第10話 チェスト3000倍

 眼前に変なムービーが流れてきた。ムービーというより、雑に撮影された記録動画のようだ。そういう演出なのだろうか。


 ここにいるはずのない普通の人々が、モンスターに追いかけられている。


 あちこちで銃声が鳴り響いて、お巡りさんや機動隊が反撃するもモンスターたちは雪崩のように襲いかかる。


 人々は片っ端から殺されて、あっという間に血の海。1日もたたずに俺たちの街が崩壊する。


 ダンジョンの出来上がった区画は鉄の壁で封鎖された。


 行方不明者多数。死者多数。中は何が起こっているかサッパリわからない。


 やがて調査隊が結成される。


 この事件のために集められたエリートたち。


 腕には【ビーストアイズ】がはめられている。


 一番最初にモンスターに飛びかかっていく、双剣を構えた女戦士の顔は……




 

「シシマロ?」



 


「師匠??」





 パッと視界が元に戻った。何事とキョロキョロと見回してみても、地下1階の景色が広がっているだけだ。


「ど、どしたの師匠? 立ちくらみ?」


[ハルトくん大丈夫? 休憩入れる?]


 シシマロも茜さんも心配してくれた。コメント欄も困惑が広がっている。


「だ、大丈夫。なんか変な動画が流れてきた」

「変な動画?」

「そう。ゲームのオープニング動画かな?」

「……師匠大丈夫ホント? ヘルモードに飛ばされた件もあるし、まだ安定してないのかな?」

「そうかもね。また今度公式に報告しておこうか。それよりも【サツマラビット】だ」


 ステータスにはあのおっかない武者姿のウサギのアイコンが表示されていた。


「かーわいい! ね、どんなボーナスがあるの!?」

「即死バフが全部無くなってる。けど、クリティカル率上昇がとんでもないことになってるな。この【チェスト】って攻撃スキルで常にクリティカルダメージが300%……さんびゃく!?」


 目が飛び出た。スキルを使うだけでクリティカルダメージが3倍入ることになっている。常時がそれで、隠密時の倍率については伏せ字がされていた。多分だけど使わないと解除されないやつだ。


「うあ……【ブレイブレオ】が10回斬って同じくらいとか」

「隠密状態だとどうなるんだろう」

「試してみようよ。ほら敵探して!」


 シシマロが寝転んでピターっと地面に耳をつける。聞こえないのに何で真似をするんだろうか。くそ可愛い。


「君は聞こえないだろう。ばっちいから立ちなさい」

「聞こえるかもしれない!」

「根性でパッシブスキルが身に付いたらすごいゲームだよこれ」


 シシマロの横に並んで地面に耳をつける。ふひひと微笑む彼女の顔が集中を邪魔してくる。くそ、流石はトップ配信者。こういうところも可愛い。


 邪念を捨てて目を瞑ると、だんだんと音が聞こえてきた。


「聞こえてきた。一体だ。シャカシャカしてる」

「シャカシャカ?」

「多分虫だ。ダンジョンビートル系統の」

「げ。あのでっかいカナブンみたいなやつ!? 私、虫苦手なんだよね……」


 俺も大きな虫は苦手だけど、この【サツマラビット】を試すにはちょうどいいかもしれない。


「虫系は硬いから、威力を測るのにはちょうどいいかも。ダンジョンビートルは典型的な鈍亀タイプのモンスターだしね。怒ると面倒だけど」

「うー、仕方ないか。あ、虫注意だからね!」


 と、撮影用ビットに向かってそう言うシシマロ。流石はプロだ。そういう細かい配慮もしっかりできるらしい。ちょいちょい常識から足を踏み出しているのに目を瞑れば本当に完璧美少女だ。


 音をたどって朽ちた地下駅を進み、ホームから廃線に降りるとやっぱりいたダンジョンビートル。通路の角に隠れて様子を伺うと、何やらショートしてバチバチしてる電源ケーブルに引っ付いていた。


「サンダービートルだったか。電気食べるやつだね」

「師匠。あれ地下100階で見た。硬くて私嫌いなんだよね。正面からだとほとんど剣が効かない」

「そんなのが最初からいるんだな。流石はヘルモード」


 まともに戦ったら苦戦するのは必須。俺も煮湯を飲まされたけれど、煙幕を上手に使えばなんとかなるのも知っている。


「じゃあちょっとやってくる……うぇ」

「師匠?」

「スキルの【ラビットスモーク】が【煙幕玉】になってる。形も古風になってるな」


 前まではカラーボールだったのに、打ち上げ花火の小さいバージョンみたいになっていた。


 他にも設置型地雷の【ラビットマイン】も【地雷火】になってるし、ウサギ型の人形がぴょこぴょこ逃げて敵を引きつける【ラビットデコイ】も【捨てがまり兎】になってるんだけど……まあ、効果は同じだろう。多分。


 ああいう虫は複眼だから視界を遮るものはテキメンに効く。俺は大きく振りかぶって【煙幕玉】を投げつける。


 バオ!


