第27話 獅子を連れて脱兎の如く

「くそ! さっきこんな所に壁なんか無かっただろ!」


 公式のアナウンス通りにセーフティエリア行こうとしたら道が塞がっていた。思わず悪態をついてしまった。


 セーフティエリアは大抵の場合、降りた階段の周辺。俗にいう階段前広場ホールという奴だ。モンスターは入ってこれないし、どんなに引き連れて逃げてきたとしてもセーフティエリア付近で帰っていくように設計されている。


「師匠。マップが半分消えてる」

「ほんとだ。降りる階段しかない……」



[マロン! ハルト君! 大丈夫!?]



 目の前に茜さんのチャットが流れてきた。それだけで膝から崩れそうになるほど安心した。


「大丈夫です! でもセーフティエリアの道が塞がっています!」

「しゃ、社長! 他の人は!?」



[レモンがバトルスタジアム、アケビがバザーにいるだけ。アダルト組はメンテ明けでラウンジで宴会開いてたから大丈夫!]



 ホッとした。ということはダンジョンに潜っているのは俺たちだけということになる。


[今、公式から連絡があったわ。今一番危険なのはハルト君、それにマロンあなたたち二人よ]


「「なんでぇ!?」」


 ハモったが、すぐに口を閉ざした。ついでにシシマロの口元も塞いだ。


(師匠!?)

(シッ! モンスターがいる!)


 俺の【ラビット】系統の常時発動パッシブスキルは耳が異常に良くなること。シシマロには聞こえなかったみたいだが、俺にはハッキリ聞こえた。



[ハルト君逃げて。仮に倒されたらフリーズが起きる可能性がある。絶対に戦っちゃダメよ]



 血の気が引いた。精神乖離フリーズはゲーム内アバターと精神が離れてしまうことをいう。乱暴に言えば魂が宙ぶらりんになっていると言えばいいのだろうか。この状態でログアウトしたら最悪意識が戻らなくなってしまう。



【コメント欄】

>師匠達何してるんだ早く逃げろよ

>道が塞がれてるんだよ

>やべえよヘルモードに二人だけ取り残されるとか

>ヘルモードのエネミーなんて普通より感知能力高いんだぞふざけんな公式

>二人とも逃げて!!!

>ヤバいフレが襲われたって言ってから連絡がない

>色んなところでフリーズ起きてるみたいだぞ



 コメント欄から伝わってくるパニックに、ようやく現実に起きていることだと理解した。俺は即座にスキルセットをいつもの通りに戻す。いつもの脱兎の如く逃げるセットだ。



[地下3階に向かって。セーフティエリアで待機して!]



「公式から何かサポートは無いんですか?」



[今、公式の人が事務所に来てる。どうやらダンジョンだけ完全にシャットアウトされて、公式の手が届かないらしいの]



 嘘だろと言って言葉を復唱しそうになったが堪えた。今、配信もしている中で「ダンジョンは絶望的」と言ったらさらなるパニックになる。


 配信っていうのはテレビのニュースキャスターと同じだと茜さんに口酸っぱく言われてた。我慢していたら茜さんに伝わったのだろうか。チャットに[GJ]と褒められた。



[ハルト君。こんなシリアスなゲームみたいな事言いたく無いんだけどお願い。マロンを守って。君の【ラビット】しかできないの]



「わかりました」

「師匠」

「大丈夫。必ずセーフティエリアに連れてくから」

「わ、私。こ、こんな時にお荷物だなんて」


 確かにこの状況、攻撃偏重な【ライオン】系統の才能タレントは相性が悪い。シシマロがスキルを使おうものならたちまちヘイトが向いてモンスター達が襲いかかってくる。戦ってはいけないと言われた今、彼女ができることは少ないかもだけど――

 

