第05話 ダブル土下寝スカウト
推しの土下座なんて見たくなかった。
ただ獅子崎マロンはもう土下座を通り越して土下寝に移行している。グスグス言ってるのは多分泣いてるんだろう。
「この度は誠に申し訳ございませえええん!」
その横に最初から土下寝スタイルで滑り込んできたのはスーツ姿の女性。ふわっふわのロングヘアがわかめみたいになってる。
「あの、顔上げてください。何がなんだか」
「この度は弊社『ダンジョンフレンズ』の大馬鹿もとい獅子崎マロンが、あろうことか配信を切らず名前を聞いてしまい! あまつさえ我々スタッフも配慮を掛ける始末! ま、誠に申し訳ありません!」
シュバッと正座になったスーツ姿の女性。一言で言えばめっちゃ美人だった。仕事のできる人ってのが顔でわかるくらい。
「申し遅れました。私はこの『ダンジョンフレンズ』の取締役をしております
「は、はあ。稲葉ハルトです」
「師匠~~~ごめんなさい~~~まさか本名だとは思わなくてぇ~~~」
ズビズビと鼻を鳴らして起き上がるのは獅子崎マロンだった。実際に見るとめっちゃ可愛い。ただ、顔が鼻水と涙でビッチャビチャだった。
「あの、師匠とかやめて。俺はただのプレイヤーだし」
「いえ。ハルト様」
「茜さんも様はよしてください。敬語もけっこうです。あの、それに俺を保護してくれたんですよね? ありがとうございます」
ぶっちゃけ助かったと思う。ハゲさんが匿ってくれなかったらもみくちゃにされたり、メッチャクチャに難癖つけられたんだと思う。最悪、やばいヤツに刺されてたかもだ。
「許してくれるっていうの……完全にウチのミスなのに」
「師匠の日常壊したのに?」
「名前出したのも俺自信だし。その、脇が甘かったなって思いました。バズりって怖いですね」
たった一日だったけど骨身に染みた。
注目されるその怖さが。
彼女たちみたいに商売に転換できるならまだしも、発信も何もしてない俺みたいな人には厄災みたいなものだというのがよくわかった。
この世界、すでに通貨も実物から電子に置き換わって、ヘッドギアで架空世界に自分をダイブさせるくらいに技術が発展した。
それに伴ってネットも進化した。文字と写真、動画だけの昔とは違い、仮想空間でやりとりするネット社会になっている。
あまりにもリアルだけれども、作り物というもう一つの世界。その認知の差から来る油断がトラブルを起こす。
よってSNSトラブルは現実的なトラブルとして進化しているから、くれぐれも個人情報の扱いには注意するように……と学校で教わったのにコレだ。
もちろんシシマロの聞き方もどストレート過ぎるのもアレだとは思うけどね。普通「あなたのアカウント教えて?」だよね。仮想空間では。学校ではそう習った。
「なんっていい子なの! このおバカ! 爪の垢煎じて飲ませてもらいなさい!」
「ひーん!」
「……ハルト、くん。本当にごめんなさいね。君はそういうのかもしれないけど、これは私達大人の責任でもあるの。未成年配信者を抱えるウチは特にね」
「そこはもういいですよ」
「ホントにいい子ね。ああもう、問題児ばっか抱えてると君みたいなのが眩しいわぁ」
「ねえ社長。本題に移ったほうがいいんじゃ」
「ハッ。そうだった」
コホン、と咳払いする茜さん。背筋をぴーんと伸ばしている。俺も思わず姿勢を正してしまう。
「今日ここにお呼びしたのは他でもないの。ハルト君。君を『ダンジョンフレンズ』にスカウトしたい」
「はい?」
「君は配信者として獅子崎マロンとあの『インビシブルフロンティア』を攻略していくのよ」
なんとなしには予想はしていたけど驚いた。まさか本当にスカウトされるとは。
「ちょ、ちょっと待って! 何がなんだか!」
「君は世界で一番プレイ人口のいる『インビシブルフロンティア』の誰よりも強い。それだけで価値があるの」
「はぁ」
「師匠」
もじもじとするシシマロ。めっちゃ可愛い。顔がにやけそうになるのを堪えるのが大変だった。
「あのね? 私がいうのもなんだけど、このゲームでトップを走るとすごいお金が発生するの」
「お金?」
「このおバカでも世界一、いや元世界一だったんだけど。この子が稼ぐスパチャの金額知ってる?」
「いや……何百万とか?」
「億よ」
「はい?」
たぶん凄い目をしてたんだと思う。シシマロはえへへと恥ずかしそうに頬をかいていた。
