第22話 突然のシャットダウン

 今まではシシマロが先頭をずんずん歩いていたのに、今日は背中にひっついている。その姿も愛くるしい。彼女の動画のコメント欄には「肝試しみたいだw」というのが沢山流れていた。


 確かに肝試しみたい。この第一階層は崩れた地下鉄の駅と線路で構成されているから、そう思えばかなり雰囲気が出ている。俺としては親の顔より見た第一階層なんだけれども。


 不思議なことに、アレだけいたはずのモンスターに全くエンカウントしなかった。いよいよイベントくさい。


 ホームから地下鉄の線路に降りて、薄暗い線路の上を歩いていく。そうしてたどり着く次の駅のホームにある、さらに地下へ続く階段が第二階層への入り口。ここはけっこう広い空間になっていて、時々中ボスクラスの敵がポップするようになっている。というか、次の階層の入り口はみんなそうだ。


「何もいないな」

「よ、よかった……ドラゴンゾンビくらいなら大丈夫だけど幽霊はなー」

「99階で出てくるあのグロドラゴンが平気でなんで幽霊が怖いんだろうな」



 ――クスクス。


 ――クスクスクスクス。


 ――うさぎさんが一羽迷い込んだ。


 ――チェシャ猫にしてはこわい猫を連れてきてやってきた。


 ――何でもない日に出会った。


 ――どうという日でもないこの日に貴方達を見つけた。


 ――今日はパーティーかしら?



「ひゃぎい!」


 ピョーンとシシマロが飛んで、俺の背中にビタッとくっついた。


「師匠!」

「いやいや、こんな言い回し絶対イベントでしょ」





「イベントって何かしら?」





 俺もひぎぃ、と声をあげそうになった。


 コツコツと階段を上がってくる音。最初にぴょこんと大きな青いリボンが見えて、次に出てきたのは可愛らしい少女の顔。


 歳は十歳前後だろうか。


 金髪の明らかに日本人ではない顔立ちの女の子だった。着ているのはフリフリのついたエプロンドレス。なんかどっかで見た事あるような。


「!? 喋るモンスター!?」

「モンスターって何かしら?」


 コテンと首を傾げて微笑む少女。何だか笑い方が機械的で怖い。


「君は……何? プレイヤーか?」

「プレイヤーって何かしら」

「師匠〜何この子〜おうむ返ししてるぅ〜」

「困ったなぁ。チャット型AIに話しかけてるみたいだ」

「師匠って何かしら。楽しい、楽しい。あはははは」


 腹を抱えて笑う少女。カラカラと、人など気にせずに大声をあげている。


 この地下鉄跡にその声はよく反響して不気味さが増していた。


「あはははは、あははははは!」

「君、名前は?」

「名前って何かしら」

「ええ」

「名前は名前だよ! な、何かあるでしょあなたを呼ぶ言葉! てかイベントなのにホラー演出やめてよぉ!」

「わたしを呼ぶ言葉? ええと、なにかしら。何かしらね。わたし、自分のことを説明できないの。何故ならわたしは自分自身じゃあないから」


 何か聞いたことがあるフレーズのような、そうでないような。


 こんな時に一番いいのはいっぱい集まってる視聴者の知識だ。


 どれどれ……



【コメント欄】

>シシマロめっちゃビビってんな

>ヘルモードってホラー演出のイベントがあるのか?

>ガチで怖いんだけどなんだあの女の子モブ

>絶対NPCってのはわかるけど怖えな

>なんか不思議の国のアリスみたいだな

>それな

>それ

>最初にチェシャ猫がどうのって言ってたもんな

>最後のフレーズもたしか主人公の名言だったはず

>師匠ウサギで現れたのがアリスって偶然にしては出来すぎてんな

>逆に才能タレント見て当てがってるんじゃね?



 コメント欄も困惑しているけど――ああそうか確かに。不思議の国のアリスみたいだ。


「不思議の国のアリスかぁ」

「!」

「え?」


 少女がリボンをぴょこぴょこさせながらこっちにきた。シシマロが「え、やだ」と素の声をあげている。


「アリス。アリスって聞いたことある」

「君がアリスなんじゃないの?」

「そうなのかもしれない。そうでないのかもしれない。あは、あはは。ここはとても楽しい! アリス! あはは! じゃあわたしはアリスにしよう!」


 手を広げて走り回るアリス。それだけならいいが、壁に当たるかと思った瞬間壁を走り始めた。


「ほんぎゃー!! 壁走ってる!!」

「あはは、ここまでくると笑えるな」

 

