第26話 血染めのひえもんと二刀と一刀

「「ええええええ!!」」

 

「チェストオオオオオオオオオオオ!!」


 そっからは配信していいのか悪いのかギリギリのラインだった。


 ウサギちゃんがそのまま馬乗りになると『コジロー』を滅多刺しにしたからだ。


「ちょっと師匠! と、止めてって! これヤバイって!」

「止まんない! 止まんないんだって!」

「ぎゃー! 師匠! うさちゃんが解体始めてる!」

「返り血やっば! ちょ、やめ、やめなって!」


 

「ヒエモンヲォ! ヒエモンヲヨコセエエエエエ!!」



「「ヒエモンって何!?」」


 何かよくわからないけど、とにかく残虐極まりない。ウサギちゃんはさっきからヒエモン、ヒエモンと叫んでいる。もう素手でお腹抉ってる。怖い。よくこんなの実装したな公式!


 いつの間にかシシマロと抱き合って震えていると、『コジロー』をバラバラにしたウサギちゃんが何かの臓器を高らかにあげていた。どうやらアレがヒエモンなるものらしい。なんでかモザイクがかかってる。それ遅くない?


 ウサギちゃんは満足そうにすると、ポールダンスのポールに飛び乗って「バイバーイ」と手を振り空に帰っていってしまった。


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙。無惨な姿の『コジロー』はすぐに光のエフェクトに包まれて消えた。ついでにドロップまで落ちているけれど、すぐ拾う気にはなれなかった。


「師匠」

「うん」

「それ、もう使わないどこっか」

「そだね」


 コメント欄を見てみると完全に沈黙していた。あまりの衝撃に皆固まっているようだ。


「ネタスキル、なのかな。師匠の才能タレントってほんと尖ってるね」

「よく見たらエネルギー九割ももってかれてる!」


 ついでに説明文もオープンになっていたので見てみると、「ルーレットに当たった敵のひえもん(※臓器)を奪う。味方に当たった場合、一定時間行動不能」と書いてあった。よ、よかった。味方のひえもんは取られないんだ。でも行動不能って何だろう?


 それはまあいいとして、どこで活用しろって言うんだこんなの。しかもエネルギーをドチャクソ使う。そしてこれ、パーティーが多ければ多いほどこっちが不利になる。しかも全員強制的に座らされるのも戦闘テンポを著しく阻害するときた。どう見てもネタスキルです。本当にありがとうございました。


 これ作った人、てか企画通した人の頭の中をカチ割って見てみたい。さては誰も使わないからってやりたい放題やったな?


「まぁ配信用と思えばいいのかな? 今度ノーマルモードでみんなでやってみる?」

「それは面白そうだけど、行動不能が気になるな。エッチな奴じゃないだろうな。あのウサギっ娘的に」

「師匠のエッチ!」

「男の子はみんなエッチです」


 そう言うとコメント欄に「あれ男だっけ?」という困惑のコメントが多数。お前ら正気に戻れ。男だって。


 何だか意外なことが起きすぎて、どう収拾つければいいのかわからないな。こんど隈ミカさんにお願いして特訓してもらおうか。


「あ」


 そんな事を考えていると、シシマロがドロップアイテムを手に取っていた。このゲーム、ドロップが出るとそれぞれプレイヤーが拾えるものが違ったりする。早い者勝ちではなく、ドロップが出たらちゃんとみんな拾える親切設計。そうじゃないとローグに落ちる人が出るからね。


「師匠! レジェンダリースター出た!」

「お! おめでとう! 何が出たの?」

「ひらがなだ。『いずみのかみふじわらのかねしげ』って書いてある! 双剣だ!」


 何か名前がえらく仰々しいな。早速装備したのか、シシマロの腰のベルトに大小の刀が現れた。何だか名前の割にはえらく地味で真っ黒な剣。シシマロがシャキーンと抜くと、等身からもややーんとオーラのようなものが出ている。かっけえ。


>日本刀系かぁ

>聞いた事ないな。正宗とか村正とかじゃないのか?

>菊一文字とかすきです!

>これ宮本武蔵の刀じゃないのか?

>なんでコジローが持ってるんだw

>無名金重の方が有名だけどこっちはこっちで代表するもの

>はえー歴史好きな人おるんやな

>刀は沼だしイケメン男子が乱舞するやつもあるからな

>あれもう何振あるかわからん


 なるほどわからん。小次郎が武蔵の刀をドロップしたと言うことだけはわかった。何故かは突っ込んだら負けだ。


 じゃあ俺のはどうなのかなーと思ってドロップアイテムを拾ってみる。


「何じゃこりゃ……カタナカテゴリだ。『物干し竿』?」

「物干し竿……??」

「なんか聞いたことあるような。漫画とかで」

「私も。他のゲームでよく出てきたような」

「てかカタナって【ドッグ】とか【フロッグ】とか、あと【キツネ】の上級職しか装備できないのに……ってあら?」

「?」

「俺、装備できるみたい……」


 さっそく装備をしてみる。すると腰の愛剣カルンウェナンがフワーッと消えて……あれ? どこいった?


