第37話 ワールドエンド・チェスト

 お問い合わせウィンドウに映る谷崎さんは、コーヒーを入れたマグカップを片手に一息ついていた。


「谷崎さん!」

「ハルト君。君たちの勝ちだ」

「えっ」

「彼女に一撃見舞っていた時点で勝ちと言っていい。君ならやれると信じていたさ」

「あらメガネさん、悔し紛れかしら。自分の世界をとられてやけになっちゃったかな?」

「そうだね。悔しいから、本気を出した」

「はい? ……い、ぎっ!」


 ガクン、とCアリスが膝をついた。そして俺が『カルンウェナン』を刺したあたりから、ビキビキビキ、と光の割れ目のようなものが広がり始める。


「ぎゃあああああああああ!」


 Cアリスが悲鳴をあげた。今まで足を刺されても身体中を矢で撃たれても、地雷を踏んでも平気だったのに、だ。


「自壊プログラムだよ。君にとっては猛毒と言えばいいかな?」


 谷崎さんがクイッとメガネの蔓を押し上げた。


「君みたいなAIは確かに遊びに素直で、そして貪欲だ。そのためには擬似人格みたいなものまで形成して、ゲームを通して人間というものを徹底的に模倣、学習する。いや驚いたよ。ここまで自立したAIは前例が無いんじゃない?」

「う、ぐ、あ、貴方!!」

「でもゲームは人間が人間のためにデザインした優しい世界だ。そんなんだから気づかない。



【コメント欄】

>うおおおおお

>なんかメガネが急にカッコ良くなった!?

>今までの無能ムーヴは演技だったのか?

>汚ねえwwwwwいいぞもっとやれwwww

>こいつの方がハッカーなんじゃねえか

>つまりどういう事だってばよ3行で頼む

>外からこの世界に直接干渉できなかった

>だからメガネはチートと一緒に自壊プログラムを仕込んだ

>ちくわ大明神

>Cアリスの遊びに付き合わせて、師匠にそれを打ち込ませた…誰だ今の

>絶妙なタイミングで差し込むなやwww

>こんな時にお前www

>しまらねぇコメント欄だなwww



「ここは君が作った戦場バトルフィールドだよ。映画でもドラマでも、ましてやゲームの世界じゃない。一度戦いとなった時のニンゲンを舐めない事だね」

「あああああ! ふざっ……けないで! そんな反則するなら!」



<エネミーの攻撃に即死属性が付与されました>



<決戦エリアです。即死属性が解除されます>



「えっ!? な、何で!? ここは私の世界なのに!」

「その世界はもう僕の手の内にある。そのくさびになったのがハルトくんの一撃さ――自壊プログラムが君を崩しながら、外に強いリンクを結んだ。僕が君の世界の外で待機させたアンチウイルスや修復プログラムがドンドン入り込んで、その世界を解体していくよ」

