第11話 ウサギとタコ
シシマロはしばらく興奮のまま飛び跳ねると、いきなり近づいてきては俺の手を掴み、その白い手で覆った。
「師匠! 何今の! なになに今の!?」
「さ、さあ。こっちが聞きたいくらいだよ」
「振り向いた時の師匠カッコよかった! 目が真っ赤になってビッカァって光ってた!」
「光ってたのか……」
「ちぇすとおおお!」
ぴゅーっと走って、やー! と双剣を振り下げる彼女。そしてステーンと転んでその場でわははと笑っていた。
一気に園児まで知能が下がったような感じ。まあこれもまた彼女の魅力だったりするわけだけど……君、戦ってる時とギャップありすぎない? てかトッププレイヤーだよね?
[何はともあれいい方向に受け止められたみたいね。さっすがハルトきゅん]
テキストログから茜さんの安堵が聞こえてきそうな、そんなチャットだった。
ちなみにコメント欄めっちゃ盛り上がっていた。ずーっとチェストォォォで埋め尽くされているのが何か怖い。
その後は適度なところでダンジョン攻略を切り上げてパーティーロビーでエンディングトーク。
「それじゃあ、今日からチャンネル開設だから。みんな登録してね」
手を振るとチェストォォォって返ってくるのが若干気になるが、俺は配信者デビューを何とか終えることができた。
ログアウトして現実世界に戻る。
ああ、疲れた。本当に疲れた。もう今日はいいだろ。ああでもSNSにお礼とか色々書かないと。
配信者ってやっぱり大変だなぁ……やってけるのかな俺。
ダイブポッドの蓋を開けようとした瞬間、何もしていないのにプシュー、と開いた。外から誰か開けてくれたのだろうか。
まさかシシマロ?
僕のことを労ってくれるとか?
えっ、そんな。
ちょっと嬉しいじゃないか……
「ハルト君。緊急診察だ」
脳内ではシシマロがわーっと抱きついてくるまで想像していたのだが。
そこには白衣を着たハゲさんが仁王立ちしていた。
§
「ハゲさん医者だったんだ」
「もともと
「みんなタコさんって呼んでるけどね」
ペシペシとハゲさんもといタコさんの頭を叩くのは茜さんだった。ダイブポットから出たあと、待ち受けていたのはタコさん。その脇にいたのはシシマロと茜さんだった。
「ふむ。大丈夫みたいだな。メンタルサインを見た時は少し驚いたが」
「どう言うことです?」
「簡単に言うとダイブ型ドローンがクラック攻撃を喰らったのに似ている」
「???」
「タコさんもう少し分かりやすく。ハルトきゅん困っているじゃない」
「しかし少尉」
「あコラ」
ペチーンと茜さんがタコさんの頭を叩いた。
……今、『少尉』って言ったか?
「……コホン。まあ何と言うかな、精神汚染のようだったということだ」
「精神汚染って」
「フルダイブ型のネットワークはとても厳格に作られている。その中で感情を強制させる仕組みというのはそこそこグレーなんだ」
「あのカーッとなった奴です?」
あの【チェスト】っていうスキルを使った時、一瞬だけど殺意というかなんというか、ものすごい感情が膨らんだのを覚えている。
「そうだ。まあモンスター相手に興奮するくらいならまだいい。やろうと思えば電子ドラッグに似たことだってできるということだ」
「え、怖ッ!」
「タコさん物知り!」
タコさんの頭をペチペチ叩く獅子崎マロン。この子も怖いもの知らずだな。というか、感情の振れ幅がついていけない。凛としているかと思えば子供だし、大人びていると思ったら幼児のよう。そこが魅力でシシマロワールドなんて言われているのだけど。シンプルに不思議ちゃんだ。
「だがその様子だと杞憂だったようだ。もう今日は休んでいいぞ」
「ありがとうございます」
「それにかなり稼いだみたいだな。ご褒美にコイツをやろう」
白衣のポケットから取り出したのはやはり巨大なペロペロキャンディーだった。マグナム銃を引き抜くような動作はちょっとおっかない。
「ありがとうございます」
「私も!」
「もちろんある」
「わーい」
「どんだけしまってるんですか」
「秘密だ……そうだハルト君」
立ち上がった時に呼び止められた。タコさんのいかつい顔が何故かさらにいかつい顔になっているような。
「君の戦いは軍人の戦い方に似ている」
「へぇ!?」
「レッスンにはボイトレの他に、リアルトレースボーナスのための格闘技の時間もある。君には特別な訓練をしてあげよう」
「特別?」
「いわゆる反則技だ」
「ちょっとタコさん」
「しょ……社長が気にいるのも分かる。彼はとてもきれいにダーティーな事をする」
ぬぅ、と立ち上がってワシワシと頭を撫でられる。でっかい。こわい。でも優しい。
