第35話 推しの守人

「それ効くの!?」

「わからない。でも馬で走ってるんでしょ? なら地形が変わったらズッコケるはずだよね!」


 背後を見る。攻撃の時にわずかにスピードダウンしていたみたいで、距離が少し広がっていた。


 前には広場のような場所。ここが終点ですよというのが見てわかる。思ったより広い。多分だけどあの赤鬼が馬に乗って戦う前提なのだろう。


 その決戦場の入り口にバッと【地雷火】をばら撒く。A3大の箱は磁石にでもくっついたかのように地面に吸着して、スーッと消えていった。


 あいつが踏むのかどうかはわからない。もしかしたら今の場所を避けるかも。


 でも直前でいきなり爆発したらどうだろうか。


「くらえ!」


 取り出したのは【煙幕玉】だ。叩きつけたり、投げて地面に転がると煙幕がばら撒かれる。


 投げた先は今即席で作った地雷原。


 大きく弧を描く【煙幕玉】。その間に迫る赤鬼。


 決戦エリアの中程まで入り込んで振り向いた時――。



 轟音。



 ひっくり返りそうな衝撃と共に、何メートルも伸び上がる土煙。いつも使ってるものとは桁違いの威力だった。


「……IED即席爆破装置のようだな。昔、装甲車がビルを越えて吹っ飛んだのをみたことがあるが、それと同じ威力に見える」


 ボソリと、お問合せウィンドウからタコさんの声が聞こえてきた。


「タコさん?」

「ハルトくん、そしてマロン。ここからが本番だろう。いいかい。教えた事を全部やれば勝てる」

「教えた事」

「マロンにリアルトレースボーナスを最適化するためにナイフ術を教えたように、ハルトくんには人体を壊す裏技を教えてある。相手が人型なら壊せる。二人とも、



【コメント欄】

>なんかイカついハゲがかっこいい事言ってる

>『ダンジョンフレンズ』には武術指導班がいるのかよ

>リアルトレースボーナスって何?

>知らないでゲームやってんのかwww

>いやまあ普通は知らないだろ隠し要素みたいなもんだし

>現実に則した攻撃をするとリアリティが増して威力にボーナスが乗る。大体のフルダイブ型ゲームはそう。

>バトルスタジアムの連中が異様にPVP強いのはそういう理由がある

>同じ才能タレントでも威力に差が出るのはそれ

>え、マロンってナイフ使えるの?

>結構噂になってた

>ミリタリー専門誌では現実に則してるって記事があった

>考察動画結構あるぞ

>師匠が人体を壊す裏技知ってるって何だそれw

>設定がどんどん追加されてくな

>師匠の師匠がこの筋肉ハゲか

>なんか映画見てるみたいだ



 コメント欄に目をやっている間に、上から落ちてくるものがあった。


 ドゴン! と言う音と共に降ってきたのはあの赤鬼だった。でっかい馬が頭から落ちてきてる。かなり高いところから落ちたから相当なダメージ……かと思いきや赤鬼はムックリと起きあがった。


「……あーびっくりした。いきなり空に舞い上がるんですもの」


 思わず舌打ちをしたくなる。赤鬼に抱かれてCアリスは無事だった。


 ただ相手の馬はそこからピクリとも動かず、金色のエフェクトと共に消えてしまった。落下ダメージは全てあいつに入ったのか。


 どうやら馬も別のモンスターだったようで、俺とシシマロにはしっかりと経験値が入っている。


「酷いわウサギさん。いきなりあんなふうにビックリさせて」

「君がいう言葉じゃないよ」

「やだウサギさん。言葉がトゲトゲしているわ。楽しくないの?」

「楽しくないよ」


 キッパリ言うと、Cアリスの顔が悲しそうな顔になった。構うものかと俺は言葉を続ける。


「何で?」

「ゲームならそりゃ何だこのクソゲーって言いながら、みんなの反応を見て楽しむんだろう。けどね、君、シシマロを優先的に狙ったでしょ」

「そうよ。狩りゲームは弱ったものから狙うのがニンゲンなんでしょう?」

「そうかもしれないね。でもその先にあるのはフリーズだ。もしかしたら廃人になるかもしれない。そして君はシシマロの命を狙った。それがどうしても我慢できない」

「師匠……」


 怒ったことなんて一度もない。


 本当だ。


 あ、いや、嘘。


 妹に風呂上がりのプリンを取られた時は怒ったかも。


 でも人のことをおもちゃにするような奴を見逃すなんてコトはできないし、目の前でやってたら怒る。


 それが推しに対してだったならば尚更だ。


 コメントにも被害にあってる人がいた。もしかしたら間一髪で逃げ延びて、この配信を見てる人だっているのかもしれない。


 そういう人も危険な目にあったと思うと、どうしても怒りを抑えられない。


「もう一度言うよ。元に戻して。みんなをログアウトさせて。でないと――」

「でないと何? 私を殺すの?」


 Cアリスはそういうと、さらに笑顔を向けて来る。


 それは邪悪な笑顔だった。ここだけ人間性が露出したような、生々しいものだ。


「あは、あはははは。私は学んでいるの。ニンゲンってね、殺すことが楽しいんだよね!」

「何を言ってんだ」

「私は学んだわ。貴方たちがモンスター狩りを楽しんでるその顔! 私は外部からもニンゲンについて学んだの。人はね、いっぱいいーっぱい血が流れてるエンターテイメントが大好きなのよ!」