「この状況はたまたまだよ。自分をそんな風に言わないで」

「でも」

「それにこの状況、普通はみんな何かするってのは難しいよ。たまたま俺の才能タレントが逃げるのが得意だったから、茜さんに頼まれただけだよ」

「うん……」

「それに才能タレントとかスキル以前にタコさんに色々教わったじゃん。逃げ方と隠れ方。トラップの見分け方まで」

「うん」

「君はお荷物じゃない」

「ほんと?」

「いてくれて心強い。俺一人なら心が折れる」

「そう、なんだ」


 シシマロが少し立ち直ってくれた。そう。それでいい。なら、もう逃げる準備をしないと。


 地面に耳をつけて様子を伺う。脳裏に半分消えたマップを浮かべて、足音から場所を推定する。


「今から三秒後にまっすぐ行く。分かれ道があるからそこで待機。いくよ……3、2、1、今!」


 立ち上がって走る。背後をみるとシシマロがしっかりとついてきていた。流石は合わせる事に慣れている。さっきまで怯えていた顔が腹を括ったような顔になっていた。


「止まって」


 分かれ道に来たので再び耳を地面にあてる。


「分かれ道の右をいくよ。後ろからも来てるから視界に入る前に行く」

「う、後ろから!?」

「多分フェンリルだ。追いつかれたら逃げられない。今ここに【捨てがまり兎】を置くからね」


 バックパックのウサギ型のキーホルダーを引きちぎると、ボワんと出てきたのは凛々しい顔の兎。頭を撫でて後ろを向かせると、時間を測って走る。


「俺のスピードに合わせて。焦らないで」

「ひぃ、ひぃぃぃ。奥の通路から音が聞こえる!」

「大丈夫。ナーガは耳が悪いから。ここで止まって」


 ようやく『コジロー』のいたエリアに戻ってきた。マップを再び見て確認するが、ここで思わず叫び声をあげそうになった。


「こっ『コジロー』が復活してる!?」

「嘘ぉ!?」


 ズシャリ、ズシャリという音。思わずシシマロと通路の影に隠れる。


 やがて聞こえてきたのは咆哮。さっきのナーガが『コジロー』らしきM.O.E.マップ・オン・エネミーに接触した。そのまま通り過ぎるかと思いきや。


「え、なになに!? 何の音!?」

「モンスター達が戦ってる……」


 やがてジャキィンという切断音と共に、どさりと落ちるものがある。シシマロには黙っていたけど、多分ナーガの首が飛んだんだと思う。


「し、師匠! 早く行こう!」

「待って。あれ『ムサシ』じゃないか!?」


 顔を曲がり角から出してみる。奥に朧げに見えるサムライ系のシルエット。ここで『コジロー』なら長い刀を持っていたはずだが、今いるのは二刀握っていた。しかも見たことがない真っ黒なオーラを纏っている。あれが多分、公式が絶対に戦っちゃ駄目といっている理由だ。モンスターに不正なバフがかかっているんだろう。


 ヤバすぎる。


 と、そこで焦ったのが災いした。


 今までショートソードの『カルンウェナン』を装備していたから気にしていなかったが、今俺は『物干し竿』を背負っている。


 振り向いたと同時に、鞘が壁に当たった。カチンという音がダンジョンにこだまして――。


「師匠! 『ムサシ』が気づいた!」

「ぎゃあ! ゴメン!」


 今まで背を向けていた『ムサシ』が明らかにこちらを向いている。二刀を構えたまま静かに――いや全力ダッシュを始めた!


「シシマロ逃げて!」


 即座に【煙幕玉】を選択。ボワンという音と共に煙幕が充満する。


 ガチャガチャと鎧を鳴らす音がどんどん近づいてくる。ヤバい効いてないかも!?


「時間を稼いでくれ!」


 エネルギー残量を気にせずバックパックのキーホルダーを引きちぎり、【捨てがまり兎】を展開する。兎たちは即座に反応してボウガンを放ち始めた。


「そこを真っ直ぐが階段!」

「うあああんもおやだあああああ!」


 流石のシシマロもとうとう耐え切れなかったらしい。


 そして追いかけろと言わんばかりに、あらゆるところからモンスターの咆哮が聞こえてきた。


 背後をみるとモンスター達が殺到している。俺は残ったスキルエネルギーを全部使って【地雷火】をばら撒いた。


「師匠!」

「今行く!」


 こっちこっちと手招きするシシマロの奥には階段がある。


 二人でダッシュで駆け下がると、上から爆発音。引っかかってるようだ。ざまあみろ。


 基本的にモンスターは階段を降りることができない。けど、それでも俺たちは走った。そして地下3階に到達。階段前広場で立ち止まり、後ろを見てホッとした。


<セーフティエリアです>


 眼前にフワリと浮かぶシステムアナウンスにホッとする。これで大丈夫だ。


「はぁ、はぁ、はぁー……疲れないはずなのに疲れた」

「あ、あはは……し、師匠。わ、私」


 見るとガクガクとシシマロが震えていた。無理もない。戦って、たぶんやられたら意識が電子上に幽閉されてしまう。魂が囚われると言った方がいいのだろうか。


 これはフルダイブ型ゲームが出てすぐに議論されはじめた危険な状態だ。これになった時にどうするかで日本はフルダイブ関係に乗り遅れたとさえ言われている。


 この『インビシブルフロンティア』は黎明期に数度やらかしているというけれど……?


「し、師匠。手、握って」


 ギュッと握ると、見た目以上にシシマロが震えていた。


「シシマロ」

「だ、駄目なんだ。こういうの。我慢してたけどもうだめ。やだ。はやく出して! ログアウトさせてええええ!!」


 いきなり叫び出すシシマロ。大声量で、わっと声をあげたからビックリした。コメント欄も心配の声が流れている。


 どうしたらいいかわからず、思わず抱きついてしまった。


 ごめんなこんな俺がとか、配信的にヤバいとかそういうこと言ってられない。


 推しが動揺している。推しが泣いている。そう思ってしまったらいてもたってもいられなかった。


 よくよく考えたら四日前もそうだった。シシマロは妙に怖がっていた。ログアウトできてからホッとしてたけど、ちょっと過剰に怖がっているような気がしてた。


 そうして十分くらい経ったのか、経ってないのか。


 シシマロは落ち着くと、「もう大丈夫」と離れる。手の甲で涙を拭いて、俯いていた。


「どうしたの一体」

「私」

「うん」

「昔、幽閉騒ぎにあったことがある」

「え!?」

「このゲーム最初期からやってたから。一回ほんとに閉じ込められた」

「そ、そうなんだ。トラウマなんだね」


 そういうと、シシマロはフルフルと顔を振った。


「違う。そんなんじゃない」

「違うって?」

「私……」



「友達を一人、幽閉で失ったの」




―――――――――兎―――――――――

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