「師匠! なんか背負ってる!」

「こっちか!」


 よくよく見たら斜めがけしたベルトがある。背中に手を伸ばして柄を掴むけど、抜けなかった。


「ぬー! 抜けない!」

「あっはっはっは」

「シシマロ笑わないでよう」

「ごめんごめん。師匠、コメント見て。ちょっと前屈みになって、だって」

「こうか」


 前屈みになるとなるほど、柄が左肩にピョコッと出てきた。そのまま抜くのと同時に、体を刀とは反対に起こしてみる。


 抜けた。


 出てきたのはちゃんと日本刀。


 ……かっこいい。


 男の子ってこういうの好きだよね。俺もそう。


 けど、長い。刀身が一メートル以上ある。


「これが『物干し竿』か。なんか洗濯物吊るせそう」

「うあ、攻撃力が200Kって書いてあるよそれ」

「俺の持ってた『カルンウェナン』の2倍かぁ」

「てかそれ、『コジロー』の剣じゃない?」


 そうなのかと首を傾げていると、コメント欄に「そんなのドロップするのかよ」「物干し竿といえば佐々木小次郎みたいなもん」とあった。ああそういえばそんなこと聞いたことあるような無いような。集合知凄いな。

 

「師匠、もしかしてさっきのスキルめちゃくちゃ運を上げるのかも?」

「よく見たら『幸運激増』って書いてあった。でももう二度とやらない」

「師匠ばっかりずるいそんなスキル」

「落ち着いて。ネタの上にスキルエネルギーを9割も使っての大博打だよ?」


 それもそっか、と笑うシシマロ。うむ、百点満点の笑顔。最高。


 キリがいいのでエンディングトークに入る。結果的に見れば同接数が20万人と、突発配信にしてはなかなかのスコアが出ていた。コメントもスキルに対しての考察も入ったり、どうやら俺たちの武器が琴線に触れた人たちが「絶対ヘルモードに行く」と興奮している。


 なんかいいな、こういうの。ホッコリする。


 そりゃ時々アンチがいるかもしれないし、学校でもまだシシマロ狂信者みたいなのが叫んだりすることがある。


 でもさ、知らない人たちとこうして盛り上がって、楽しめるのって素敵な事じゃないかな。


 ああ、なんか配信者やってて良かったな、なんて思うとジーンと涙が出てくる。それもこれもシシマロのおかげだよな。


「何か師匠、嬉しそうだね」

「うん。楽しくてね。みんなも楽しそうにしてくれてるし。ありがとね」


 と、習ったアイドルスマイルが勝手に出る。するとコメントも盛り上がる。なんか最近その気になってきたな。スキンケアしようかな?


 そうしてエンディングトークを終えて、ログアウトボタンを押す。


 今日はとっても楽しかったから、シシマロとラウンジで話そうかな。今後もどうやって進んでいこうかと相談していこうか――。





「あれ?」





 と、シシマロの変な声でハッとした。


「どしたのシシマロ」

「なんかログアウトできないんだけど?」

「そんなバカな……って俺もだ!?」

「や、やだ。まさか!」


 もう一度ログアウトボタンを押すが、何度やっても弾かれる。一旦【ビーストアイズ】を閉じてもう一度開いても同じだった。


 しかも配信も切れていない。同接は半分くらいになっていたが、俺たちの異変に気付いたのかどんどんと同接数が増えていく。



>え、何どうした?

>ログアウトできないってどう言う事だよ

>ドッキリじゃないよな?

>師匠顔が強張ってないか

>シシマロが見た事ない顔になってんぞ

>おい俺もログアウトできないぞ

>私もシティからもログアウトできない!

>ふざけんなおい明日仕事あるんだぞ

>ちょっと子供たちのご飯作らないといけないのに〜

>宿題できないだろ

>まて全域の幽閉って聞いたことないぞ!



 ゾッとした。


 配信のコメントを見てもログアウトできない人間がいる。


[公式アナウンス:こちらは『インビシブルフロンティア』公式です。ただいま緊急事態が発生中です]


 目の中のチャットウィンドウに公式のアナウンスが流れてきた。ホッとしたけど、動画のコメント欄は公式に対して荒れに荒れていた。


「師匠!」

「大丈夫。ただのエラーだよ」


 と不安がるシシマロをなだめるけど、俺だって怖い。こんなエラー初めてだ。


[公式アナウンス:ご迷惑をおかけしております]


[公式アナウンス:只今不正な侵入及び改竄を感知しています]


[公式アナウンス:精神リンク部に異常が確認されており、第一級精神汚染の可能性があります]


[公式アナウンス:これはデジタル・メタバース省が定める『フルダイブ型メタバースワールドにおける外部精神汚染攻撃または電子テロ対策に関する省令』に準じるものであり、ログアウト時にお客さまの身体及び意識に対し多大な負担が懸念されます]


[公式アナウンス:同省令に関する第35章の解釈基準により、現在公式側からログアウトを停止させて頂いています]



 聞いたことのない言葉に不安が募る。


 とにかく俺たちが考える以上のことが起きていて、テロじみたものが起きていると言うことだけはわかった。



[公式アナウンス:現在ダンジョン内部にいる方は戦闘を避けてください]



[公式アナウンス:繰り返します]



[公式アナウンス:



[公式アナウンス:ダンジョン内部の方はただちにセーフティエリアへ避難してください]





[公式アナウンス:戦闘は絶対に避けてください]




―――――――――兎―――――――――

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―――――――――兎―――――――――

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