 コレは完全にイベントですわ。


 そう思った時、いきなり真っ暗になった。


 真っ暗、というか地下鉄の景色がいきなり全部黒ずみになった感じだ。


 アリスは逆さまのまま――だけど髪は重力エフェクトが効いていない――ぴたりと止まると、頬をぷくっと膨らませていた。


「やだ。まだ遊ぶ。またあなたたちなの? またそういうことするの? いいこにして遊んでたんだから、ほっといてちょうだい」


 アリスがそういうと、フッと消えてしまった。


 いやいや、演出にしては突然すぎる――





<緊急システムメンテナンス>


<あと5:00で強制シャットダウン>





「え」

「ピャー!!」


 腕をガッと掴まれた。シシマロだ。そのままビターッと引っ付かれた。


 やばい。


 いきなり緊急メンテってなんだよと声を出そうと思ったのに、声が詰まった。


 シシマロがくっついてきた。


 俺、そんな事でもう頭がいっぱいになるのか。


「師匠!」

「お、おおおお落ち着いて。あるあるじゃん。イベント走ろうと思ったらメンテでつまずくってのは」

「だってえええ! 演出が怖すぎるんだもんんん」

「それは同感。ちょっと凝りすぎだ」


 

【コメント欄】

>俺のところもメンテの表示来たけど

>え、ヘルモードだけじゃなく全体メンテ?

>地下50階で見てたらいきなり真っ暗になったんだけど

>パラダイスステージか。あそこのセーフエリアはほとんど観光地みたいなもんだしな

>なんかゲーム内視聴してる連中全員メンテって出てるみたいだな

>珍しいな部分メンテばっかりだったのに


 

 シシマロが抱きついたのがどうでもいいくらいに困惑が広がっている。本当に唐突のメンテだったみたい。


[二人とも今日はこれで終わりにしましょう。ハルト君はマロンの恐怖を煽るだけ煽ってエンディングトークね]


 なんつー指示だと思ったけれど、確かに視聴者の興味が逸れてる中では効果的か。


 とりあえずエンディングトークに入り、独自の考察や「不思議の国のアリスってよく考えれば怖くない?」という感じに話を持って行ったら、シシマロはいいリアクションをして怖がっていた。



 §



「ン゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 状況を簡単に言うとこうだ。


 ログアウトしてからシシマロがダイブポッドからピョーンと飛び出し、そのままラウンジに走り去っていった。


 ラウンジに戻ったらソファーの一つにうつ伏せになって、バタバタしながらクッションで頭を覆っていた。


 なんだか既視感がありますね?


「シシマロ。ごめんよ。煽りすぎたって」

「ほっといて! ちょっと怖かっただけ!」

「大分怖かったんじゃない?」

「大分怖かっただけ!」


 そこは言い直すのか。えらい。


 仕方なく彼女の側に腰を下ろす。しばらく足をパタパタする彼女を眺めていた。推しが怖がってるのを独り占めと考えたらちょっとだけ優越感。ファンに聞かれたら刺されそうだ。俺の中だけにしまっておこう。


 よく見るとテーブルにラップに包まれた寿司のケースが二つある。高級そうな器だ。端っこには何個もカラになった器が袋に積まれてる。多分みんなの分もお寿司とって、俺たちが仕事してる間にみんな食べてたんだな。


「シシマロ。お寿司あるよ。食べようよ」

「ん、お寿司」


 のそっと出てくるシシマロ。食べ物に釣られるのは自分と同じか。


 ラップを剥がすとネタが大きい寿司がギュッと入っている。回らないお寿司屋さんが握ったみたいな面構えだ。


 二人でいただきまーすと手を合わせて、特上寿司を口へ運んでいく。うん。美味しい。疲れたところを無理して出てよかった。

 

「師匠」

「どうしたの? 何か嫌いなネタあるの?」

「いやそうじゃなくて。あれ、変じゃなかった?」

「アレっていうとアリス?」

「そう。あんなイベント見た事ないけど」

「うーん、そうだね。一応君のアーカイブちょいちょい見てるけど、ああいう類のイベントは見た事ない」

「私の見てるんだ」

「今まで雑談は全部見てた。今はネタバレいいし。てか俺たちが一番最新だからね」

「……なんかヤな予感がするんだけど」

「ヤな予感って。大丈夫だよ。あの作られた世界にオカルトが入る余地もない……」


 ふとバトルスタジアムで出会ったジェイソンさんの事を思い出す。


 よくよく考えればマナーも守ってるし目の前でチャンネル登録してくれたし良い人なんだろうけど……あれ完全に怪異の類だよな、と思う。


「……かもしれない。いや実は妖怪たちも『ゲーム』を楽しんでるのかも」

「や、やめてよ……師匠なんかあったの?」

「ジェイソンに会った」

「ジェイソン?」

「13日の金曜日の殺人鬼」

「あ、知ってる! 怖い!」

「怖かった。でも良い人だった……と思う」


 あまり行儀は良くないけれど、スマホを取り出して自分の配信のアーカイブを見せる。


 控え室ロビーで一緒にいた皆とスクショを撮っている姿を見せて、その中でも一際ヤバさを放っているジェイソンさんを見せた途端、シシマロがお茶を吹き出していた。




―――――――――兎―――――――――

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―――――――――兎―――――――――

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