第04話 身バレはもう仕方ないとして拉致は聞いていない

 次の日、妹のナナにたたき起こされた。何でも俺のSNSアカウントがとんでもないことになってるらしい。


 何も呟いていないのに……思ったけれど、思い当たる節はある。昨日の出会いだ。多分、ハルトってのでアカウントが見つかったんだろう。


 プロフィールにも「インビシブルフロンティア始めました、【ラビット】で頑張ります」なんて書いたから余計だ。


 ちらっと見て、腰を抜かした。


 フォロワーが10人から30万人になっていた。


 えらいこっちゃとナナと阿波踊りみたいな感じでドッスンドッスンやっていたら、一階のお母さんに「うるさい!」と叱られた。ごめんなさい。


 まあでも所詮はネット世界のアカウントだけだ。俺は他に何もやっていないし、友達と遊びに来ましたウェーイとか、写真あげまくったりとか、顔出しして変な踊りを踊るとかもしていない。


 学校に戻ればまた陰キャ生活がそのまま――



「お前、ランカーだったのかよ。シシマロを助けるくらいの」



 ダメでした。


 登校してクラスに入ったその瞬間、皆から奇異の目で見られた。これ完全にバレてますね。


 フルダイブ型のゲームはこの顔をそのままトレースする。いつも人目が怖くて前髪を垂らしてるのが災いして、名前と一緒に完璧に特定された。


 で、昼休みになって皆からこう言われたから、ランカーじゃないけどシシマロとは会ったといったらもうそこからお祭り騒ぎになった。


「今度パーティー組んで!」

「ヘルモード連れてってくれ!」

「てかシシマロと合わせてくれ!」

「師匠!」

「師匠フレンドコードくれ!」


 あだ名が師匠になったのはもう仕方ないと思った。シシマロがそう言ったのだから仕方ない。


 クラスメートから見せられたのはあの動画配信のコメントと、おびただしい数のネット記事だった。『インビシブルフロンティア』はフルダイブ型のアクションMMOの中でも際立ってヒットした作品だからだろうか、そりゃもういろんな書き方をされた。



『前人未到のヘルモードで先客がいた!?』


 

『未知のレジェンダリー装備に身を包んだ謎のプレイヤー、産廃と名高い【ラビット】使い!』


 

『運営のミス? いきなりヘルモードに放り出された少年プレイヤー、まさかのトッププレイヤー越える実力!』


 

『公式はエラーについて調査中だが、彼自身はチートではないとだけコメントを出した』


 

『獅子崎マロンが師事!? メカクレのイケメンプレイヤー、黒うさ師匠ことハルトに迫る!』


 

『獅子崎マロンの配信動画、驚異の60万人同時接続。神回として歴史に残る配信に』



 眩暈がした。多分芸能人がスキャンダルを喰らうってこういう気分になるんだろうと思う。どうしてこうなった。


 そのくらい『インビシブルフロンティア』のプレイヤーは多くて、獅子崎マロンの動画は多大な影響力があるということでもあるんだろうな。


 彼女の所属している『ダンジョンフレンズ』というプレイヤー兼配信者グループは獅子崎マロンを筆頭にいろんなところで活躍している。


 テレビもそうだし、コンビニで流れてくる音声CMとかもそうだし、歌を歌うメンバーなんかはオリコンランキングにも乗るくらいだ。


 そのトップ配信者兼、トッププレイヤーである獅子崎マロンに師事された。そりゃまあ、日常がガラッと変わるのも頷ける。


「つ、疲れた。なんか今日めっちゃ疲れた」


 その後のスキマ時間に質問攻め。中にはシシマロを掛けて決闘をしろと叫ぶやつもいた。そいつは無事に生徒指導室に連れて行かれていた。アホだ。


 女子たちは俺の前髪を上げてくれとせがんでくるし、その分だけ男子生徒たちからチクチクした目線が飛んでくる。


 おなかが、いたい。


 一般人がバズりに巻き込まれるとこんな事が起こるのか。有名人たちはこれを意図的に起こしたり、偶発的に起きたら乗っかって商売にする。とんでもないメンタルだ。


 そんな一日が終わり、放課後は逃げるようにして学校を出る。


「待て稲葉ハルト!」

「てめえこの糞ウサギ! シシマロに触れやがって!」

「ハルトおおお貴様ああああああ!」


 案の定何人か追っかけてきたので全力ダッシュ。なんとか巻くことができた。めっちゃ怖かった。心臓がバクバクだ。


 あの世界で逃げまくる生活を続けていたからだろうか、リアルでもケムに巻くのがうまくなったような気がする。無事に自宅のある住宅街に帰ってこれたはこれたが、もうヘトヘトになっていた。