「だからデスゲームを思いついたって、そう言いたいの!?」


 横に立っていたシシマロが吠えるようにそう言った。


 彼女もCアリスの所業については思うところがあったんだろう。そもそも幽閉騒ぎで友達を失ったのだ。さっきまでのコミカルな悲鳴も全部、それを出さないための強がり。彼女はそう言う人。だから安全なところで待っている事もなく俺についてきたし、その悲しみも辛さも十分伝わってきた。

 

「この世界では血は偽物。痛みもないわ。でも唯一、死んじゃうことと似てることがある」

「幽閉か」

「さあウサギさん。みんなの魂をかけてギリギリの遊びましょうよ。スリルがあるでしょう? ゾクゾクするでしょう? ここにいれば永遠に遊べるわ!」

「ハルトくん。そいつを人のように扱うな。俺は戦場でそういう奴をみたことがある。その言葉はやわらかくても、言ってることは戦闘中毒者ウォーモンガーと同じだ」


 なるほど、タコさんの言葉がしっくりくる。


 そして彼女が電子の牢獄に入れられたっていうその理由がよーくわかった。


 こいつは楽しむためなら人の命も魂も簡単に掛け金にするんだ。それが最も楽しい遊びだって結論づけたからだ。


 確かに、いわゆる「デスゲーム」ってのは外から見ていればハラハラする。倫理観との狭間に揺さぶられて、みているコチラをゾクゾクさせるっていう魅力がある。


 こいつは簡単に現実のものにする。デスゲームのエンタメとしての本質をしっかりと理解した上で、フルダイブ型メタバースの世界でやってのけるんだ。


 不思議の国のアリスの形態を取るのは皮肉なのか。


『理不尽な世界に放られても楽しめるだろう』

『夢の世界なら何でもアリだろう』

『ここは、ゲームの世界なのだから』

『デスゲームであってもそうなんだろう?』


 そういう製作者の性根の腐った意図が今、読み取れた。


 引きこもりで、ネット記事で知らず知らずに煽られて、勝手に人に絶望したアホが作ったというのもよくわかった。


 圧倒的な力を見せつけてくるんじゃなくて、理不尽だけどギリギリ攻略できるかどうかを科すのも、テロリストになりきれない臆病者だっていうのが透けてみえる。


 作ったやつは「こっちは最低限のルールには則ってる。死んだらあんたの自己責任、実力不足だよ」って卑怯にいってのける奴なんだろうな。ばっかじゃねえの。


 人じゃない。


 そもそもが、怪物モンスターから生み出された怪物モンスターだ。

 

「嫌だね」

「えー何で?」

「俺は君が嫌いだ」

「私は大好きよ? ほら、可愛い見た目してるでしょ? 推せる? ねえねえ?」

「俺が推すのはシシマロだけ」

「何だ。やっぱりチェシャ猫さんが好きなの。なら……」


 そういうと、槍を杖にして立ち上がった赤鬼にCアリスが抱きついた。


 奇妙なことが起きた。Cアリスがスーッと赤鬼の中に溶けていった。やがて赤鬼がもがき苦しんで痙攣して、ガクンと膝をつく。


 体がもこもこと不自然に隆起したりへっこんだりして、しばらく。うつむいていた顔がこちらに向くと――。


「や、やだ! あれ! 私の顔!」


 そう。赤鬼の面頬がカランと落ちて、現れたその顔はシシマロそっくりの顔。兜を脱いで出てきたのはCアリスの長い金髪だった。


「こんな風に。いろんなのをチェシャ猫さんの顔にしてあげるよ? ニンゲンは見た目が9割だもんね。あはは。あははははははは!」





 ――ブチン。



 

 

 初めてだった。


 堪忍袋の緒がキレた音を聞くのは。


 激昂が体を上っていく。


 けれど不思議なことに、慣れた感覚だった。


 なるほど、これがチェストなる状態なのかもしれない。


 意識を常識の外に置いて、意識的に修羅になる。


 しかしこの衝動に蝕まれることなく飼い慣らして戦う。


 グツグツと煮える腹の中に反して、頭は冷たい感覚すらある。


 殺意すら自分と切り離して、刀に宿っているような。


 


 それがチェストだと見た。


 過集中してるのがわかる。


 奴を斬る、ただそれだけになった。



>ひえっ

>ひええええええ

>師匠こっわ

>メカクレからチラッと見える目がやっば

>歯剥き出しになってガチギレしとる

>顔が鬼

>ウサ修羅

>美少女に戻して

>美少年に戻してだろいい加減にしろ

>鬼の形相になっとる

>本当にシシマロの事が好きなんだろうな

>こんな事されたらキレる

>解釈違いは宗教戦争だからな

>チェストしたれ師匠

>やっちまえ!


 

「シシマロ」

「え、あ、はいっ!」

「アイツを倒す」

「うん」

「一緒に!」

「うん!」



 自然と剣を高く構えた。


 スキルは使ってない。もう俺の構えはいつの間にかコレだった。


 この構え、トンボの構えって言うらしい。


 トンボは後ろに引かないから勝ち虫、なんだって。


 俺の性格と、俺の才能タレントとは真逆だ。


 最初こそ尻尾を巻いて逃げ出したかったさ。


 逃げた先でシシマロとトークして、幽閉騒ぎを外から眺めていたかった。


 でも世界を救えなんて言われたら。


 シシマロを侮辱されたら。


 逃げる足も止まる。


 振り向いて牙を見せる。


 ――【サツマラビット】は、もう逃げない!

 



<決戦エリアです>


<エネミーの即死属性は解除されます>




 メッセージが流れたその瞬間、俺はもう駆け出していた。




―――――――――兎―――――――――

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―――――――――兎―――――――――

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