第18話 ニキの屈辱
ウェストウィザードのステッキが輝いて、五色の宝石から色とりどりのビームが伸びる。
カラドリウスは縦横無尽に跳びまわり、五色のビームから逃れる。追尾してくるビームに、カラドリウスは腕のバルカンで応戦した。空中で小爆発が起き、ビームは相殺される。
「フィフス・エレメントから逃れるなんて、逃げ足だけは速いのね……」
ニキの声がスピーカーから聞こえる。しかし彼女の声は、獲物を狩るハンターのような余裕のあるそれだった。
「アインちゃん、あれは一体?」
ドリィは本能的に危険を感じ取って言う。
演算結果を先に知っているアインは、神妙な顔でモニターに映る敵機を見ていた。
「属性攻撃……といえばわかりやすいと思う。空気中の元素を再構成して、相手にぶつける技。多様な元素の相互作用で、もし機体にかすりでもしたら、そこから腐食していきそうだ」
げえっ、とドリィは青ざめる。
「決闘とか言っておきながら、殺す気満々じゃない……」
爆発で飛び散った粒子が雪原に散らばったが、その部分だけ真っ黒に変色していた。爆発の残滓でこれならば、一撃受ければどうなるか想像に難くない。一分のミスも許されない、プレッシャーがドリィの肩にのしかかった。
「アインちゃん、あいつを攻略する方法はわかる?」
「待って、今解析してる……」
そうこうしている間にウェストウィザードのステッキは次の攻撃に移る。カラドリウスの上空に飛んだウェストウィザードは、シャワーを浴びせるようにステッキを振り、ビームを展開した。
五色のビームがカラドリウスの周囲に飛んでくる。それらは空中でねじ曲がり、ドームのような包囲網を敷いた。
今のカラドリウスは、まるで鳥籠の中の鳥だ。
壁際からビームが分裂し、迫ってくる。カラドリウスと繋がった神経に感じる怖気。ドリィは反射的にカラドリウスを翻す。しかし反対側からもビームが来て、カラドリウスは一回転したものの、じゅっと焼ける音と共に羽の先を持って行かれた。
「しくじったわ!」
「残った羽でバランスが取れるよう調整する!」
羽の傷痕は焦げ付いたようになり、じわじわとカラドリウスの純白の機体に癌のような黒い斑点が広がっていく。
「粒子が浸食してくる! 羽を切断するしかない!」
アインが叫ぶ。冷静な彼女が声を上げるなど、いよいよもって緊急事態ということか。
「カラドリウスができることは何? 足の下にもビームの網があるわ!」
「勢いのついた高振動ブレードなら、元素の動きを無視して活路を開ける。落下の勢いを利用して、このドームから逃げるんだ」
「了解!」
カラドリウスのバックパックが、がしゅっとパージされる。同時に機体の落下が始まった。下には電撃より恐ろしい網。
カラドリウスはブレードを青く光らせ、バリアーのような床に突き刺す。
ズバッ! と膜が裂ける感触がして、床に亀裂ができ、カラドリウスはビームで作られたドームからまろび出た。
ウェストウィザードは悠々と降りてきて、羽を失ったカラドリウスを見下ろす。カラドリウスのバックパックは、上空のドームの中で消し炭となっていた。
ビームのドームが消えるとともに、ウェストウィザードはもう一度ステッキを振ろうとする。
「これでおしまいよ!」
「だと思うかっ!」
カラドリウスの足裏にもバーニアがある。ドリィはそれを最大限に噴かせて、機体を大きく跳躍させ、上空のウェストウィザードに躍りかかった。
「でぇぇいっ!」
カラドリウスはブレードを投擲。ウェストウィザードのステッキを持つ手に命中し、ステッキがぽろりと取り落とされる。
「しまっ……」
「まだだ!」
カラドリウスは拳を作り、アッパーをかけるようにウェストウィザードを下から殴りつけた。
繊細なマニピュレーターで殴るなど、飛甲機乗りからしたら言語道断。しかしドリィは、そうしたい気持ちを抑えられなかった。思い上がった女に思い知らせたかった。
カラドリウスの指が砕ける。拳が命中したウェストウィザードの顔はへこみ、目のライトが赤く点滅して、首がぎぎぎと鳴る。
「よくも殴ったわね……」
怒りに燃えるニキの声がする。機体と神経が繋がっている彼女は、文字通りドリィに殴られた体だ。それこそ屈辱にまみれているに違いない。
「許さない!」
ウェストウィザードも殴り返そうと拳を作る。が、刹那、カラドリウスがウェストウィザードの襟首をつかむ。
「一緒に落ちましょうよ。どこに落ちたい?」
ドリィがにっと笑う。ウェストウィザードに内蔵されたリパルサーリフトでは、二体の体重を支え切れず、揃って地上に落ちるしかなかった。
どぉん、と二体は雪原に墜落した。雪が水面のように沸き上がり、白い煙のようなもやを周囲に作る。
カラドリウスが素早く起き上がり、ウェストウィザードの頭にあるフラッグにバルカンの銃口を向ける。
もやが晴れた時、勝者と敗者は決していた。
・
ニキは負けない。負けたことがないから。
ニキは負けたくない。負けたら自分の価値を見失うから。
ニキは負けるわけにはいかない。負けたら後がないから。
ニキ・ステープルトンは、倒れたままのウェストウィザードと、その眼前に立つカラドリウスを意識せざるを得なかった。
自分は完璧なはずだ。それがこんなにも簡単に、負けた。
負けた理由は、戦闘におけるドリィの天性のなせるわざ。しかし努力して、何でも自分で手に入れてきたニキがこんなところで。
ニキは目を瞑った。やるならやれ、さっさとしろ。彼女に無念以外の気持ちはなかった。
しかしカラドリウスはバルカンを下げ、掌を差し出してきた。
粉々になった指が痛々しい。ニキを殴った時、ドリィも傷ついたに違いない。ニキのひりひりする頬と、ドリィの折れた指のどちらが痛いだろうか。
ニキが呆気に取られていると、ドリィの敵意のない声がコクピットに届いた。
「あなたと私たちは、確かにこじれた関係だと思う……でも、私たちはきっと上手くやれる。そんな気がする。いい勝負だったわ」
これがドリィの優しさなのだろうか。この弱肉強食の世界で、敵にまで情けを与えるとは。アインが選んだのも頷ける。
ニキは差し伸べられた手を取ろうか迷った。
彼女にもプライドがある。
ウェストウィザードの腕に隠されたバルカンが火を噴く。カラドリウスはガードする余裕もなく、頭部のフラッグを破壊された。
粉々になるフラッグ。カラドリウスは首をかしげ、全身の力が抜けたようにがくりとうなだれた。
「負けた……? うそぉ……」
ドリィの呆けた声がニキにも聞こえてくる。無念の気持ちは、ニキも味わっている。
情けを与えていい気持ちになどさせるものか。
「卑怯者め……」
何とでも言え。これでニキは負けずに済んだ。自分の尊厳を失わずに済んだのだ。
だが、自分で仕掛けた試合に自分で泥を塗った。それは別の屈辱をニキにもたらす。
後は、彼女らの処遇をどうしようか……。ニキは無言で考え込んだ。
・
試合の後。
執務室に二人のメイドが新しく配備された。一人は震えながら、コーヒーの乗った盆を持っている。
「お嬢様、特性のキリマンジャロコーヒーでございます」
「そこに置きなさい」
メイドはカップをデスクにがちゃんと置く。黒い水滴が飛び散った。
「なんで私たち、こんなことしなきゃならないわけ……?」
「あなたたちは一日、私の専属のメイド。決闘の対価がそれ。これでいいじゃない」
メイドは、コスプレしたドリィとアイン。ドリィはいかにも不服と言った顔で、ミニスカのメイド服を着ている。後ろのアインは無表情で、特に何も感じていないようだ。
「あんな手段で勝って、あんたは満足なの?」
「試合は終わってなかったわ。自ら有利な状況を放棄したあなたが悪い」
「ふざけんなよ、このロリババア……」
「お嬢様、でしょ?」
ドリィはぐっと言葉に詰まる。
「えー、お嬢様。午後のコーヒーはブラックにしますか?」
「コーヒー以外で何かやりなさい。今日中にできる雑用はぜんぶこなすこと!」
お嬢様、と言われることにニキは満足している。ふふんといった顔で見てくるニキに、ドリィは睨みで返した。
執務室の掃除をする二人の背中を見つつ、ニキは思う。
この子は未熟。だけど、自分と違ってねじ曲がった方向に行かないかもしれない。
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