第12話 忘れていましたが彼女はライオンつまり肉食系

 60万人。


 シシマロの200万人に比べたら少ないが、これは驚異的な数字だ。


 数万人登録者がいて出す動画が4万PVをコンスタントに稼げば食っていけるという配信者の世界で、すでに60万。


 どんなに人気の漫画動画チャンネルだって、初回は数千よくて数万人スタート。そこへ来てこの数字はヤバすぎる。


 茜さんじゃないけど……胃が……痛い……嬉しさよりプレッシャーが来る。


 そりゃま、嬉しいっちゃ嬉しい。宝くじに当たったみたいなもんだから。だがしかしだ。配信業は一度じゃない。続けていかなければいけない。


 この登録者数を落とさず、同接の人数も落とさず『ダンジョンフレンズ』に残れるだけの人気を獲得できるかどうか。


「すごいなぁ師匠は。チャンスをモノにして」

「チャンスっていうか君が……ぬっ」


 ぬ。

 

 思わず変な声を出した。


 シシマロの顔がめっちゃ近くにあったからだ。


 しかも、なんと言えばいいのだろうか。


 今日は妙にエロいというか。


 妖艶というか。


 そんな顔。


 見たこともない、肉食系の顔だ。


「嬉しいけど、少し悔しくなってきちゃった」

「シシマロ!?」

「いいなあ師匠。本当に私のモノにしちゃおうかな」

「私のモノ!?」

「人気、食べちゃおうかな」


 ぺたん、と腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。


 こんな顔ができるのか、この人は。


 興奮で心臓がドクドク鳴っている。


 なんだかいけない顔をみてしまったような気がする。


「……いひひ。冗談だよ師匠。また一緒に潜ろうね」


 シシマロは一本取ったみたいな顔をしてにへらと微笑むと、そのままスキップで自室へと戻っていってしまった。


 しばらく廊下でほけーっとしていると、急に恥ずかしさがやってきた。


「か、からかわれた!」


 そうとしか思えない。シシマロからしてみれば、なんか調子乗ってる新人をからかった、そんな感じだ。見るからに陰キャの俺をちょっと引っ掛けた感じだ。


 それなのに俺は一瞬マジになって、呆けて、アホヅラを晒してしまった。


 そりゃ彼女も笑う。


 か〜わいい〜みたいな顔してた。あれは絶対そう。


「んひいいいいいいいい」


 恥ずかしい。そして怖い。女の子怖い。もう一個おまけに恥ずかしい。


 ゴロンゴロンとのたうち回る。もし昼間の時間帯だったらスタッフさんに見つかってヒソヒソされていたかも。


「んもおおおおお……はぁ」


 止まって、ため息。


 急にプレッシャーだけが残って、冷や汗が出てきた。


 俺、本当にここでやってけるのだろうか。今日はシシマロがいたからうまく行ったところもある。彼女のおかげでこの登録者数というのもある。


 でもこの次、もし一人で配信するとしたらどうなるんだろうか。もしかしてヘイトの方が多くて、罵倒の嵐になるのかも。


 そう思うとさっきのシシマロの態度は突き放しにも思えてきて――震えた。


「おーおー少年よ。青春しとる上に悩み多き年頃だナ」

「ぬ゛っ」


 また変な声を上げて起き上がると、ニヨニヨと見下ろす金髪で青い瞳の少女がいた。


「隈ミカッ! さん!」

「よっすよっす」


 ゆるっとしたTシャツを着たエキゾチック美少女。隈枝ミカンがいた。Tシャツには「焼肉定食」って書いてある。前もクソT着てたなこの人。


「やー、見てたよ見てたよ。ほんと面白いなパイセンは」

「見られてた……ってか、寝る時間じゃないんですか?」

「たまにゃ夜更かししたいお年頃なんだよ」

「お年頃って。成人じゃなかったんです?」

「お、テメ、女の子に歳聞くとはいい度胸してんナ」


 みょみょみょーんと頬を引っ張られる。痛くないけどなんか屈辱的だ。


「いふぇふぇっふぇふぇ」

「ん? 何か用かって? そりゃまあイケイケの黒うさパイセンのツラ見ようかと思ってナ」

「んふぃふぃふぃふぃ」

「自分の実力じゃない? まあそこは後からトーク力なり何なりつけてけばいーよ」

「んひゅー!」

「わかったような口を、だって? そりゃあわかるさね。先輩だからね」

「いててて……」


 ようやく手を離された時には再びニヨニヨされて見下ろされていた。


「ま、ほら、なんだ。コレから独り立ちする時にサ、今日のを再現する〜とか、無理して張り切る〜とかしなくていいから」

「……なんでそれを」

「いきなり60万人登録だからね。どうせクソ真面目の相談もできないクソうさパイセンはよー、シシマロに見合う男になるーみたいな事言って焦るんだろうなーって思ったのサ」


