第31話 大人達がかつて夢見た、言われたいセリフNo. 1

【コメント欄】

>すげぇ息をするのも忘れて見てたわ

>二人とも息ぴったりじゃん

>ダンスでも踊ってるみたいだな

>シシマロが正面から斬り込んで、師匠が回り込んだり不意打ちしたり

>師匠が徹底的にチェーンソー野郎の攻撃を邪魔してるな

>かと思えば逆もする

>これがトッププレイヤーか



 俺もそう。


 息をするのを忘れた。


 シシマロの戦いは本当に、踊るように美しい。


 黄金の闘気をまとって、肩から先が消え、剣を振るう腕に残像を伴うような連撃は圧倒的だった。


 それに合わせるようにして、俺は『物干し竿』を振るう。


 目の前のチェーンソー男、『マッドハッター』は防御もする事なくチェーンソーをぶん回してくる。シシマロの連撃に割り込むようにだ。


 だからオレはそれを潰すために腕を切り付けたり、チェーンソーを弾いたり、隙をついて横や背後に回って斬り込む。その度に『マッドハッター』の攻撃をキャンセルする。


 その合間にシシマロがさらに連撃を繰り出す。『マッドハッター』が再び強引にチェーンソーを振り回そうとする。俺がそれを何度も迎撃する。時には俺が攻撃役に回って、シシマロが相手の手足を斬りつけて攻撃をキャンセルさせる。


 もうずーっとこの攻防が続いている。レイド戦ってこんな気分なんだろうな。俺は少し疲れてきたけど流石のシシマロは慣れてるようで、その攻撃が一瞬でも止むことはなかった。


 それでも『マッドハッター』は倒れることはなかった。体力は確実には削っている。削ってはいるが、こちらの精神力の方が大きく削られていた。



[もう少しだ! そのまま耐えててくれ!]



 谷崎さんのチャットが眼前に流れてくる。シシマロがチラリとアイコンタクトしてきたので、コクンと頷く。


 乱舞を続けていたシシマロがピタッと止まって、大きく跳躍。現実ではできない、伸身のまま後ろへ宙返り。


「師匠!」


 ビュッと投げられたのはハイ・スキルポーション。バシャっと頭からかかると、俺のスキルエネルギーがギューンと回復していく。


「ああああああああああ!」


 スキルを発動させた途端、眼前が赤くなる。


 もう慣れ始めた、突き上げられるような激情。


 斬るという行動そのものになる、ある種の快楽。『物干し竿』を高らかに掲げて踏み込む。



「チェストオオオオオオ!」



 ガキン!


 相手の左肩から一気に切り下げた。刃は通り抜けたのに、まるで金属バットで鉄柱でも叩いたような音と感触。


 ダメージは億単位。けれども『マッドハッター』の体力は半分。まだ続くのか!

 


[ハルトくん! シシマロさん! ホールの入り口にダッシュだ。アイテムボックスを送った!]



 谷崎さんのチャットを見て反射的に背後の城門を見る。するとファンシーな世界観には合わない鋼鉄製のコンテナがあった。


「シシマロ先に行って!」

「師匠は!?」

「こういう時にも【サツマラビット】は役に立つ!」


 ポーチからスキルポーションを取り出して、体に浴びながら脱兎の如く逃げる。薬品アイテムは飲んでもいいけれども、こう使ってもいい。


 ドッドッドッと背後からチェーンソーのエンジン音が聞こえてきた。振り返るのを堪えて、バックパックからキーホルダーを引きちぎり放る。


「ギギィー!!」

「ギィ!?」

「ギュー!!」


 ボワン、という音と共に現れたのは【捨てがまり兎】たち。すぐにガチャリという音が響いて発射音が立て続けに起こった。


 さらには【地雷火】を設置して、再びダッシュ。


「師匠! これ! 何か入ってる!」


 既にシシマロが到着してコンテナを開けていた。中から取り出したのは――


「何じゃこりゃ。ドリンクが2つ?」


 ショップで売っているポーションのようなただの瓶だった。蓋を開けてみると何やら極彩色の液体が入っている。ニオイも味もしないはずなんだけれど、反射的にウエッと言って顔から遠ざけた。



[君たちにチート能力を与えるものだ。早く使って!]



「「脱出させるんじゃないの!?」」


 二人でハモった。そりゃそうだろう。逃げられると思ったらまさかの強化アイテム。しかもチートと来た。



>脱出アイテムじゃないんかい!

>やっぱりイベント戦じゃねえのかw

>あの谷崎ってのほんまつっかえ

>いやいやいや危なすぎるって

>トッププレイヤーだけど一般人だぞいい加減にしろ



 ほんとそれな。


 と、思ったら弁明のようにして眼前にチャットが流れてくる。


 

[解析した結果、みたいだ]


[君たち二人がいるのはバックアップサーバの中にCアリスが作った似て非なる世界。文字通りのアリスのワンダーランドだ]


[デバッガーやウイルスブレイカーを送り込もうにもそもそも門が開かない。いやらしいことにいろんな所に結びついて切り離すことも困難ときた。これが彼女みたいなクラックAIの嫌らしいところだ]


[地下二階から地下三階に降りた時点で君たちがイリーガルサーバを跨いだんだ。やられたよ。Cアリスは完全に君たちで遊ぶつもりだったらしい]



