第3話 キスシーン

 次の日は放課後にまず、皆川さんの推敲のためにメインキャストだけで通してみた。そして序盤の僕の台詞の多いこと多いこと。主人公をこき下ろす言葉に始まり、三人のヒロインとの仲の良さをアピールし、追放理由を並べてから追放まで、結構大変だった。


 渚と同じ側に居るのもここまで。次のシーンの最後では渚の演じているキャラクターをモンスターの群れの中で切り捨てることになる。かなしい。


「はいここでキスシーン」


 と、皆川が述べていく。今日は演劇部員が中心となってタイムスケジュールと演出を考えるだけなので何もしない。何もしないがちょっと胸にチクっとくる。


 大体さ、ヒロイン三人も居て、助け出す度にキスシーンってどうなの? ハーレムじゃん。本命ってどういうことよ。実際に物語の中に入って改めて思った。追放されたけど実は凄くてしかも女の子全員ハーレムって異常じゃない? こいつら何考えてるの? 追放する側になってみると全員を寝取られたような気分になってしまう。僕の方が最初に好きになったのに! ――って、自分が原作なのに思ってしまった。


「瀬川どうしたの? 体調悪い?」


 相馬が聞いてくる。


「いや、自分で書いておいて酷い話だなって思った。勇者の立場からすると」


「あはは。そんなもんかな」


「マジで酷い。鬱になりそう」


 通して話を最後まで聞いてみると、これ面白いのか? って自分で唸ってしまった。



 ◇◇◇◇◇



 数日後、皆川さんたち演劇部員が本番の台本を寄越してきた。舞台の道具や衣装なんかは実行委員側からのGOサインが出てからとなるけれど、そっちはそっちで集まって話を進めているみたいだった。


 台本の方はと言うと、尺が余るらしいのでざまぁシーンが強化されていた……。国王と臣下、お姫様が追加されていた。それに対して主人公はさらにお姫様をハーレムに加えていた。皆川さん、酷くない?


「やりたい女子が多いから増やしたよ」


 気軽にそう言ってくれる。当然、僕の憐れな台詞は増えていた。


「じゃ、立ち位置とかもあるから一度やってみて。スマホ持ったままでいいから」


 皆川さんをはじめ、演劇部員が見守る中メインキャストでまた通してみた。

 てか、演劇部員がメインやればいいじゃん――って言ってみたけれど、新しい部員獲得のために文化祭ではクラスのサポートに徹するのだそうだ。そもそも、演劇部だけで複数演目があるのでクラスの方までやってられないとか。


「はい、キスシーンね。せっかくだからフリだけしてくれない?」


「えっ!?」


 皆川の言葉に思わず声を出してしまった。


「いや、瀬川じゃないから」


「いや……そりゃ分かってるけどさ……」


「あのっ、まだ覚えること多いので立ち位置だけでいいですか?」


 渚がちょっと自信なさげな声でそう言ってくれたのでナシにはなったけれど、いずれやんないといけないんだよね。ただ、その後の新崎さんとか渡辺さんとかはノリノリでフリをしていた。



 ◇◇◇◇◇



 翌々日のHRではメインキャストの皆も台詞をそこそこ覚えてきたようで、モブ役も併せて通してみることとなった。机を寄せて教室の前半分を舞台に見立てて演技を始めた。舞台道具や衣装も本格的に始動したみたい。


 序盤、僕は未だに台詞を覚えきれていない。立ち位置だけは頻繁に変えなくて済むようにしてくれてはいたが、なにぶん台詞が多すぎる。


 そして問題のシーン……。


 フリとは言え、僕は舞台の袖側から心配で見ていた。


 ――モブの中から助け出された渚。

 ――渚の両肩に触れる相馬。

 ――相馬の顔をじっと見る渚。


 そう大した演技でもないのだろう。だけど僕の心臓は張り裂けそうだった。

 特に相馬を真剣な表情で見る渚を見続けることができなかった。


「鈴代ちゃん、めっちゃ気合入ってるな。演技の時は声も大きいし」


 しばらく出番がない僕に寄ってきた田代が言う。

 普段、教室で居るとき渚は声が小さい。確かにそれと比べるとずっと声が大きい。

 気合の方は――相馬をそんな真剣に見つめないで欲しいと我儘で思った。


「なんだよ太一、気になるんだろ?」


 田代が小さな声でそう言ってくる。

 誤魔化し切れなかった僕は他所を向いてスマホを見、台詞を覚える振りをして会話から逃げた。


 皆川さんたちは眺めていたクラスメイト達に意見を聞き、演出を調整しているみたいだった。よくやるよなあ。



 ◇◇◇◇◇



 そして放課後。その調整した演出を練習に追加してみることになる。

 僕の方には特に変更は無し。何より今は台詞に慣れてくれと言われた。

 

 ハァ――とにかく渚が気にならないように台詞といくらかの演技を何度も練習していた。


 気にならないように――そう思っていたけれど、どうしても渚が気になってしまう。

 ふと演じてる渚の声に反応して見てしまった。

 相馬は渚の腰に手を回し、彼女を庇うように剣を突き出していた。


 えっ、いや、そんな演出あった?