 グサグサと、回り込まれるような言葉が刺さる。


「くぅぅ」

「あっはっは。パイセン反応おもしろ」

「隈ミカさんトドメ刺しに来たんですか」

「半分は」

「半分?」

「もう半分はそーだな。パイセンレベルじゃないけど、バズってやらかして去ってったヤツもいたからさ。老婆心ってヤツ?」


 その言葉だけは一瞬、真顔になったような、そうでないような。


 隈ミカさんは配信でもそうだったけどマイペースで飄々としていて掴みどころが全くない。


 でも何でだろうか。


 ちょっと落ち着いたような気がした。


「あとはほら、せっかく来たオモチャが壊れたらヤだしナ」

「いまオモチャって言いました?」

「あっはっはっは」

「隈ミカさん? 目を見て?」

「ま、それはさておきだ」

「さておかれた」

「常に自然体でいなよ。それがパイセンのいいとこだから」

「はぁ」

「ウチが言いたいのはそれだけ。そんじゃね」


 そういうと「ぬふぁ」とあくびをして、手を振って行ってしまった。


「もしかして気を使われたのかな、これは」


 だとしたら二重に恥ずかしいような。


 顔を覆いたくなったけれど、ペシペシと頬を叩く。


「……次の関門は独り立ちだ。頑張らないと」


 せめて推しに並ぶことがなくとも、彼女と一緒でも恥ずかしくないようにはいよう。


 ……アニメとかラノベとかの主人公だったら、ここで超えてみせるとか言うんだろうけどな。なかなか現実はそうはいかないよ。だって俺、もともと陰キャだしね。



 §



 や、やってしまった。


 悔しくって、つい。嬉しいのに。本当に嬉しいのに。


 私はいつもこうだ。恥ずかしくって素直になれない。ライオンみたいにエラソーに吠えるだけ。


 まさか、師匠にもそれをやるだなんて。


 嫌われたかなぁ。


 ただでさえ迷惑かけてるのに。


 嫌われたくないなぁ……。



 §



 その後もシシマロと一緒にコラボしたり雑談配信していたらすぐに一週間が経過した。そろそろ普通の企業でいう研修期間は終わりということで、今日の配信は一人でやることになった。


「黒羽ハルトです。今日は初めての一人配信やっていきます」



【コメント欄】

>うおおおおおお師匠うおああああああ

>師匠おおおおおおおおおおお!!

>チェストオオオオオオオ

>チェスト師匠!!

>黒うさ!!

>黒ウサパイセン!

>師匠!

>今日はシシマロいないんかい!

>うっそ黒ウサたんの初めてなのこれ

>師匠しゅき

>ふともも舐めたい

>短パン最高

>もっとちこうよれファンアート描く(^q^)

>はよ描け

>お前同人描くって言ってたやつだな?

>万札用意してるんだからさっさと描けや

>ぬうぅあああああスパチャあああああ

>黒ウサ師匠まじで人気になってんなw

>イキらないのがいい

>真面目にかわいい

>戦闘だとゴリッゴリに汚い戦い方するけどなwwww

>おまけにバーサーカーになってチェストまでするwwwwwww

>それがいいんだろ莫迦

>グッドチェストにごわす

>チートではないけど勝てばよかろうなのだ的な戦い嫌いじゃない

>どうでもいいが性癖が歪んだどうしてくれる

>貴重なメカクレ

>癖ッ!!



 おう。


 歓迎してくれる人の中にとびっきり気持ち悪いのがいる。


 シシマロとか他の配信者は涼やかな顔でスルーしてたよな。


[ハルトくん、引き攣ってるわよ。スマイル、スマイル]


 茜さんがすかさずフォローを入れてくれたので、咳払いしつつ仕切り直す。


 ……こういうのをシシマロは全部笑顔で応えてたんだよな。すげえなプロって。俺もそうならなければ。


 さてさて、今日の配信は「ハルト初めてシティへ行く」だ。足はガックガクで緊張しまくりだけど、なんとか耐えて笑顔を作る。ここからダンジョン配信者としてようやくスタートラインに立つのだ。頑張らねば。


[ハルトきゅん笑顔素敵になったねええしゅきいいいい]


 一本だちへの決意をぶち壊す茜さんのチャットがどわーっと流れてきた。




―――――――――兎―――――――――

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