第13話 もしクラスで端っこに座っていた陰キャがアイドルの訓練を受けたとしたら

 シティというのはいわゆるワールドロビー、パブリックスペースのことだ。


 ありとあらゆるプレイヤーがそこに立ち入りすることができて、いろんなサービスを受けることができる。


 特にこの『インビシブルフロンティア』は史上最大容量と言われるサーバーの中で運営されているので、そこはまさに「シティ」というべき巨大空間が広がっている。


 ……らしい。


 いやまあなんというか。配信タイトルから分かる通り、実は出たことがないんだコレが。なぜかってずーっとソロ専で行くと決めてから頑なに情報を入れないようにと、交流スペースに顔を出さなかったのだ。


 あとあの時はヘルモードなんて知らなかったから、最高到達点が地下3階っていうのを見られたくなかったのもある。ステータスにバーンと提示されるそれは、パーティー作りの時の指標になるのだ。


 ただ今よーく見てみると『最高到達点:地下3階(H)』ってあるのに気がついた。これヘルのHだよね。完全に見落としてた。こんなにしっかり書いてあるのに。


 で、それを知るなり茜さんは「じゃあハルトきゅんのデビューはシティからね!」ということで、こうなったというわけだ。


「今日はシティに出ようかなと思います」



【コメント欄】

>え、師匠街に来るの!???

>カレー食ってる場合じゃねえ!

>てかなんでまたシティにwww



「……実は俺、シティ出たことなくて」



>え

>ええ!

>なんでwwww

>チェストなんで

>自分も出たこと無いよ

>プライベートロビーで全部済んじまうからなぁ

>交流とかイベントとか他の事しなけりゃ街に出る必要もないしな

>ぶっちゃけ陰のものにはシティはきつい

>キラキラしてるもんなぁあそこ

>ツイッター民がインスタに入り浸るようなモン



「そう! そうなんだよ! あのキラキラがきつくて! ……お、俺さ。バズる前はまんま陰キャだったし。クラスでも端っこに座ってる方だったし……うっ」



>泣くなよwwww

>トラウマww

>師匠かわいいw

>わかるぞそれ

>わかるクソわかる

>まじそれな

>泣くなしw

>泣くわこんなん

>大丈夫だ師匠俺たちがついてる!

>この人本当にトッププレイヤーなのかよwww

>本当に強いから困る

>チェストするからな

>三億ダメージとかマジチェスト



 思わず涙が出てしまったけれども、同調してくれて嬉しい。ああ、これがファンがいるってことなのか。


「みんなありがと。でもね、俺、『ダンジョンフレンズ』に入って色々と克服したから……ここで陰キャを卒業したい! ちゃんと黒羽ハルトとして一本立ちしたい! ……したいなぁ」



>師匠がんばれ!

>ゲームでなく対人をレベルアップさせるとか新鮮すぎる

>何だかはじめてのおつかいを見る気分

>本当にこの人最強なんだよな??ww

>うおおおおスパチャあああああ



「早速行こうかなと思います。みんなもし会えたら話しかけてね」

 

 意を決してプライベートロビーからシティへ転送を選択。ブワーッとワープじみたエフェクトが入って、僅かな浮遊感。そしてスタッと降りた場所は――


「うわすっご……」


 摩天楼が空を突く、と言えばいいのだろうか。降り立った場所は世界のどこかにありそうでなさそうな都市。ニューヨークのようで日本の渋谷交差点のような、とにかく見上げるものが多い都市。人もメッチャクチャ多い。


「すごいなぁ。どんだけ金かかってるんだ?」


 見上げながら歩いていると、何やらヒソヒソと声が聞こえてくる。声の方をみてみると、プレイヤーたちがこっちを見て何かを話していた。


「あ、あのう……もしかして黒羽ハルトさんですか?」


 驚いた。話しかけられるなんてないと思ったのに、もう近づいてくるプレイヤーがいる。


 一人なら一人で満喫しようかなと思ってた。茜さんはそんな事ないだろうからファンサだけしっかりやればいいと言っていたけど……マジかー。


 近づいてきたのは俺よりも少し背の高い男女だ。男性の方はガスマスクみたいな顔装備をして、女性の方はサイケな色の髪で星型のサングラスをしている。


 ぐっ……なんか陽キャの気配がする。


[ハルトくん! 練習してるやつ!]


