだね。同級生にも仲間が居たんだけどさ、陰湿でホントやになるわ」


「学校は助けてくれなかったの?」


「渚と担任に相談したんだよね。でもその担任、渚にセクハラみたいなことしか言わなくて、最後には渚も悪いんじゃないかみたいなことを言い出して、……いま思い出しても腹が立つ」


「母に転校も勧められたんだけど、鈴音ちゃんと離れたくなくて……」


 右隣に座る渚の左手を両手で握ってあげた。


「鈴音ちゃんのおかげで渚に出会えたんだね。鈴音ちゃん、ありがとう。――渚も頑張ったね」


「何かあったら次はあんたが頑張んなさいよ」


 鈴音ちゃんのキツい物言いも、もしかしたら三年間、渚を守ってくれたせいかもしれないなと思うと愛らしくなってくる。僕に出会う前の渚を守ってくれた彼女には感謝しかない。


「クラスでイジメなんてあったら私が許さないわ。委員長も正義感強いから守ってくれるでしょうし」――新崎さんが嬉しいことを言ってくれる。


「笹島と三村と萌木だね。要注意は」――鈴音ちゃんが人差し指を振り振り言う。

「あの三人は大丈夫かも……」


「なんでよ?」

「わかんないけど、なんか何言われても平気……かも」


 なんで? よくわからない渚の自信を感じる。


「渚がどう思おうと気を付けてよほんと。何かあったらすぐに言って」

「ありがと、鈴音ちゃん」


 何にしろ、これだけ心強い味方が居れば渚も安心だった。







--

 三章にてようやく公に恋人となりました!

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