 流れてくる事実にさらに背筋が凍る。


 つまりだ。ここはもう『インビジブルフロンティア』公式が及ぶ世界ではなく、アリスが勝手にコピーして改変した二次創作の世界。


 となると、Cアリスの考え一つで全てがガラリと変わってしまう。俺たちがどう足掻いても、あのAIの手のひらのうちということだ。


[ただ絶望するのはまだ早い]


 ちょうどその時に、【捨てがまり兎】の悲鳴が聞こえた。背後を振り向くともう半分以上の兎がやられている。

 

[Cアリスの資料を読んだ。彼女は「遊ぶ」ことを重点に作られている]


[あくまでこのゲームのルールの中で、ヘルモードで学習したギリギリの理不尽を君たちに課して反応を見ている。そういうAIだ]

 


「師匠、何言ってるかわかんにゃい」

「Cアリスが俺たちに理不尽ゲーを強いて笑ってるって」

「何それムカつくんですけど」


 ムクーっと頬を膨らませるシシマロ。


 うん、こんな時にも可愛い。


 精神力がみなぎった。ありがたや。ありがたや。


 

[そしてオーディエンスがいればいるほど楽しいと判断してる]


[君たちを学習したんだな。配信回線を切らないのはそのためだ。Cアリスもそれを見ているはずだよ]


[僕はその回線を逆手に取ってチートアイテムをねじ込んだ。今はそれを使ってCアリスの理不尽を跳ね除けるしかない!]


[二人ともお願いだ。その力でアリスを追い詰めてくれ]


[遊んでデスゲームを強いるのはダメだと、人の精神はデータじゃないと身を以て学習させれば突破口が開けるはず]


[最悪アリスをゲーム的に倒してくれれば、僕が今使った配信回線を通じてデータをサルベージする。君たちを安全に脱出させよう]


[逆に今は危険だ。いつアリスがプツンと回線を切るかわからない。ログアウト中に通信が切られたら、君たちは最悪廃人になってしまう]



 ダーッと流れていくテキストチャット。それを読みながら、今、【地雷火】を踏んづけて大きくのけぞる『マッドハッター』を見た。もう残り時間はわずかだ。腹を括るしかない!


「師匠、やっぱりよくわかんにゃい」

「これ飲んで」

「うん」

「アリスをぶっ飛ばして」

「うん」

「めっ! て叱る」

「わかりやすい!」



>わかりやすい

>とてもわかりやすい

>なーほーね

>そういうことか

>三行で説明は有能

>さすウサ

>叱る=学習させるはワロタ

>師匠にめって叱られたい

>つーかオタク君は説明が長くてイラっとする

>てか誰だよCアリスとやらを送り込んだのはよ!

>このゲームを破壊する気マンマン

>別のを脱獄させようとしたらCアリスしかいなかったとか

>うっかりハッカーかよ

>ハッカー「脱獄させたら幼女がいたでござる」



 わかりやすかったみたいだ。ホッとした。


 しかし何でまたこんなコトになったのだろうか。ただただシシマロと配信して、視聴者の反応を見てゲームを楽しむ、それだけがしたかったのに。


 こんなんじゃ、本当に『インビシブルフロンティア』の危機じゃないか。



[……AIの侵入を許したのは運営として痛恨の極みだ]


[今まで悪意に何度か晒された。電子テロと言っても差し支えないレベルのものをだ。僕達は全て退けていた]


[けれどもウカツだった。まだサービス開始していない場所にいただなんて]


[このゲームは大きくなって、今や人の生活の一部にもなった。世界が注目するほどにだ]


[フルダイブ型メタバースの世界は救いにもなる。それを証明したくて僕はこの冒険の世界を作った]


[そして君たちも証明しているはずだ。配信者として人々に希望を与えているだろう?]


[それを壊されようとしている。プレイヤー達が危機に瀕している]


[被害が大きければ最悪、他の国からもやっかみが入る。この国は外圧に弱いから、それは酷いことになるだろう]


[それだけは許されない。このフロンティアが潰されることだけは]


[ハルト君。シシマロさん。こんな情けない事を言いたくないけど、現状君たちしか事態を打開できない]


[だから――]




 

[この世界を救ってくれないか]



 


[君たちにかかっている。僕は命をかけて君たちを脱出させる、その手助けをする!]


[……そうしないと先輩達に殺されちゃうお願い後で何でもするからさぁ!]



 ほんとこの人、最後までしまらないんだな。てかどっかで聞いたなそのフレーズ。


 そんな事言われたら――ゲーマーとして燃えるじゃないか。


 どこかまだ俺も、そしてシシマロもゲームの延長線上で考えている。


 緊張感が欠けている。


 デスゲームの真っ只中にいるのに、だ。


 そもそもの話!


 イマイチ状況を飲み込めてねーや!


 でも。


 俺たちにしかできないとか。


 世界を救えなんて言われたら。


 

「やるしかないよね師匠!」

「あったり前だ!」

 

 

 迫り来る『マッドハッター』。相変わらず細い足でカクカクと近づいてくる。不気味な奴だ。


 シシマロと一緒にドリンクを一気に飲み干す。


 瞬間、頭に火花が飛ぶような感覚。そしてギューンと伸びていくステータス数値。ほとんどの値が9999とカンスト状態になっていた。




―――――――――兎―――――――――

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