現実

ジメジメした空気を取り除きたくて、リビングだけについているエアコンで除湿をつける。

ほどなくして母が両手にぱんぱんの買い物袋を提げて帰ってきた。どうやら買い物に行っていたようだ。

買い物袋をどさっと床に起きながら、玄関にある私の靴に気がついた母から声がかかる。

「ふー、疲れた。唯帰ってたの?米とかいっぱいで大変だった。手伝ってほしかったなー」

帰ってきて早々に嫌味のような言葉。

「連絡くれれば良かったじゃん」

昨日から心の波が落ち着かなくて、いつもならグッと我慢出来る母の言葉に反射で反論してしまった。連絡もくれないで、後で文句を言われても困る。いつもこういう手伝いは兄には頼まないで私にばかりグチグチと言う。兄はやりたくない事は頼まれたことにさえ文句や暴言を言うから母は兄に頼まないのだろう。そして娘の私にはこんなに頑張ってる私の頼みも聞いてくれないならもう自分のことは自分でやりなさい、と突き放せば言うことを聞くと分かっているから強く言う。

母は私の言葉を塞ぐ確実な方法を持っている。

そして私はそれに抗う術を知らない。

「唯が帰ってくるって連絡くれたら言えたのに」

私が悪いのか。そうか。

「いつも帰るなんて連絡してないじゃん」

聞こえないようにぼそっと言い返すことしかできない。

「なに?なんか言った?」

「なんも言ってない」

昨日の今日で私には喧嘩する体力なんて残ってない。もうどうでもいい。

「昨日のお兄ちゃんとの喧嘩だって、いちいちお兄ちゃんの神経を逆撫でするようなこと言ったりやったりするんじゃないの、お互い大人になりなさい」

ここで昨日のことを持ち出してくるのか。

食器を片付けないなんて、兄だってやってる事をなんで私がやったぐらいで殴られなくちゃいけないの?兄の機嫌がそもそも悪かったからでしょ?八つ当たりできる場所が欲しかっただけだろうが。それなのになんで私が悪いみたいに言われなくちゃいけないの。どうして味方してくれないの、いつもいつもいつもいつもいつも。

助けてよ。

「私が悪いんでしょ、どうせ」

全部文句として言ってやりたいのに、声に出たのは、投げやりな一言だけだった。

食材を冷蔵庫にしまう母の背中を睨む。

「そういう言い方するからお兄ちゃんが怒るんでしょ」

案の定、母には何も伝わらない。

母は振り返ることなくまた私を責める。

大事な話をする時は相手の目を見ようねと教えたのはあんたなのに。

母の背中が私を拒絶してるように感じて苛立ちが増す。苛立ちだけじゃない、私は必要とされていないんじゃないかという空虚感。

聞いてよ、私の言葉を。

届いてよ、私の悲鳴。

助けてよ、苦しみから。

その場にいたくなくて、逃げるように自分の部屋に入る。当てつけのように部屋の扉を強く閉めた。

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