第08話 知らずのうちにミリオネア

 しかしなんだろうこの気持ちは。コメントの内容はさておきだ。


 今まで生きてきた中で、こんなに褒められたことはなかった。こんなに認められることはなかった。


 ゾクゾクと背筋を登ってくる快感。これが配信者が得る快感というものなのだろうか。トッププレイヤーたちが受ける称賛というものなのだろうか。


 そういうものに無縁でただただゲームだけやって楽しければいいと思ってたし、ランキングがどうのこうのとドヤるのはカッコ悪いとまで思ってたけど……なるほど、これが承認欲求。満たされるとこんなにも気持ちいいだなんて。


[ハルト君。ほら、挨拶!]


 茜さんのチャットでようやく我に返ることができた。危ない。これは危ない。仕事なんだぞと自戒して深呼吸。なるべく笑顔を作った。


「黒羽ハルトです。こんな姿になってしまいましたが、これから『ダンジョンフレンズ』のみんなと一緒に頑張ります。よろしく!」


 今まで陰キャでボソボソ声だったのにスルッと出てきた。吹っ切れるってこう言うことなんだな。俺の中のリミッターみたいなものがプチンと切れた、そんな気がした。


 ちなみに黒羽というのは茜さんが命名してくれた。なんで「羽」だって聞いたらウサギは羽で数えるから、だって。なるほど。


「いやー寒さ感じないのに足元スースーする気がする。どうして俺足出してるんだろう」

「ジャージだったのにね。師匠可愛い!」

「カッコイイのリクエストしたはずなんだけどね。シシマロの軍服みたいなやつ」

「師匠は割と童顔だからこっちの方がいいよ」

「気にしてるのに!」

「でもほら、お金を稼ぐってこういうとこもあるし、ね?」

「ウンソーダネー」

「師匠、なんか顔こわくない?」

「コワクナイヨー」

「師匠が壊れた!」


 自然体でいいと言われたからもう好きにやる。妹と話すときのノリでやったらなんとかなるもんだ。


 茜さんやトークの講師も、一番親しい人に敬意を感じて楽しく話すのが一番自然に話せると言っていた。俺はキャラを作らずに自然体でいたほうが好感度が高いだろうということで、とにかく気負わないようにという訓練だけやらされていた。


 加えて、流石はトップ配信者のシシマロだ。俺の話をポンポン拾ってリアクションをしてくれる。お陰で会話が途切れること無く進んでいた。


「師匠、今日も私とヘルモード行ってくれるんですよね?」

「そうだね。この配信は俺とシシマロとの練習も兼ねてるから。一階で何とか頑張ってみようか」

「よろしくお願いします!」


 ビシッと靴を揃えて敬礼するシシマロ。うーん可愛い。俺ほんとにこの人と仕事できてるんだな。なんかようやく感動がやってきた。


 オープニングトークはほどほどに、早速俺たちはヘルモードでダンジョンに入る。


「あ」

「どしたの師匠?」

「ちゃんとヘルモードって記載されてる」


 今まではロビーの入り口に行くと出発の文字しかなかったのに、難易度選択画面が出ていた。多分だけど公式がこっそり修正したのだろう。


 シシマロと二人でダンジョンに入る。すぐに俺たちはロビーの服装の上から特殊部隊の着るボディーアーマーのようなものを着て、大きなバックパックを背負い、膝に防護パッドがついて、手にはごっついグローブがはめられた。


 このゲームはファンタジーのゲームだが、ちょっとだけ他のゲームと世界観が違う。内容をザックリ言うと、


 

『――現実世界に突然ダンジョンが出現した。中には異世界のモンスターが跋扈する危険地帯。銃火器は使えずに白兵戦を強いられるが、最新の技術によって才能タレントと肉体の能力を引き出す腕時計型装置【ビーストアイズ】が開発された』