「裏ワザ。反則技。卑怯な技。かまやしないさ。相手は電子上のモンスターだからな。それに」
「それに?」
「男の子はそういうのが好きだろう?」
い、いや。
そういうの好きくないですが。
けどニッと笑うタコさんがとてもいい顔だったので、思わずハイお願いしますと言ってしまった。やっぱりヤダという前に頭を撫でられて切り上げられてしまったので、もう諦めよう。
「珍しい事があるものねえ。タコさんがあんなに上機嫌なの久しぶりだわぁ」
と茜さん。ちょっとテンションが高いのは、配信動画が上手くいったからだと思う。
「そうなんです?」
「ハルト君の事は素質があるだの何だの言ってたからね。他の護衛の人達も呼んでみっちり教えてくれるかも……ああでもなあ。嫌だなぁ。ハルトきゅんがあんなむさっ苦しい連中に鍛えられるのはなぁ」
「あの」
「?」
「さっきの少尉って何です?」
言った後で気づいた。
これ、割と踏み込んだ質問じゃないのかって。
空気悪くなるかなと思いきや、茜さんは笑顔を崩す事はなかった。
「ああアレ? タコさんたちとはもともとゲーム仲間なのよ。ガンシューティング系のね」
「はぁ」
「恥ずかしいから言わないでって言ってるだけよ。それじゃ、あとはスタッフ達と色々会議があるから。君は自由にしててね」
「あ、はい。じゃあお先です」
「そうそう、くれぐれも炎上は気をつけてね。あとマロン。ハルトきゅん襲ったら殺すからね」
「パワハラだ!」
なんかはぐらかされたような気がしないでもないけど、これ以上突っ込むと藪蛇のような気がする。
「……社長って不思議だよね」
「え?」
「師匠が聞いたみたいに私も聞いてみたんだけどね。同じような返事が返ってきたけど、絶対嘘だよね」
「そうなの?」
「多分。あの目は嘘を言ってる気がする」
「そういうの敏感な方なの?」
「うん。とっても」
そういうシシマロの目はちょっと怖かった。タコさんからもらったキャンディーを子供のように舐めてはいるのだが、目がマジというか曇っているというか。
何かちょいちょい闇を抱えてる感じが伝わってくる。あの配信の時のコロコロ変わる表情も、戦いの時の凜とした顔もそういう所から来ているのだろうか。
そもそも彼女はここにどういう流れで来たのだろうか。成人はわかる。昔ポッドキャストしてたとか他の所で配信してたとかの流れで辿り着いたなら。
でも俺と同じ歳で、しかもトッププレイヤー兼トップ配信者って。俺の装備品を見て宝くじ当たったって言ってるけど、彼女は億稼ぐ。でもそれを使っている素振りも見せない。
不思議だ。彼女の世界を覗きたくなる。これが多分、彼女の魅力であってトップ配信者たらしめる一種のカリスマのようなものなのだろうけど。
どうせ近くにいるんだから、誰よりも早く、もっと彼女を知りたい。
なんてのは贅沢なんだろうか。推しが横にいるってだけで。友達のように話せてるってだけで幸せなのに。
「んーーーー今日は疲れた! もう今日は寝ようかな。コメント返しの配信はあしたやーろおーっと」
「その方がいいかもね」
「師匠は?」
「開設された自分のチャンネル覗いてくる。まだ見てないんだよね」
「めっちゃ可愛いヘッダーになってたりして」
「ありうる……茜さんのことだから……」
なんか嫌な予感がしたので、スマホを取り出して自分のチャンネルにアクセスしてみる。
どうせ酷いことになってるんだろ、と思いきやさっきのチェストした時のスクリーンショットになっていた。アイコンは引き攣った顔で手を振っている可愛いヤツだが、ヘッダーは目が殺気でギラッギラしている。
「この画像使うのかよ……ほんの今の今差し替えたな?」
「おー登録者数! 見て師匠! すごいことになってるよ!」
すごいこと、と言ってもシシマロに比べたらそんなんでもないだろう。『ダンジョンフレンズ』のネームバリューと俺の個人のSNSフォロワーからいって、10万行っていれば御の字だ。
俺がトッププレイヤーだとしてもだ。配信業の世界はそんなに甘くないことは知っている。
好きな漫画動画のチャンネルだって二年経ってようやく80万人登録とかそんな感じだった。
バズりに持ち上げられたからって、俺はそもそも陰キャなんだ。さっきだってシシマロと一緒じゃなきゃまともにトークすら……
「すっご! 始めた日に60万って!」
「嘘だろぉぉぉぉぉ!」
―――――――――兎―――――――――
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