「どうしよう……こんな生活耐えられないぞ……」


 顔がバレたということは家も待ち伏せされているのだろうか。どうしようホントに。家族に迷惑がかかるのはいやだな――


 と。その時だった。


 黒塗りのベンツ。いや、露骨すぎて気づかなかった。側を通ったら突然バンと開いて、中からドカドカと人が出てきた。


「な、なに!?」

「稲葉ハルトくんだね?」


 そう声を掛けてきたのはハゲたムッキムキのおっさん。スーツを着てサングラスをしている。怖くて漏らすところだった。


「来るんだ」

「え!?」

「大丈夫、保護だ。君を獅子崎マロンが呼んでる」

「シシマロが!? アンタら誰なんですか!」

「『ダンジョンフレンズ』の事務所の者だ」


 嘘つけ完全にヤクザだぞ!


 フレンズというか義兄弟とかそんなふうに見えるぞ!


 そう叫ぼうとしたけれど、そう思わせる凄みがある。


「くそ、見つかった。ネット記者や迷惑配信者どもだ!」

「あのカスども待ち伏せしてやがったな!」


 他のおっさんたちがそう騒ぐ。見てみると確かに怪しい連中が自撮り棒片手に走ってきていた。キッモ。


「さあ乗れ! 親御さんには話をしてある!」

「は、はひ!」


 これ典型的な誘拐の手口のような気がするが、なんとなくこのハゲさんにはついていっていいかなと思いベンツに乗り込む。


 ゴーゴーゴー! とハゲさんが叫ぶと黒塗りのベンツは急発進。しばらく走ると安堵のため息が皆から漏れる。俺は尚もションベンを漏らしそうだが。


「怖がらせて悪かったな。キャンディーいるか?」


 ハゲさんがまるで脇下のホルスターから銃を抜くようにして、巨大なペロペロキャンディーを出してきた。白とピンクの縞縞模様の渦巻き型。いやどこに入ってたんだそれ。てかなんだこの昭和のマンガみてーなのは。


「甘いものは緊張を解して思考を鋭くする。戦場でも俺はこれを欠かした事はなかった」


 まさかの傭兵上がり。何だよ一体。何が起こってんだ。とりあえず傭兵くずれハゲさんから巨大なペロペロキャンディーを受け取って包装紙を取る。


「……甘い。意外と美味い」

「だろう」


 ニッと笑うハゲさんがなんか可愛く見えた。よく見るとベンツに乗ってるメンツ、誰も彼もが厳ついが優しそうだ。運転手だけ見えてるところに無数の傷がある。やっぱ怖い。


 しばらく車に揺られてたどり着いたのはデカ~いビル。俺はハゲさんたちに囲まれながら車に降りる。まっすぐにエレベータに乗ってしばらく。たどり着いた階にはデカデカと『ダンジョンフレンズ』の看板があった。


「本当に『ダンジョンフレンズ』の事務所!?」

「さあ、中に獅子崎マロンがいる」


 ハゲさんがうながすままに事務所に入る。扉を開けた先はきれいな赤絨毯の事務所だった。事務所というかなんだろう、スイートルームという方が近い。


「あ! き、来た! 師匠!」


 聞き慣れた声がする。奥のソファーから飛んで来たのは服装こそ普通のワンピースだが、たしかに獅子崎マロンだった。


「シシマロ!?」

「師匠ごめんなさああああああい!」


 ズザーッと。

 それはそれは見事なスライディング土下座だった。




―――――――――兎―――――――――

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―――――――――兎―――――――――

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