第16話 鋼鉄都市の憂欝
ドリィとアインは部外者用の部屋に閉じ込められることとなった。
作業用アンドロイドのアームがドリィを抱え上げ、室内に放り出す。アインは唯々諾々とアンドロイドたちに従った。抵抗しても無駄なのは、現実的な彼女にはわかっているのだろう。アンドロイドたちが去り、ドアは外側からロックされた。
ドリィは身をよじり、痛みが残る身体をベッドの上に上げて寝ころんだ。彼女の顔には、無念の色がにじみ出ている。
窮屈な印象を与える部屋だが、ベッドにトイレ、シャワールーム等生活に必要なものは揃っている。食事は壁のボタンで催促すれば、固形食糧が隣の受け取り口から即座に出てきた。
アインがカロリーブロックやゼリーの乗ったプレートを持ってきても、ドリィは未だにベッドの上でうずくまっていた。食べる気も起きない、という意思表示。アインはベッドの端に座って、無言で自分の食事を始める。
アインは無意味な慰めの言葉を使わない。それが逆効果になるときもあると、彼女は知っているに違いなかった。それがドリィにはありがたい。
ドリィはぽつりと言う。
「……アインちゃん。私たち、どうなっちゃうのかな」
「さぁ? 最初から当てのない旅だったからねぇ」
「他人事みたいね……」
「だからってやめるわけにもいかない。今はこの状況からどう脱出するかだけ考えればいい。少し休めるみたいだし、せっかくだからゆっくりしてこうよ」
アインちゃんはすごいなぁ。
他のフューネスたちみたいに、解剖されるかもしれないのに。
ドリィは寝返りを打った。このベッド、案外寝心地悪くないな、と思った。
・
ニキは興奮を抑えきれないでいる。
人類史上初めての人型フューネス。それは人類の生存競争の相手であるフューネスの分析に一役買うだろう。なぜフューネスが人型を成したのか。フューネスは単なる金属の外殻を持つ野生生物ではないということか。
フューネスに知性があることは、これまでの研究でわかっている。回収した死骸の脳に残っていた脳波パターンに、彼らが高度な思考を持ち活動している名残があった。彼らが実際何を考え行動しているのか知るすべはなかったが、あの人型フューネスがいればすべて解決する。
しかし一方で、あの人型を壊さず手元に置いておければ、とも考える。単純にすぐ殺してしまっては、生態が掴めないというのもある。だがニキの考えはそれだけではなかった。
世界を覆す可能性のあるものと一緒にいることの背徳感、高揚感。ニキはそれを持っておきたい。そうしたものを手中に収めることが、自分のアイデンティティ獲得にもつながる。宝物を独り占めしている気分になる。
あの日、自分を厳しく育ててきた親から勘当を受けたことを思い出す。
天才がゆえに認められなかった。父の持つ大企業を根底から刷新しかねない知能、それが恐れられ、父の跡継ぎにはなれなかった。今までの体制を続けることこそが最善だと信じて疑わない、老いた考えの人間にはニキの先鋭的な思考は合わなかったのだろう。彼らの意志に従わない彼女は手に余るとされ、追放されたのだ。
私はやってやるわ。
単身才能を頼りに、専門機関への技術提供で資産を増やし、ここまでやってきた。非合法な手も迷わず使った。結果、研究所の末端のAIにまで自分の思考パターンを植え付けた、誰も信じない彼女が出来上がった。未知の部分が多いフューネス。それを手掛かりに成り上がってやる。
アインという突如転がり込んできた幸運。光り輝くそれに、ニキは段々と異質な感情を覚えるのを自覚していた。
出会ってすぐの彼女が、自分を変えるかもしれない存在としてニキの心を埋め尽くしていった。
・
翌日。
ドリィとアインは再びニキの部屋に呼ばれた。電磁警棒を持つアンドロイドたちに促され、二人はデスクに座るニキに謁見する。
「さて。私の要求としては、そこの人型フューネスの引き渡し以外にない。ドロシーと言ったかしら。あなたには相応の見返りを与えましょう。シーカーが生きるには十分すぎるほどの金額よ。数年は遊んで暮らしていいくらい。私にとっては大したことない金額だけど」
ドリィはニキをねめつける。
「もし嫌だと言ったら?」
「答える必要がおありかしら」
超然としたニキに、ドリィは反論が思いつかない。
しかしドリィにはどうしても訊きたいことがあった。相手の知性と見た目が合わない。得体のしれない相手に関わり続けるのは心情的に重荷だったからだ。
「女性に年齢を訊くのは野暮だってわかってますけど……あなた、何歳ですか?」
「知りたい? 今年の暦で二十八歳よ」
ドリィは信じられないといった顔をする。ニキはふふんと自慢のツインテを掌で揺らした。
「私が若く可憐なのはアンチエイジングの賜物。この世で最も価値のある存在として、私は君臨している。恥じることなんて何一つないわ」
ドリィは一瞬だけ、目の前の女性が立派だと思ってしまった。
この人はしっかりと自立している。世の中に向かって堂々としている。自分の立ち位置すらわからないドリィとは大違いだ。たとえゴスロリ趣味の二十八歳だろうが、よくできた人物で間違いないのだ。
ニキはアインに向き直り、言った。ドリィに対しては見下すような言葉遣いだったものの、アインへの言葉は優しさを感じさせるものだ。
「アイン、あなたは私の近くに置いておきたい。前に気が昂って言ってしまったけど、結論としてはあなたを解剖しません」
「……フューネスの根源を理解できる」
ニキの顔がぱっと明るくなる。
「ええ、ええ! 私はフューネスの研究につぎ込んでるの! あなたの目的がそれなら、きっと力になれるわ!」
ドリィの表情が切羽詰まったものになる。
アインはしばらく沈思した。
それはドリィにとって永遠とも思える時間。ドリィの心境は絶望的だ。
アインは自分のルーツを知りたくて旅に出た。しかしこの研究所で知ることができるならば、もうドリィは必要ない。
アインに見放されるのだけは嫌だった。
神にすがる気持ちでドリィは、アインが否と言うのを待つしかない。だが、互いのメリットを考えたら、アインがニキに従わない理由がないのだ。
真空に思える空間。アインの発言が、この場を左右する。ドリィとニキは固唾をのんでアインを見守った。
「でも、なんかやだ」
やおらアインは言った。ニキは顔をしかめ、ドリィは信じられないといった顔をする。
アインはドリィの腕を握る。ニキに向けたその目は、拒絶の意志が宿っていた。
「ボクはドリィと一緒に行くって決めた。二人で自分の価値を見つけるって約束した。だから、あなたの要求は吞めないよ」
ドリィは一瞬にして、救われた気持ちになった。
アインのひんやりした手の感触。それすら愛おしい。アインに選ばれた、その事実がドリィへの救済であった。アインが自分を認めてくれたということが、ドリィにとって何より嬉しい。
ニキは震える肩を押さえ、爆発しそうな感情をせき止めている。
「……そう」
ニキはドリィをねめつける。その目は、ゴスロリ少女のような見た目に似つかわしくない怒気をはらんでいた。
「ドロシー。あなたの機体に最高のメンテナンスをしてあげる。明日、私の飛甲機と決闘なさい。もしあなたが私に勝ったなら、あなたたちを解放しましょう。もし私が勝ったなら……」
ニキは自分をなだめるように一呼吸おいて、続ける。
「あなたたちの処遇はすべて私が決める。逆らったなら、鋼鉄都市の頭脳である私があなたたちを処分するわ。この都市すべてがいわば私自身。逃げることはできないのよ」
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