いつもと違う
よもぎ望
いつもと違う
初めは、些細な違和感だった。
例えば甘いものが苦手と言っていたのによく菓子パンを食べるようになったとか。好きな靴のブランドが変わったとか。一見趣向が変わったんだろうと思うだけのものばかりだが、俺にはどうにも奇妙に思えた。
「お前、何か変じゃねえ?」
きっかけはなんだったか。昼休みの教室。中身の無い雑談をしている途中で心に留めていた言葉がぽろっと漏れた。目の前の春一はピタリと動きを止め、じっとこちらを見つめる。騒がしい教室内で二人の周囲だけ時が止まったようだった。
「ヘン……って言うと?」
「いや、違和感っつうか、なんとなーくいつもと違う感じっつうか」
具体的にどう、と言われるとわからずふわふわとした言い方しかできない。
暫くの沈黙の後、持っていた菓子パンの袋をぐしゃりと握りしめて春一が口を開いた。
「……もし、違うって言ったら?」
それは〝いつもの仁瀬春一〟の笑顔だった。憎たらしい悪ガキのような笑顔。そして再度試すような口調で俺に問いかける。
「オレがもし夏樹の知ってるオレじゃなかったら、夏樹はどうするの?」
「どういう意味だ」
「そのまんまだよ。ドッペルゲンガー、コピー、クローン……まあなんでもいいけど。見た目が同じ別の存在が俺に成り代わっていたらって話」
心臓の音が五月蝿いくらい耳元で響いている。
何か言わなくては。熱くなる目を覆い隠して深く呼吸をし、落ち着いた〝いつもの本生夏樹〟の顔を向ける。
「……さてはお前、適当に話してるな」
「真面目に言ってるってば」
「嘘つけ。その顔は話をややこしくして俺を小馬鹿にしながら楽しんでる時の顔だ」
「ひど〜い。オレは急に面白い話をする夏樹に乗っかって楽しくお話してあげよ〜ってだけなのに」
「おま……こっちは真面目に心配して言ってんのに」
漫才のように会話を続けていく。それは何も違和感のない、いつもの日常のように。
自分と全く同じ別の存在。もし春一がそうなら俺は……どうするのだろう。遠ざける?変わらず接し続ける?俺は、どうする?
「夏樹?」
名前を呼ぶ春一の声に、伏せていた視線をハッと前に戻す。と同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。心配そうに何度か名前を呼ぶ春一へ、ぼーっとしてたと適当に返して自分の席へと帰る。
感じた違和感も、先程の笑顔も、どちらも本物だと思う。思ってしまえばそれ以上も以下も、バカな俺には出しようがない。
今言葉を交わした春一が偽物でも本物でも、それは〝いつもの仁瀬春一〟だ。
=========================================
「違う、ねぇ」
席に戻る夏樹の背中を見てつぶやく。一ヶ月前まで猫背で丸まっていた背中。
俺が数種類パンを買ってきたら惣菜パンを取るようになったり。誕生日プレゼントと言って、全く違う日に好きでもないブランドの靴を渡してきたり。
動揺すると目が赤く変わったり。
「……いつもと違うのはどっちなんだか」
いつもと違う よもぎ望 @M0chi_o
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます