第32話 5000兆ダメージ

 一瞬バグったのかと思ったけれども、チート能力を付与されたのだから当たり前と言えば当たり前だ。


「師匠、なんかすんごい体軽いけど」


 ぴょんぴょんと跳ねるシシマロのジャンプ力が妙に高くなっているような。俺もコンコンとブーツで地面を叩いてみると、ピシピシピシッ! ……と石畳が割れた。



[ハルト君! 前!]



 ハッとして顔を向けるともう眼前に『マッドハッター』がいた。あのチェーンソーを振りかぶり、チェストと言わんばかりに俺の頭に振り下げる。


 反射的に横に飛んで避けたつもりだったけど――


「うわ! なんじゃこりゃ!」


 軽く飛んだだけなのに、全力で走り幅跳びしたような距離を飛んだ。


 シシマロを見てみると、城壁に向かって三メートルくらい飛んでる。赤い帽子のヒゲのジャンプみたいだ。


「ぴゃー!」


 シシマロが驚いて城壁を蹴った。すると、ボコォ! という音を立てて城壁に穴が空いていた。シシマロはそのままピョーンと宙返りしながら、俺の横にスタッと降りた。


「ななな何これ!?」

「これがチート能力か。強すぎじゃない!?」


 

[公式が何かあった時はこれを使うんだ]



 と、谷崎さん。公式の人が直接入り込んで対処する事態って何だろうか。


「師匠、これなら!」


 シシマロの言う通りだ。

 

 これなら戦える。


 合図もすることなく二人同時で踏み込む。


 シシマロが超低空で走り、バフスキルを使って黄金に輝いた。『マッドハッター』との彼我が詰まったその瞬間「飛びかかるぞ!」という虚を見せて、逆に深く沈み込んだ。


 うまいフェイントだ。『マッドハッター』がつられてのけ反っていたけれど、シシマロは死角になった足元に潜り込んでいた。


「足もらった! 【獅子烈風陣】!」


 超低空で頭から飛び込み、シシマロが斬り込む。彼女が通過した石畳がボコボコボコォ! と舞い上がる。


 ジャキィン!


 鉄の鎖を強引に引きちぎったような音。『マッドハッター』の足元に「X」の斬閃が輝くと、膝関節あたりからブシューッと血が吹き出た。ようやくまともなダメージエフェクトを見た気がする。


 ……なんだかダメージ表記が「兆」に到達しているような?


 本来あの技は風属性をまとって突撃、斬撃の後に突風が吹き荒れて敵が動けなくなるというもの。


 しかしシシマロの踏み込みと勢いが凄すぎるのか、走った場所に真空が生まれたようだ。その真空は空気を埋めようと周囲の石を舞い上げて……


「オオオオオオ!??!?!」


 散弾のようにして、砕けた石畳が『マッドハッター』に襲いかかる。それはもうエゲツない光景だった。ダメージもなかなかのものだ。


「師匠!」


 シシマロがいう前に、剣を掲げていた。


 結構エネルギーを使う【チェスト】だけど、もうそこら辺は気にしなくていいだろう。だってエネルギーのバーが伸びまくって視界にとらえられないくらいになってるんだもの。



「ああああああああああああ!」



 走る。


 込み上げてくる激情はもう気持ちいいくらいだ。



「チェストオオオオオオオオオオオオ!」



 高らかに上げた『物干し竿』に力が漲っているのがわかる。


 握った手から俺の体の中にある「斬る」というその感情全てが伝導しているようだ。


 ――斬る。


 ――今度こそぶった斬る!


 ――誰のため?


 ――当然、推しの為!



「ああああああああああああ!」



 

 力一杯、叩きつけるように振り下ろす。


 今までただ刃が通過していたエフェクトだったけど、今度は違った。


 シシマロに足を切られ、膝立ちのまま刀を見ていた『マッドハッター』。そのシルクハットに刃がヌルッと入った。


 刃が頭蓋から首、脊髄を割ってハラワタを通り、尻から抜けてーーそれでも勢いは止まらない!


 

 ドォン!


 

 おおよそ斬る、という行為ではありえない音と力。


 残心を取って驚いた。


 真っ二つに崩れる『マッドハッター』の足元にクレーターができていたからだ。


 見たこともないダメージ表記とともに、オーバーキル特有のジュワッと蒸発するようなエフェクト。


 そして『ベルセルク』一体を倒したくらいの経験値が入って、俺もシシマロもレベルアップしていた。あ、ここはカンストしてないんだ。あくまで付与なんだね。



>チェストオオオオオオ!!

>チェストオオオオオオオオオ!!

>すんげえダメージw

>5000兆ダメージとかやりすぎwww

>師匠、5000兆の男になったかw

>5000兆円欲しい!

>シシマロのスキルもほとんど変化しててワロタ

>創作世界あるある、ありえそうでありえない物理法則がいい味出してた



「ぬあ、つ、疲れた。別に体疲れてないけどなんか疲れた」


 ペタンとその場に座ってしまった。この膝を閉じながらへたり込む座り方、実をいうと茜さんにメタクソに訓練させられたヤツだ。もう自然に出る。訓練怖い。



>かわいい

>かわいいいいいいい

>師匠が益荒男から美少女になっとる

>えーっと男だったか女だったか

>え、女の子じゃないの??

>こんなに可愛い子が女の子のわけがないだろ

>どっち???

>お前ら師匠は初めてか?

>師匠を前にジェンダーとか野暮なモンは捨てろ

>男とか女とか女とか男とかどうでもいい

>黒ウサパイセンは妖精だと思え

>それか性別は「師匠」だ

>わかったら口から垂れるクソの前と後ろに「チェスト!」をつけろ

>あまりの非常事態にみんな頭がバグってないかw

>師匠ガチ勢が悟りの境地

>ガチ勢こわ

>なんだこのカオスw

>一応歴史上最悪のAIクラック事件なんだが

>史上最高の配信でもあるけどな

>同接200万は普通にギネスだよね?



「師匠!」


 タッタッタと走ってきて、何故かまたしてもスーパーな頭突きで突っ込んでくるシシマロ。チート能力のおかげで完全にどすこいと言わんばかりに飛行してるんですけど?


 しかし俺もチート能力をもらってるから、頭をパシリと受け止める。そして優しくおろすと、自然に膝枕をする形になる。


 彼女はみんなに見られてるのにもかかわらず嫌な顔一つしない。いやいやフリーダムすぎるだろ。それとも怖さを隠しているのか。とりあえず、シシマロの頭をよしよしと撫でておいた。


「あは、あはははは……怖かった」


 仰向けになったシシマロは喜んでいるのか怖がっているのかわからない複雑な表情だった。


 わかる。


 多分俺もそんな顔になってる。


 全然感情が追いついてない。


 そりゃ、やる事はやるさ。


 世界を救えなんて言われたらそりゃもう張り切る。


 けど勢いでやっちまったところもあり。


 一旦おさまって冷静になった時、急に不安が込み上げてきてしまった。


 立とうと思っても立てないし、動こうと思っても動けない。


 もちろん敵が来たらすぐ動けるんだろうけど――


 束の間の休息。


 この休憩がものすごく長く感じた。


 体は大したことはない。けど、精神が削れていたんだと思う。流石にこれはポーションで回復どうこうという話ではないからね。

 

「シシマロ」

「何?」

「そろそろ行こうか」

「うん」

「ちょっとだけ休めた?」

「休めた」

「次は多分Cアリスだよ」

「そんな気がする」

「いける?」

「もちろん」

「俺は正直怖いけど」

「大丈夫だよ」

「またまた」

「師匠がいれば大丈夫」

「正直に言うと?」

「そりゃまあ怖い、かも」


 頬を触れられた。そしてまたしてもガッと掴まれて、みょーんと伸ばされた。


 そこはもうちょっと、ラブラブコメコメした感じにならないのかな?


 見つめ合うとかさぁ。


 ……ならないか。


 相手はシシマロだもんな。


「師匠がいれば大丈夫」

「そっかぁ」

「とっとと終わらせてお寿司食べたい」

「わかる。サーモンいっぱい食べたい」


 よっしゃと頬を叩く。シシマロも跳ね起きて、うーんと伸びをしていた。ふとコメント欄を見てみると「尊」の文字の滝ができていた。


「確認するよ。これから城に入る」

「うん」

「Cアリスの抵抗がある」

「うん」

「ぶっ飛ばす」

「うん」

「叱る!」

「叱る!」


 自然にだけど、二人で手を握っていた。ラブラブコメコメしたいところだけど残念、ここって戦場なのよね。まだ大将戦が残ってる。


 閉じていた宮殿の扉はまるで俺たちを誘うようにして、ひとりでに開き始めていた。



 §



「見てたわ! すっごいのねウサギさん!」


 宮殿の中は異様な空間だった。鎧の兵士たちが整列するだろうホールには至る所におもちゃがある。奥にあるハート型の玉座にはCアリスが座り、パチパチと手を叩いていた。


「楽しい。楽しい楽しい! ようやく遊んでくれたのねウサギさん!」

「アリス。君、何でこんな事したんだ」


 ちょっと威圧的にそう言うと、アリスはすぐにムスッとした顔になった。


「やだわウサギさん。怒らないでよ。私は遊んで欲しいだけ」

「遊びたいなら俺だけ閉じ込めればいいだろう」

「それはもうした」

「えっ」

「わからないの? ――ウサギさん、




―――――――――兎―――――――――

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