 という異世界ファンタジーと近未来を掛け合わせたような世界観なのだ。なので服装も防具も現実に沿ったもの。武器だけがどファンタジーという形態を取っている。


「地下1階から始めるのかぁ。なんか新鮮だなぁ」

「シシマロは地下100階まで行ったんだもんね」

「そ! でもそこのモンスターよりもここのが強い」

「どんだけヤバいんだヘルモード」

「その中にずっといた師匠のほうがヤバいと思うんだけど」

「俺は本当に偶然たまたま生き残っただけ。それに武器が良かったからなぁ……」


 確かにそうかもしれないし、運が良かっただけかもしれない。

 でもシシマロがここの武器一つでも拾ったなら俺なんか簡単に超えるような気がするんだよな。


「そうだシシマロ。武器あげよっか」

「え!? いいの!?」

「レジェンダリースターがついてる双剣があったはず。ほらあった」

「なにコレ……見たこと無い……」


 俺が何となしに拾ってきた中から『天狼双牙 ☆ 攻撃力:50K』というのを見せてみると、シシマロがクラっと目眩のようなものを起こしていた。


「し、師匠。な、なんてものを」

「なんかでっかい狼倒したら拾った」

「こ、攻撃力5万の双剣とかブッ壊れもいいとこだよ! も、もらい……あれ!?」

「あれ?」


 渡そうとしても渡せない。どういうことだろうか。


「も、もしかしてレベル足りない? この私が!?」

「シシマロレベルいくつだっけ」

「50だよ。ノーマルはそれ以上いかないんだ」

「あー」

「師匠?」

「俺、60だ」

「ろくじゅううぅううぅぅ!?!???!?」


 そういや色々と調べててあったっけ。このゲームはレベルキャップがある。多分ヘルモードだとその制限が無くなって天井になるんだと思う。


「譲渡ボタン押しても[レベル差が大きすぎて渡せません]って出るね。そりゃそうか。シシマロが初心者に魔双剣グラム渡すようなモン……シシマロどうした?」

「ううん。これでも世界一だと思ってたのにナーって」


 あははー、と乾いた笑い声。シシマロが虚空を見つめて呆然と突っ立っていた。


 まあそりゃそうか。名実ともにトッププレイヤーで比類なきって言われてたのに、ヘルモードだと初心者からやり直し。ショックを受けないほうが変というものだ。それだけ彼女にはプライドがあるということの裏返しなのかも。


「げ、元気出しなよ。一緒にレベル上げしよう?」

「ウン。ソースル」

「シシマロ〜戻ってこい〜」


 今度は俺が肩を抱いてゆする。シシマロはハッと我にかえって頬をペシペシ叩いていた。


 そこからはしばらく異界化した地下鉄跡を歩いていく。どうやらヘルモードはフィールドで採取できる素材もエゲツないようで、シシマロが再び目まいを起こしていた。俺も採取して撮影ビットに見せつけるたびにコメントがドッと湧いていく。


「ノーマルってお試しみたいなものだったんだね……最後はけっこうキッツイ感じだったのに」

「かもね。そのうちレジェンダリースターが五つ並んでるものとかも出てくるかも」

「そんなの手に入れたら配信しなくても億万長者になりそう」

「?」

「いやいや師匠。レジェンダリースターのついた武器なんて売ったら、それこそリアルマネーで凄いことになるよ?」


 このゲームはリアルマネートレード、つまり現実のお金に換金することも競売にかけることもできる。当然そこには公式のシステムが介入する。ワールドロビーである「シティ」の競売場に行かなければならない。武器がこうしてレベル差で制限されているのは個人での売買を制限するためにあるとか。


 逆にいうと競売でしっかりと競り落とすことができれば、競売所のお墨付きがもらえてレベル1でもレジェンダリー装備を所持することができる。上手く金が回るようにできているなとは思う。頭いいなぁ。


 ただそういう購入装備に批判もあるし、「何本気になってんの?」みたいな空気もある。まあ、お金を払う人たちはそういうの気にしないだろうけどさ。


「例えばさっき貰おうとした双剣。競売にかけたら百万円スタートだと思うよ」

「ひゃくまんいぇん!? こここんなのいいいっぱい持ってるよ!?」

「え゛!? いいいっぱい持ってるの!?」


 急いで二人で確認する。このゲームのいいところはパーティーを組んで承諾すると各々の持ち物や倉庫を確認することができる。


 倉庫送りにした⭐︎1の武器を見て、シシマロがついにその場にバターンと倒れた。俺も釣られて倒れた。この黄色のタグを数えただけでとんでもないお金になるのはすぐにわかった。


「師匠……宝くじ当たったみたいになってる……」

「いやでも皆ここに来れたら値崩れ起こすんじゃあ無いかな」

「そうかもだけど……今の時点では金塊持ってるのと一緒だよ師匠……それにここ簡単には来れないし……」


[ハルトくん結婚しょ]


「あ」

「?」

「社長からチャットでラブコール来てる」

「流石は汚い大人! 師匠帰ったら気をつけて!」


 ふと横を見るとシシマロと目が合う。何だか急におかしくなって、二人でゲラゲラと笑ってしまった。


 何だか冒険という雰囲気ではなかったので一旦配信を止めることになったけど、その時の同接数が40万人を超えていた。




―――――――――兎―――――――――

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―――――――――兎―――――――――

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