「みんなが投げ銭するだけでそれなの。そこにPVPの大会のファイトマネーとか、テレビCMとか加わるともう凄いことになってるのよ」
「想像できないですけど、なんとなくこの部屋見てわかりました」
シシマロを筆頭に有名な配信者を抱える『ダンジョンフレンズ』だ。その人数だけお金が動いていると思うともうビッグビジネスということなのだろう。
そりゃ、傭兵崩れの気のいいハゲさんとかを雇えるはずだ。多分弁護士とか税理士会計士もバッチリ揃えて、スタッフもめっちゃいるんだろう。
「で、君もその素質があるのよ」
「またまた」
「世界で一番最初にマロンが入ったヘルモードに、君はずーっといた。レジェンダリー装備を身に固めて、あろうことか産廃
「ついでにいうと、師匠は社長がキュンキュンするくらいメカクレ……」
とシシマロが言うと、「余計な事言うな」と茜さんがシシマロの頬を引っ張る。なんだこのひとたち。可愛いな。億稼いでるとは到底思えないぞ……。
「というわけで。君は時の人。君の争奪にいろんなところが動いた。私たちがたまたま早かっただけ」
「う、ぜんぜん、理解が追いつかない」
「ちなみにご家族の了解取ってます。妹さんの理解が早くて助かった。お父様もお母様もビックリしてた」
ぴらーっと出してきたのは契約書のようなもの。お父さんとお母さんついでにナナの印鑑までビシッと突かれていた。あとは俺のところだけになっていた。聞いてないが??
「安心して。そりゃもう生活から何から何まで面倒見るし、君にもガンガン稼いでもらおうと思ってるから」
「ひえー」
「師匠が混乱してる!」
「マロン!」
「はい!」
混乱していると、ぬっと近寄ってくるシシマロ。俺の手をぎゅっと握って、目をうるませている。
あ、これ知ってる。シシマロが色々ねだる時とか祈る時に使うやつだ。いいドロップ来いとかで画面アップになるやつ。俺の目の前でやるのか。マジか。
「師匠……一緒に仕事してくれない?」
「で、でも俺!」
「大丈夫、配信は師匠なら問題ない。それに生活を壊したのは私だから、罪滅ぼししたいし、師匠を変な人たちから守りたいのは私も社長も同じ」
というと、なんでかしゅんと寂しそうになるシシマロ。なんか闇抱えてるなこの子。さっきから「生活を壊した」にやけに固執しているような?
「……これはずるい言い方だけど。ビジネスの観点から言うとチャンスだし、助け舟だと思うわよハルト君」
「チャンス?」
「大きなバズりとか、例えば宝くじがあたったとか。大きなものをポンと手渡されて慣れてない人間はまず間違いなく破滅を迎えるのよ」
「破滅――」
というと、今度は茜さんまで寂しそうな顔をする。演技なのかそうでないのかわからないけど……。
「君がここで帰っても私達は何も言えない。けどね、大人ってものすごいズルいから。君から美味いところを吸うだけ吸ってポイってする人も多い。というか、ほとんどそう」
「茜さんたちは違うんですか?」
「……正直に言えばそっち側の人間」
「ダメじゃないですか!」
「ただ、そこのマロンを見て判断してくれればいいかな。私が何言っても詭弁に聞こえるだろうから」
「シシマロを……」
「私個人としては、ウチのミスで人生を壊すような事をしたから、ウチでしっかり守ってあげたい。ケジメとしてね。本心よ」
うーんどうすればいいのやら。茜さんの言ってることはわかる。俺をダシにしようとする連中はいっぱいいるんだろう。学校でさえそうだった。大人が絡んできたらもっとだ。
まさか知らず知らずヘルモードにいて、伝説級の武器防具を拾って遊んでたらこうなっていたとは。バズった挙げ句に芸能人ばりに人に追いかけ回されるだなんて。
しばらく考えたけど何も出てこなかった。
だって俺ただの高校2年生、健全な男子生徒だよ?
下手な考え休むに似たりって現代文の時間で習った。
なので、快か不快で考えた。
ここで断ってまた変なのに追いかけ回されたり詐欺られたりするか。
それともシシマロと一緒に仕事するか。いいように扱われても、推しの近くにいることができる。
選ぶまでもないね。
「わ、わかりました。や、やります!」
―――――――――兎―――――――――
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―――――――――兎―――――――――
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