「このおおおおおお! せめて! ウサギさんを殺してやるうううううう!」


 ビキビキと全身に光のヒビが入るCアリスだが、吠えながら朱槍を構えている。まだやる気だ。


 さっきとは違って殺気が伝わってくる。破れかぶれの一撃を放とうとしているようだ。


 追い込まれたラスボスのような姿に――思わず笑ってしまった。


「俺を殺す、かぁ」

「何がおかしいの!?」

「君、誰か忘れてない?」


 ひた、ひたとCアリスの背後から近づく、黄金をまとう彼女が見えた。


「な、に!?」

「師匠、私は我慢したよ」


 双剣を構えてゆっくり歩いてくるのはシシマロだった。


 おお、怒ってる怒ってる。


 顔を真似されて怒ってる。


 その顔も可愛い。言わないけど。


「合図を待たずに来ちゃったけどもう限界。私の顔で吠えて飛んで叫んでさ。あったまきた」

「いつのまに!?」

「俺言ったはずだけど……聞こえなかったかな。そりゃそうだよね。君、僕に夢中だったから」

「!!!」


 シシマロは完全に背後を取っている。避けることも受けることもできない距離だ。


 言わば詰みの状況。


 さすがにCアリスも理解したのか、「やめて!」「ごめんなさい助けて」と命乞いをしている。


 だが、もうそんなのは聞こえない。


 こいつの言葉は空っぽだ。


 模倣して最適化して、最も効率的な言葉を吐いているだけなのだから。


「シシマロ、やっちゃえ!」


 首を斬るジェスチャーをする。それを合図に、低く、獅子のように構えるシシマロ。


 しなやかに、美しいその姿。


 かつて配信動画で憧れた、彼女の姿。


 そして今も尚、この身を焦がすようなシビれる姿。


 身体にまとう黄金のオーラが腕を伝わり、双剣に宿る。


「師匠を殺すって言ったよね」

「ひっ」

 殺すって言った!」

「やめ――」

「消し飛べ――【獅子無尽斬】!!」


 刹那、シシマロの両肩の先が消える。


 Cアリスの体を穿つのは無数の、黄金の閃光。


 人体の急所に滑り込むようなその軌跡は一撃一撃が必殺級。


 あっという間に99ヒットのカウントが出て、ダメージも9999兆とギネス級のそれ。


 最後に双剣を納刀したかと思いきや、大きく振りかぶったのは――右の手のひら。


「私の顔真似すんなー!」


 バチーンと放たれたビンタ。武器によるものではないからダメージは1だけど、ボロボロになったCアリスは「ぶげあ!」という声をあげて吹っ飛んでいた。


 宙を舞い、そしてドシャァと地面に叩きつけられるCアリス。身体中が光のヒビに包まれて、そこからピクリとも動かなくなった。


「……やった?」

「やったみたいだよ」

「やったよね師匠!?」

「やったよ!」


 倒した。


 と、思った瞬間にヒャッホー! と駆け寄る。


 二人で抱き合って、ギューっと抱きしめて、ちょっと恥ずかしくなって離れて、二人でピョンピョンと跳ねる。



>大 勝 利

>や っ た ぜ

>跳ねてる二人くっそ可愛い

>あらあらまあまあ

>最後は可愛いのなw

>ぐぅかわ

>二人とも戦ってる時と普通の時の落差が凄いw

>本当に倒しちまった

>外部から来たAIをぶっ倒すとかスゲーな

>デスゲームが終わった後とは思えんw



「お疲れ様二人とも。さすがだったよ」


 と、谷崎さん。ウィンドウには背後で椅子にへたりこんだ神崎さんと、ウンウンと頷いているタコさんが映っていた。


「君たちが気を引いたから、こっちも色々できた。最高の仕事だよ」

「何だか囮にされたような気もするんですけどね」

「そんな事はないよ。これはトッププレイヤーの君たちしかできなかったことだ。類まれなる、メタバース世界での戦闘センスのある君たちに」


 ものはいいようだな!


 と言いたいけど悪い気がしないのも、またなんか悔しい。


「君たちの勇気に敬意を表するよ。公式として感謝を述べたい」


 そう言って敬礼をする谷崎さんだけど……それだけはビシッと決まっていた。


 この人、社長もそうだけど……本当は何者なんだろうか。


 本当に配信業の社長と、ゲームクリエイターなのか?


「師匠、ほら見て!」


 クイクイ、と袖を引っ張られたのでそちらに顔を向けると、そこには何やらワープゲートのような空間が出ていた。光の輪の中のその奥は、俺たちが良く知るプライベートロビーがある。


「そこから帰ってくれ。もうログアウトはできる。けど、安全な場所でするに越したことは無いからね」


 キュッと手を繋がれた。えっ、と顔を上げると、シシマロがいひひと笑っている。


 くそ。


 何だそれ。


 可愛いじゃないか。


 コメントも囃し立てるように、滝のようにコメントが流れーー





 ――ゾクリ。



 

