素直な子だと言われたの、初めてでした

言葉を選ばずにさらりと先生に伝えてしまった。

先生はさっきまで興味なさげに教科書をめくりながら話していたのに、私の言葉を聞いた途端急に視線をあげるものだから、先生の切れ長な目とカチリと視線が合った。

あぁ、綺麗な目だなぁ。なんて今考えるべきでない感想が浮かぶ。

「あ!別に死ぬとかじゃないので、安心してください。私が悪い部分もありますし」

急な視線に戸惑い、慌てて言葉を付け足す。

一応先生は先生なので、何か大事になってはまずいと、大袈裟じゃないことを必死にアピールする。

兄を恨めしい、憎いと言いつつ兄を守っている自分は一体なんなんだろう。やっていることがチグハグで自分でも分からない。

「男が女に手をあげることに、真っ当な理由なんてひとつも無いことは、この先生きていく中で忘れちゃいけないことだ。頭に入れておけ」

驚いた。

「はい。ありがとうございます…。そんな事初めて言われました」

「藤崎、お前どんな環境にいるんだよ」

「え、先生私の名前知ってるんですか?」

先生との接点なんてなかった私の名前を知っていることに驚いてしまった。

「そこじゃないだろうが…、クラスの代表やっているやつの名前は自然と耳に入る機会もあるだろう。特に藤崎のクラスの担任は、委員決めの時揉めたから藤崎が立候補してくれて助かったと言っていたしな。誰かの助けになる藤崎は優しい子なんだと思ったよ」

誰もやりたがらないクラスの代表を引き受けたおかげで、私は先生に名前を覚えてもらえてたのか。なんだ、そうか。

嫌々やっていた訳では無いけど好きでやっているわけでもなかったクラスの代表が少し好きになれた。

「そうだったんですね。私、あのクラスの代表決める時の空気とか苦手なんです。仲いい子とかが急に他人に見える」

だから、私が代表になることでさっさとあの空気を終わらせたかった。別に優しいわけじゃないんですよ。と言いながら足を見る。

「他人の都合に合わせて生きるのと、自分がそうしたいと思ったから行動したって言うのとでは大きく違うからな?」

藤崎がしたのはどっちだ? と、問われ考えたことも無くて戸惑う。

「考えたことなかったです。私、流されやすいので」

「それならこれから考えていけばいい、藤崎には これから時間がいっぱいあるんだから」

「大人ってそういうようなこと言いますよね。若いんだからとかなんとでもなるとか、これからどうとでもなるとか。私そういう言葉大嫌い。無責任。」

先生の言葉はすんなり入ってきたのに、先生の裏に隠れる嫌いな大人達にイライラして、先生に思わず八つ当たりをしてしまう。自分で気づいてるのに、止まらない。

「そんで、最終的に自分の若い頃はーって自慢話に繋がるのばっかみたい。こっちは今悩んでて、この悩みはあなたと同じじゃないし、どうにかなる保証なんてどこにもないのに、分かりやしないのになんでそんなこと言えるの?そういう人たちみんなまとめて滅びてしまえばいいのに」

毛虫でも見たような顔で先生を睨む

「ははっ、藤崎は素直だな」

今の流れでなんでそんな言葉が出てくるのだろうか…。

「話聞いてましたか…?」

「聞いてたよ」

先生は立てた膝に頬杖をついて、ようはあれだろ?

「人が大好きなんだろ、藤崎は」

「そんなこと言ってませんけど…」

「でもそう聞こえたよ」

先生は優しく笑う。

「人の言葉で一喜一憂するのは、人の言葉を聞いてるから、人の言葉に期待してるから、人を見てるから。違う?」

「…そうかもしれません」

「うん、そうやって反発せず人の言葉を受け入れられるのも藤崎のいいところだと思うよ」

「ありがとうございます…」

こんなに人に褒められることがないので、すごくもどかしい気持ちになる。視線を下げると目に入った、階段の隅のホコリが気になる。

「人に期待はしない方がいい。期待っていうのは結局、君の言う無責任な大人たちと一緒だから。なんでか分かるかな?」

言われてドキリとした。そんなこと考えたこと無かった。

「わからないです、自分でやるつもりないけど、やってくれるよね?って相手に押し付けるからですか?」

分からず、ない頭をフル稼働して答えてみる。

「そうそう、自分で責任をとるのが怖いから、逃げてるよね。誰かの言葉を待ってる、相手がしてくれるのを待って、それが期待と違えば糾弾すればいいんだからそりゃ楽だよね」

さっきまで優しく微笑んでいたのが、段々とニヤニヤと笑んでいるように見えてきた。

「さっきの委員決めの話だけど、藤崎は優しいけど、色んな人に都合よく使われていて、それを許しているのは藤崎だよな?」

「は?」

さっきまで兄に殴られた私を気遣うような言葉をかけていた人とはまるで正反対の人のように、急に突き放された。

思わず苛立ち、声が低くなる。

「何が言いたいんですか?」

先生の瞳が私を捉えて離さない。

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