 と視界の端っこに指示が飛ぶ。


 ついに来たかこの瞬間。


 陰キャの俺がとにかく苦手な対人対応。


 ええいままよ。


 俺は稲葉ハルトじゃなくて今は黒羽ハルトだと覚悟を決める。


「そうですよ。黒羽ハルトです!」

「わ、ほ、本物! か、可愛い! 握手して貰っていいですか!」

「いいですよ。いつも配信見てくれてありがとうございます」


 あくまで自然体で顔を少しだけ傾けて見上げるようにして女性を覗き込む。


 相手が顔を赤らめた。


 これは情報が処理しきれていない証拠。


 すかさず相手の手を取り、指と指の間に自分の指を絡める。


 ……嫌がらない。いける。


 手を内側に巻き込み、ほんの少しだけ自分の方に寄せる。


 彼女の脳がフリーズしたところで、トドメにニコッと笑った。


「はひっ! か、可愛゛い゛ッッッ……」


 お姉さんが死の間際の獣みたいな声を出した。

 

 ククク。


 堕ちたな。


 ……いや、言いたかっただけ。


 許して。


 成功したから調子づきました。


 これは握手会で行列ができるアイドルがやるテクニック。ただ可愛いだけで手を差し出すだけではダメらしい。貴方のための私です、というのを押し出さないといけない。


 男性声優とかアイドルなら制限時間いっぱいで「待って!」とスタッフをワザと遮り「今度またその話聞かせて!」と尾を引くようにするらしい。


 俺もそっちの方をやるかと思いきや、女性寄りのアイドル枠だからこっちのスキルを叩き込まれた。ここだけ茜さんはとにかくスパルタだった。


「俺男なんですけど!?」


 って言ったら


「こないだの配信でわかったでしょう? 君はもうハルトきゅんっていう偶像アイドルなの! 可愛くなるの!」

「かっこよくなりたいんですけど」

「認めぬ! 認めぬぞ小僧!」

「何で最後武士みたいな言葉遣いなんです?」


 最終的には靴を舐めペロるとか言い出したので渋々了承。必死か。大人怖い。


 ただ悔しいかな、茜さんは一から『ダンジョンフレンズ』を立ち上げたその道のプロだ。彼女の言うことは一応理に叶っている。それにあの衣装だ。エゲツない、ポジティブな反応がある。それは無視できない。客が求めるならそれを提供するのがプロ……なんだよなぁ……はぁ。


 ちなみに獅子崎マロンはこういうのはできない代わりに、リアクションをとにかく可愛く振る舞うようにしているということ。そのためにゲームアクターやその他諸々の講師を呼んでしっかり教育したとか。


 スゲーなシシマロ。


 ほんと尊敬する。


 自然体だと思っていたら半分くらいは訓練の賜物だったなんて。


 そんな彼女に少しでも近づかないと。


 ただの陰キャのゲーム好きをこんなに押し上げてくれたんだから、応えないと。


 そう思えば何とかギリできる。ギリ。


 何か大切なものを失った気もするけど……次、妹に会った時どんな顔をすればいいかわからないの……。


「会えて嬉しいですよお姉さん。これでも初めての街なんで緊張してるんですけどね」

「〜〜〜〜〜!!!」

「ほ、本当にこの子が最強? てか、こんなに小さかったんだ……」

「お兄さんは俺の頭撫でてみます?」

「え゛!? いいの!?」

「まあ減るもんでもないので」


 ほれ撫でてみ、と男性プレイヤーの方に頭を突き出してみる。対男性に対してはわりとフランクにしていいそうだ。何でかは知らんけど、ブラコンを刺激するセンスがあるとか言われた。何だそれ。


「お、おお、何だこのきもちは」


 頭がソッと触れられる。少し時間をかけたところで、


「はいお兄さんはおしまい。これ以上は有料ですよ」


 そう言ってイヒヒとシシマロがやるように、イタズラっぽく微笑んだ。


 これにも自然にやるテクニックがあるが省略。


 って。うわぁ。お兄さん動揺してる。


 てかマジで俺でいいのアンタ?


 俺陰キャだよ?


 あーでも、この服装もあるからなんだろうな……雰囲気ってバカにできない。


[ハルトくんやっぱり私が見込んだだけあるわぁ。こんなの猥褻物陳列罪みたいなもんよぉ]


 アンタがやらせたんだろうが、アンタが。猥褻物陳列罪ってなんだ!


 とは言え初めてのファンサは成功したらしい。それじゃと手を振ると、男女のカップルプレイヤーは呆けた顔で手を振っていた。


「は、はあ。緊張したなぁもお。うまくできたかな」



>嘘つけw

>嘘つけえええ!

>手慣れてたぞwww

>師匠あざといwww

>アイドルじゃんもうw

>チェストアイドル!!

>握手券どこで売ってるんですかね

>師匠頑張りすぎwww

>プロって大変なんだな

>ジャージ芋ウサギが都会に毒されとるw

>あの二人うらやましい

>男の方性癖がぐんにょり曲がる音がしてたぞ

>性癖が みだれる!

>師匠にチェストされてえ

>師匠どこじゃあああああ

>シティ広すぎクソがどこにいる



 うるせえ、仕事だチクショウ!


 ……え、今日これ続けてくの?



―――――――――兎―――――――――

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