 首筋に悪寒のようなものが走った。


 耳から、肌から、視界以外から感じる全てが俺に警告を発している。


 咄嗟に、シシマロをゲートに突き飛ばす。


 体がグワっと舞い上がった。


 何かに思いっきり、強かに殴られたと気づいたのは地面に叩きつけられた後だった。


「いっ……たくないけど。何だ!?」


 顔を上げてみると、そこにはもう何と形容したらいいかわからないものがいた。


「Cアリス!?」

「いやだああああああああああ死にたくないいいいいいいいいい!」


 全長が四、五メートルほどある、真っ黒でドロドロとした、かろうじて人の姿をした、巨人の上半身のような――何か。


 まさに、吐き気を催す何かジャバウォックだ。


 良く見れば空は青から真っ赤に変わって、大小様々な目が浮き出ている。Cアリスの目だろうか。そこには嘲りと、そして寂しさがあった。


 周囲も森から廃城に切り替わっているけれど、足場のテクスチャーがところどころ剥がれて亜空間のようになっている。崩れていくCアリスが体を維持するために、あらゆるものを吸収しまくっている――とでも言えばいいのだろうか。


「師匠!」

「来ちゃだめだ! そっから出ないで!」


 すぐに刀を構えた。


 トンボの構え。前にしか進まない構えだ。


「ハルトくん! そこの転送ホールに飛び込め! もうCアリスの遊びに付き合う必要はないよ!」

「いやだああああああああああもっと遊ぶううううううううう!」


 聞くに耐えない声だった。


 これだけやられてもまだ貪欲に、本能のままに活動する。


 ただ彼女にそこまで憎しみがあるかと言えば、今となってはそうでもなくなった。


 シシマロがみじん切りにした時点でその感情はどこかに飛んでいった。


 今あるのはそう、哀れみに近い。


 所詮、AIはただの作り物。いかに遊ぶという欲を埋め込まれようと、こうして書かれた式の通りに動くだけの存在。


 でも、それって人も言えるよね。ただただ漫然と生きていればそう。欲だけに突き動かされて彷徨うモブだ。


 俺もシシマロに出会わなければ、ただの痛いメカクレの陰キャというモブだった。


 多分、次第に荒んでいって、もしかしたらシシマロの事も可愛さ余って憎さ百倍みたいに、アンチになっていたのかも。そういう人いるよね。


 それを好転させたキッカケを作ったと言ったら、認めたくはないけど彼女、Cアリスの遊びだったと言えなくもない。


 なら。


 せめて彼女は自分が始末をつけた方が良いのかもしれない。


「斬る」

「ハルトくん!」

「師匠!」


 何故かはわからないけど、こうしないといけないような気がしただけだ。


 スキルを選択する。


 ドゥっと、腹の底から激情が込み上げてくる。


 ――かと思いきや。


 意外や意外、澄み渡るような、晴れやかな感覚。


 谷崎さんのチートによるものなのか、Cアリスがメチャクチャに改変したこのワンダーランドの影響なのか。それはわからない。


 走り出す。


 巨人になったCアリスから、極太の触手が無数に飛んでくる。


 逃げずに走る。


 触手を飛び越えて、走って。


 世界が加速する。


 ボロボロになったワンダーランドは視界から消えた。


 ほら、もう目の前に彼女がいる。


 命乞いをしている。


 アリスの顔になり、シシマロの顔になり、無数の顔でやめてと懇願してくる。


 残念だけど、すでに刀は放たれている。


 何処からか声がする。いつも聞こえるこれは、誰の声なのだろうか。


 非科学的だけど――多分、才能タレントからなのだろう。





 ――斬るべし。


 ――護る為に、斬るべし!


 ――たゞ吠えて、一心不乱に。


 ――災禍を、断つべし!





「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」





 切先が溶けた巨人の頭に抵抗なく入った。


 刃が額から鼻、唇、首、胸、腹と通り抜けていく。


 全てを両断した。


 世界を両断した。


 チェストの声と共に、全部を斬った。


 背を向けて駆け出す。


 光の輪の先から、シシマロが手を伸ばしている。


 どんどん背後から崩れる音がする。


 彼女の手を――今――掴んだ!


 即座にログアウトする。


 目が覚めたらそこはダイブポットの中。


 急いで開けて、シシマロの方に向かう。


 彼女もまた急いで開けたようで、既にそこに立っていた。


 彼女を抱きしめた感覚は本物。


 柔らかくて、暖かかった。




―――――――――兎―――――――――

お読みいただきありがとうございます!

面白かったらコメントや♥

★★★やレビューにて応援して頂けると

今後の執筆の励みになります。

よろしくお願いします!

―――――――――兎―――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る