 僕は慌ててスマホをフリックし、今の演技部分まで捲った。――ないよね?

 さらに渚を見やると、今度は肩に手を回されていた。

 えっ? えっ?


「やっぱその方がいいね、仲良さそうに見える」


 皆川に言われて相馬が照れている。演出変えた? 渚は周りに気づかれないくらいにチラとこちらに視線を送ってきていた。渚はどう思ってるんだろう? 嫌じゃないの?

 僕の心臓は荒打ち、台詞を覚えるどころではなくなってしまった。


 他のヒロインにも親しそうに接する相馬の主人公だったけれど、渚の時だけがどうしても心に迫るような演技のように見えてしまって仕方が無かった。居た堪れなくなった僕は教室を飛び出していた。



 ◇◇◇◇◇



『どこ行っちゃったの? みんな探してるよ?』


 そういうメッセージが渚から届いた。

 どうしよう……そのまま話したら渚に呆れられるかもしれない。


『読んでるでしょ? どうしたの?』


『ちょっとトイレ』


『ほんとに?』


『うん』


 渚からのメッセージが止まる。

 複雑な気持ちを整理しきれず、僕は屋上への階段のどん詰まり、施錠された扉の前で考えあぐねていた。


 ペコ――再びメッセージの通知が。


『あのね、相馬くんから一緒に練習しないかって誘われた』


『皆で?』


 しばらく返事が来ない。


『二人でって』


 僕は跳ねる心臓を抑えるようにスマホを持つ左手を胸にやった。


 ――練習だもんね。

 ――渚は行きたいの?

 ――行きたいなら行けば?


 何て返したらいい?

 そんないじけた言葉でいいの?

 彼女を試すような返事でいいのか?




 校舎の階段のいちばん上、誰も来ない場所。静寂の後、再び通知が。


『太一くん? ちゃんと返事して』


 渚のメッセージに息を飲みこむ。


『僕は許さない』


 ちょっと強い言葉かと思ったけれど、余裕のない僕には他の言葉は選べなかった。

 やってしまったことにスマホから思わず目を逸らしてしまった。

 少しだけ時間を空けてまたメッセージが。


『はい、わかりました』


 彼女の感情が見えなかった。

 怒っているとは思いたくなかった。

 戻ってみたけれど、彼女が目を合わせないからわからない。

 練習終わりに『こっちの駅で』と、彼女の最寄り駅での待ち合わせの合図が届く。

 少しだけ彼女とは離れて下校したあと、駅で待ち合わせ。


「行こっか」


 渚は怒っている様子でもなく、いつものような笑顔。

 静かに隣を歩いていたけれど、いつも落ち着ける場所まではそんなに喋らない。



 ◇◇◇◇◇



 駅から近い彼女の家に着く。

 彼女は家の鍵を開け――ただいまぁ――と声を掛けて先に入る。

 僕は玄関で靴を脱いで手で揃える。


 立ち上がって振り返ると、ばっと抱きつかれた。


「な、渚? どうしたの?」


 彼女はつま先立ちして抱きついていた。

 いくらか前屈みの僕の首元に顔を擦り付け首を横に振った。

 少し鼻をすする音が。


「泣いてるの?」


「ううん、嬉しかったの」


 変な顔になってるから見ないでと、目を瞑ったままキスを求めてきた。

 いつもより少しだけ塩味のするキスだった。


 渚は先に部屋へ行っていてと洗面所に向かった。

 彼女の部屋は初めてという訳ではなかったけれど、どうしても女の子の部屋は緊張する。つい――お邪魔します――などと言ってしまう。何か、強い香りがあるわけではない。けど、彼女の部屋は何となく甘い香りが感じられる。


 渚は久しぶりに眼鏡をかけていた。

 やっぱり、皆の前では眼鏡をかけてくれてる方がいいかなとも思った。

 

「ご飯、あとでもいい?」




 彼女の肩。

 幅が狭くて細い。最初に触れたときはその柔らかさに驚いた。

 でも最近、細いなりに筋肉がついてきた気がする。少しの変化だけど。


 彼女の腰。

 普段見るお尻は小さいのに、幅が広くて女の子特有の骨格というものを感じさせられた。柔らかいだけじゃなく、彼女の感覚がひとつひとつ筋肉の動きとなって指先へと伝わってくる。


「どうしたの?」


 対面に居る彼女が、頭半分くらい上から僕に語りかけてくる。


「なんでも……」


「また……。じゃあどうして太一くんのお友達が触った所ばかり触れてくるの?」


 彼女には見透かされていた。


「そう? そう……だね。ごめん。男の嫉妬とかみっともないね」


「そうじゃないよ? ちゃんと言って」


「渚の肩も、腰も僕のものだから」


 渚ははにかんだ後――。


「わかった。ありがと」


 その後、ファミレスで遅めの夕食を取り、ついでに少しだけ彼女と課題をしてから帰った。


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