第17話 五色の魔女

 カラドリウスが整備を受けている間、シミュレーションで飛甲機同士の戦闘の練習をさせてもらえることになった。

 マップ上に敵の飛甲機が浮遊している。その頭にあるフラッグを奪い取るか壊せば勝ち。実際の決闘も同じ方式のようだ。

 ドリィはゲームなら得意だ。ポリゴンで造られた敵を何体も倒し、ステージを進めていく。十面までこなせばクリア。ドリィの腕なら、この程度は楽勝だ。

 しかしスコアの一位にどうしてもなれない。一位はもちろんニキ・ステープルトン。撃墜時の判定、回避行動の評価で決定されるスコアは、ニキがドリィより上手なのを厳然と示していた。

 ドリィは渋い顔で画面のランキングを見つめる。アインは後ろからそれを覗き込む。誰にも文句を言えない結果。だが実際にどうニキを攻略していいのかわからない。このシミュレーションは実力の差を思い知らせるための道具にすぎないのだった。


 しばらくシミュレーションを行ったのち、ドリィとアインは部屋に戻り、翌日の試合開始時刻まで待機する。

 用意されたパジャマは味気ない青と黄色のもの。ただ、着替えがあるのはありがたい。窓がないため壁の外の景色は見えないが、腕の端末の時計によるともう夜らしかった。


 ベッドの上に胡坐をかいて枕を抱え、ドリィは少し離れたところに座るアインに言った。

「それにしてもあいつ、私たちを力ずくで従わせることもできたのに……」

 ドリィは枕をアインにぽんと投げる。アインはこともなげに片手で枕を受け止める。

「きっと、何でも実力で手に入れないと気が済まないんじゃないかな。あの自己評価高いタイプは。ドリィを争う相手だと認めてるのもあると思う」

 今度はアインが軽く枕を投げた。ドリィは胸に飛んできたそれをキャッチ。

「カラドリウスに爆弾とか仕込まれてないかな」

 ドリィは枕を投げ返す。今度は気持ち強めに勢いをつけた。

「あのプライドの高いニキが、そんな手段で勝ちたいと思うわけがないよ」

 アインは難なく枕を掴んで、さっきと同じ要領で投げ返した。

 ドリィは飛んできた枕を受け止めて、不安そうにそれをぎゅっと抱いた。

「小細工がなかったとして、勝てるかな……あいつに。だって相当強そうじゃん」

 さっきまで抱いていた枕を、不安を吹き飛ばしたいようにドリィはアインに投げつける。

「勝つ以外に、ここを出る方法があるのかい?」

 アインが枕を抱えるように受け止める。そしてやや腕を振り回すようにして、投げる。

 アインの正確なシュートはドリィの顔面にぶち当たり、「ぎにゃっ」と小さく叫んでドリィは倒れた。

 仰臥したドリィは天井を見つめ、呟く。

「……そうね。勝つことだけ考えるべきだわ。勝てば負けないんだから」

「そうだよ、ドリィ」

 ドリィは倒れたまま掛布団をもぞもぞやる。アインが自分も寝ようと動いた隙を見て、ドリィは目を光らせむんずと枕を掴んだ。


「このまま終わると思ったか! 食らいやがれ!」

 しかしドリィが渾身の勢いで投げた枕も、アインには効かない。サーブのようにはたき返され、ドリィに跳ね返って腹部に直撃。「ぐはっ」と言ったきり、ドリィはのびてしまった。

「もう寝なさい」

 アインは冷徹に告げる。

 ドリィはのびたまま、疲れも手伝って眠りに落ちる。ぐっすりとした睡眠は、夢すら見なかった。


 翌朝、ドリィはパイロットスーツを着なおし、しゅっとファスナーを締める。同時にラバーの締め付けで、気持ちも引き締まる思いがした。

 アインもまたパイロットスーツを着て、ドリィを待っている。

「行こうか、アインちゃん」

「うん」

 ドリィがドアノブに手をかけると、鍵は開いていて、がちゃりと扉は開いた。

 まるで試練の門をくぐるように、二人は部屋の外に出た。


   ・


 ニキはハンガーに収まっている自分の機体を見上げている。

 あの時、決闘という言葉が出たのは自分でも驚いた。ニキは、ドリィに勝たねばならなかった。アインの選んだ人間、その立場をかけた公正なる戦い。

 これまでニキは何でも自分の力で勝ち取ってきた。それゆえ非常に高いプライドを持っている。だからアインに拒絶された時、ドリィという小娘に負けた気分になった。

 自分がこんな娘に負けるはずがない。

 ニキは負けない。それは幼少期からずっと心のうちで反芻した言葉。

 あの二人はそれを思い出させ、ニキの闘争心に火をつけた。


 フリルのついたパイロットスーツを着たニキは、自分の機体に呼び掛ける。

「用意はいい? ウェストウィザード」

 その飛甲機は魔女の帽子のような鶏冠をしており、ローブのような広がるアーマーをフレームの上に纏っている。

 ニキが端末を操作してコクピットを開き、タラップを上がって操縦席に座る。

 この狭いコクピットだけが彼女の居場所だ。

「ニキ・ステープルトン。舞いに行くわ」

 ウェストウィザードは目をぎんっと光らせ、横の壁に立てかけられたステッキを手にする。ステッキの先には五色のストーンが円を描いて嵌まっていた。

 ウェストウィザードはハッチの外に歩いていく。機体の姿は魔女でありながら魔法少女。モラトリアムを逸した、ニキそのものの姿だった。


   ・


 決闘の場は雪原。研究所の近くにある山の頂上、そこは障害物のない広場になっている。逆に言えば弾を避ける掩体は何もない。真っ向からの勝負以外認めないバトルフィールドがそこにあった。

 魔女のようなウェストウィザード、白き鳥カラドリウスが向かい合っている。その頭には小さなフラッグが立っていた。

「互いの機体にタイマーがセットしてある。スピーカーからの合図で戦闘開始よ」

 ニキからの声がカラドリウスのコクピットに届く。操縦席のドリィとアインは、じっとその時を待った。

 両機体は距離を取ってにらみ合い、まるで時間が凍ったかのような緊迫感が漂う。


 時報のように、ポーンと音がする。


 それと同時に、弾かれるように二機は飛び上がって、それぞれの得物を構えた。

 カラドリウスがブレードを相手に突き刺そうとする。ウェストウィザードはステッキの先でそれと鍔ぜりあった。

 ぎゃりぃぃぃぃん、と金属音が響き渡る。鉄も斬り裂くブレードに負けない超合金でステッキはできているらしかった。


「あなた、あの子を独り占めしたいんでしょう!」

 スピーカーからニキの声。それはドリィに向けたものだ。

「なにを……」

「あの子は凄い子よ。ドロシー、あなたがどうやってアインを手に入れたのか知らない。でも、それも今日限り……!」

 ウェストウィザードがステッキを振り、その圧でカラドリウスは弾き飛ばされる。

 ウェストウィザードの持つ杖。その先端にある五つの宝石が煌めいた。

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