 いつものように煙が充満する。びっくりしたサンダービートルがアワアワして、次に上羽をバッと開いた。


「そうやって煙を羽であおって消そうとするんだよね」


 ノーマルモードではそんな事をしないが、このヘルモードだと相手も頭がいい。やがてブブブ、とサンダービートルの羽が動き出し、充満している煙も空気に押し出され始める。


 が、そんな事をしてももう遅い。やかましい羽の音は俺の歩く音を消してくれた。もう背中が見えている――


「いくぞ、【チェス……!?」


 スキルを使おうとしたその瞬間。


 ぐぐっと。


 何故か体が動く。


 いきなり誰かにこうしろと強制されたかのようにだ。


 やがて剣の握りを左の頭の上に伸ばして、カルンウェナンの切先をピーンと高く上げる。


 これ、何かで見てことあるような?


 急に。


 視界が真っ赤になった。




 

 ――斬るべし。


 ――斬るべし!



 


「あああああああああああああ!」

「師匠!?」


 何故か声が出た。


 腹の底から思いっきり声が。


[どうしたのハルトくん!?]

「あああああああああああああああ!!」

 

 カーっと頭に血が上るような感覚。激しい怒りに似た感情。そして、それが体に染み渡るような快感。


 声は巨大な甲虫の羽音すら超えたらしく、サンダービートルはビクッとしてこちらに振り向いた。


 サンダービートルの顔を見たその時に、俺の中の何かが爆発した。





「チェエエストオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」





 走った。


 こんな風に叫んだことないのに。


 真っ赤な視界の中で、何かに突き動かされるように走った。


 

『スキルボーナス:防御力無視』

『スキルボーナス:バインドボイス』

『スキルデメリット:隠密−300%』

『スキルデメリット:バーサーカー(2・5秒)』



 


才能タレントボーナス:クリティカルダメージ+3000%』



 


 ――斬る。

 

 ――斬る斬る斬る!

 

 ――絶対に斬る!

 

 ――ダメで殺されてもいい!


 ――斬る!



 感情が流入してくる。

 

 激情が身を焦がしてくる。

 

 スキルエネルギーが激減するのがわかった。



 ――構うものか。


 ――斬って死ぬが誉。


 ――それ以外考えるな。


 ――斬るッ!



 正面から思いっきり剣を振り下ろす。


「あああああああああああああ!」


 ザン、と。


 鉱物レベルに固いサンダービードルが真っ二つになっり、爆散した。


 合わせて煙も一気に消滅して、余波で地面が抉れる。


 300,000,000という見たこともないダメージ表記が出現した。


 敵を倒したと認識したあたりから、視界が静かに戻っていく。


「ししょう?」

「シシ、マロ」


 うまく声が出なかった。


 その時、配信のコメントがピタッと止まった。同接が何十万人を超えているのにだ。


「え、あ、うあ……」

「シシマロ? お、おーい」


 こっちがどうなってるのか聞きたいくらいなのに、シシマロはぺたんと尻餅をついてあんぐりと口をあけている。


 え、何そのオバケを見たような顔。


 も、もしかして。


 俺のこと……嫌いになった……とか?


 一人でテンパっているとシシマロは一人起き上がって、俯く。若干プルプルと震えているような……え、何か俺やっちゃいました?


「しゅ」

「しゅ?」

「しゅんごおおおおいいいいいい!」


 あ、違った。取り越し苦労だった。


 シシマロは大興奮の様子で、ぴょんぴょんとウサギのように飛び跳ねていた。




―――――――――兎―――――――――

お読みいただきありがとうございます!

面白かったらコメントや♥

★★★やレビューにて応援して頂けると

今後の執筆の励みになります。

よろしくお願いします!

―――――――――兎―――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る