第23話 アダルト組は油断していると食われる

「あははははすごいねこの人! めっちゃジェイソンだ!」

「俺は本物だと思ってる。勝手に」

「ンフフ。面白い人にファンになってもらったね師匠。多分いい人だよこの人」


 たちまち機嫌が良くなるシシマロ。ウケた。ありがとうジェイソン。今度映画見返しておこう。


「はぁ、何かすねてたのがバカバカしくなっちゃった」

「それは良かった」

「師匠優しいね。そんな事皆にしてると誤解されちゃうよ」

「何の誤解だよ。それに仕事だし。これも仕事の報酬」

「ふーん、そこは仕事って言うんだ」


 コト、と寿司の器を置くシシマロ。食べるの早いな、と思った時。


「ぬ」


 まだ食べてる俺に、シシマロは背中を向けて寄りかかってきた。


 心臓がドキドキ高鳴るのがわかったけれど、コレくらいは日常的にやられている。慣れはしないけど――


「まだ食べてるよ」

「知ってる」

「お行儀悪いよ」

「知ってる」

「そっかぁ」

「強がる師匠は可愛いね」

「なにをー!」

「心臓、鳴ってるよ」


 うぐ。


 なんだその目は。


 チラッとこっちを見る目が大人びてる。


 ほんと。


 この人は。


 どうしてこんなにわからないんだろう。


 どっちが彼女なのか。奔放にゲームではしゃぐ彼女なのか。それとも時々こんな感じで、チラリと女性を見せてくる彼女なのか。


 どっちもシシマロなのだろうけど。どちらかにずっと接していると、パクッとやられそうな。そんな危険なものも感じる。


 正直な気持ちを言えば女の子怖い。シシマロ怖い。でも惹かれてしまう。もう。ここで男らしくなんかできないのか自分。振り返ってギュッとするとかさ。


「えひひひ」

「何だその笑い方」

「復活したって笑い声」

「そりゃ良かった」

「ね、師匠」

「?」

「かまってくれたお礼にさ。ギュッとしてあげようか?」


 むせた。


 ガリが鼻から出た。


 何言ってんだこの推しマジで。


 しかも突然なんだ!?


「エヒヒ。嘘だよ」

「その嘘は心臓をえぐるからやめて」

「……やなの?」

「やじゃない!」

「うあ声が大きい!」



「ほんと声が大きいよ二人とも」



 今度こそ心臓が止まるかと思った。


 シシマロが「ぎょえ!」とビビって抱きついてきたのが気にならないくらい驚いた。


「隈ミカさん!?」

牛房ごぼうさんも鮫渕さめぶちさんも!?」


 ニヨニヨと笑っている顔が三つ。隈ミカはいつもの通りとして、このメンツが揃っているのは珍しい。他にもいるのに何故この三人?


「あらあらまあまあ。若いっていいですねえ」


 と牛房ごぼうミルクさん。ゆるふわパーマのかかったロングヘアに優しそうな糸目。そして目を引くのが爆乳。部屋着なのでジャージとクソTという残念な姿だけど、それすらも破壊するような胸の大きさ。初めて会った時は目のやり場に困った。


 それもそのはず元グラビアアイドルだとか。とにかく身体中からムワッと出てくる母性とエロさで男性に圧倒的な人気がある。まあね、そりゃね。そうだ。うん。

 

「いいなあマジでよー。こういうところで乳くりあっても青春で済んでさー」


 済まないよバカヤロウ。


 と言いたいのは山々だが相手はちょっと怖い印象を受ける、青いパーカーでフードを被ったギザっ歯の女性。ピアスめっちゃついてる三白眼の彼女は鮫渕パイン。


 この人は元々配信者ではなく歌い手。もちろん今も現役。もうとにかく歌がかっこいい。突き抜けるような声質はアマチュア時代からプロ越えと評判が高かった。


 ただ歌だけでなくゲーマーだったので、配信者半分歌い手半分って感じだ。人気もかなりある。何をしてもかっこいいけど一つだけ難点があったりする。


「オレも混ぜてくれよ」


 ニヤッと笑ってシャツの首元を下げてくる。チラチラと見せてくる谷間はミルクさんより戦闘力は控えめだけど、艶めかしさならこちらの方が上。胸元の二匹のサメが跳ねる刺青も谷間でハート型になっていた。


 わかったと思うけど彼女、わりかし性に奔放なのである。


 しかも男女構わずだ。鍵をかけないと夜這いをされる。マジで怖い。


 こんなんでいいのかよと茜さんに聞いたら


「音楽界ではあるあるだけど……万が一部屋に入ってきたら呼んでちょうだい。キッツイお仕置きしてあげるから」


 どんなお仕置きですか?


 ……と聞く気にはなれなかった。目がマジだったからだ。


「おーサメ子。ドル箱に手を出すなよ」

「んッ! あんッ!」


 思わず顔に手を覆った。隈ミカさんが手を伸ばしてむんずと鮫渕さんの胸をつかむと、ワシワシと回し始めたからだ。


 なんだろう、これは。


 男の子らしく興奮すればいいのか?


 できないよ。


 何だこれ。


 だってもう隈ミカさん、ゴムボール握ってるような手つきだもん。


 鮫渕さんも一瞬だけ可愛い声をあげてハッとすると、隈ミカさんの胸ぐらを掴んで揺らしていた。


「何すんだこの合ロリ!」

「その攻め攻めなのはいいんだけどサ。時々乙女なのやめてくんないかな」

「この。犯すぞこのやろう。この黒ウサの前でストリップしてやろうか」

「はーいやめて〜未成年の前だからね〜」


 二人をギューっと抱きしめるミルクさん。


 おおすげえ。胸に二人の顔が埋められている。


 残念なことに一ミリもエロくない。


 何故なら二人とも窒息しそうになっているからだ。何とかもがいて脱出して、二人とも顔を真っ赤にしている。


「ぐ、え。や、やめっやめろ! 死ぬだろ!」

「ミルクのは凶器だっていつも言ってんだロ!」

「二人が喧嘩するからでしょお〜」

「あのう。三人ともどうしたんですかこんな夜更けに」

「どうしたもこうしたもねーよ。全体メンテナンスでログアウトするしかなかったからな」


 と、鮫渕さん。なんかヒューヒュー言ってる。マジで窒息寸前だったかもしれない。

 

「もう三人で飲みに行こうって言ったらここでいい雰囲気じゃなぁい? お姉さん羨ましくってぇ」


 と、ミルクさん。手を頬に当ててうふふと微笑んでいる。


「まあホレ、この卑猥物二人をほっといたら乱交しそうだからナ。監視してた」


 と隈ミカさん。べちんとミルクさんの乳をビンタしていた。すげえ、波打ってる。どうなってんだアレ。


「監視っていうか一緒に覗いてたじゃないですか」

「いやぁ〜ラブコメコメしやがるからナ二人とも。こりゃあ摂取して若返らにゃいけないと思ってナ」


 若返るって。


 あなたぶっちゃけ俺たちよりも幼く見えるんだけど?


 何だもしかして吸血鬼とかそういう類なのか?


 やっぱりこの『インビシブルフロンティア』って怪異の類も楽しい、そういうゲームなのか?

 

「ねえシシマロ。隈ミカさんマジで何歳?」

「知らないけど……一番年上らしいよ」

「え、マジ!?」

「スキンケアの魔女だよね。どうやってるのか教えてくれないんだよ」


 ヒソヒソと話していると、三人がさらにニヨニヨしてきた。


「何だお前ら。そんな仲にまでなったなら部屋でやれ」

「はい?」

「パイセンやるな。マロンが後ろから抱きついても動じないとはナ」

「二人とも可愛いわぁ」


 そう言われてやってくる、背中からの感触。


 押し付けられたそれは、なかなかの戦闘力――


「ぎゃ!」

「あ! ピャ!」


 シシマロも気づいていなかったようで、ザッと二人で離れる。


 いや離れたくはなかったけれど。恥ずかしくてもうダメだった。


「……何だこれ。流石にラブコメが過ぎるぜ」

「お腹いっぱいになったナ」

「あらあらまあまあ」


 三人のニヨニヨに耐えられなくなったので、二人でそそくさとそれぞれの自室に戻って行った。


 くそうあの三人がいなかったらと思ったら、悔しくてやってられなくなった。


 いつもはアーカイブを見たりコメントを見たりして反省会をするんだけれども、急に疲れがやってきたのでそのままベッドで寝てしまった。



 §



 ただすねてるだけだったのに、彼は来てくれた。


 すねた理由は恋愛感情じゃない。


 何だか自分より楽しそうにしていると、そう思ってしまったからだ。


 自分より自分らしさを売っているなと、そう思ってしまったからだ。


 追い越す追い越されるを考えるほど自分はもうにはいない。


 シシマロらしい自分を見せて、視聴者を喜ばせる。シンプルだけど頭が痛くなるほどに難しいそれを、ひたすらやらなければいけない。


 そのためにゲームを徹底的に勉強して。


 けどそうは思わせないように猫を被って。


 純粋なファンが見たならばドン引きするような――もっとも、芸の世界はみんなそうだし、まだ枕営業とかクッサいオッサンに酌をするとか、キャバクラみたいに密着して座ってニコニコしているとかがない分全然いいんだけど――努力をしなければいけない。


 そこに来て、彼だ。


 彼は純粋に好きでゲームを楽しんで、そして何より配信者になる自分の葛藤すらもエンターテイメントにしている。逆境すらもだ。しかも、どうすれば視聴者が楽しめるかをちゃんと考えてる。あの目はそういう目だ。


 彼は才能があるんだ。私たちと同じ才能が。いや、私たち以上かも。疲れてる中、箱のことを考えてフォローに回る気遣いがまさにそれだ。


 社長はその本質を見抜いてスカウトしたんだ。

 

 そんなの、ズルくないか。


 そして、なんて面白いんだ。


 だから、彼を自分のものにしたいなんてまた思ってしまった。


 誘惑しようか。でも、やり方なんて知らない。女を使うやり方も知らないでやってたら、大人たちに笑われた。あれはみんな、わかってて笑ってたんだ。


 恥ずかしい。


 くそう。


 でも、嬉しい。


 来てくれた事が嬉しい。


 一緒にお寿司を食べてくれた事が嬉しい。


 くそう。


 そういう感情は捨てて、篠崎マロンから獅子崎マロンになって――


 


 そう決めたのに。


 私は――。




―――――――――兎―――――――――

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