第15話 タイタンの幼女

 城壁の内部は、鋼鉄の工業都市と言っていい様相を呈していた。カラドリウスが進む通路の壁はガラス張りになっていて、隣で行われている作業を見ることができる。

 外から内側にかけて渦を描くように配置された各施設は無駄がなく、外からベルトコンベアで運ばれてきたフューネスを、外殻の剥離から内臓処理まで丁寧に全自動で行っている。余程優秀なAIが乗っているのだろう。作業に使われるロボットアームは、人間の医者以上に的確な動きを短時間でこなしていた。

 そうして分けられた部位はそれぞれ別の場所に送られ、従業員であるアンドロイドたちがせわしなく動き、作業に取り掛かる。カラドリウスを歩行させながら、ドリィはガラス越しのそんな様子に見入っていた。先程送られてきた、画面上に表示されたマップに従って、ドリィは歩いていく。

 しかしながら、廊下ですれ違うのが工業用アンドロイドばかりなのがドリィは気になった。彼らはボックスに足がついたような形で人の姿をしておらず、資材運びなど、ひたすら自分の仕事に打ち込んでいる。カラドリウスに興味を示す素振りもない。

 生きた人間は都市内部にいないようだった。この工場の運営は、もしかしたらすべてアンドロイドによってなされているのかもしれない。ドリィはそこに、人間の心が介入しない冷たさを感じた。工場の主は、他人を全く信用していないのだろうか。


「アインちゃん……ここ、なんか怖いよ」

「……」

 アインはフューネスが解体されていくさまをじっと見ていた。

 摘出された赤い心臓。それはアインの胸にあるものと同じ。この工場のような施設はフューネスの研究機関に間違いなかった。同類が解体されている。そんな場所に入ったアインの心境を思いやると、ドリィは決して明るい気持ちにはなれなかった。


   ・


「オーケー、そこのハンガーに機体を寄せて」

 スピーカーから聞こえてくる声が言う。場所は移り変わり、

 壁際に表示されたガイドビーコンに従って、ドリィはカラドリウスをハンガーに歩ませ、機体を固定させる。

 恐る恐るコクピットハッチを開いて、ドリィたちは促されるまま外に出た。施設内部の空気は驚くほど澄んでいて、埃臭さを感じない。

 ドリィの腕の端末に、この先の地図が現れる。先程声の主から送られてきたものだ。マップ上の赤いアイコンに向かって、二人は回廊を進んでいった。


 突き当りにある扉を開けると、まるで大企業の社長室のような部屋が現れる。天井からシャンデリアが垂れ下がり、温かみのある雰囲気で室内は統一されていた。

 漆塗りのデスクの後ろに背を向けた椅子があった。カールがかったツインテールが椅子の背からはみ出していて、そこに座る人物のものだとわかる。

 大きな回る椅子に座り、その人物は窓の外を見ていた。窓の外は広い作業場で、アンドロイドたちがせわしなく作業しており、ウミグモ型フューネスの倍の大きさのフューネスを解体していた。ロブスター型のフューネスは巨大なハサミを持っており、生前はさぞ強かっただろうと思わせる。殻と内部が分けられ、関節ごとに切断されて細切れになったものは個別に研究室に運ばれていく。


「ここ『タイタン』のAIは作業用から分析用まで全部、私の思考を基に設計してあるの。この施設全体が私そのものだと言っていい。それも全部、私が天才だから成しえたことなのよ」

 くるっと椅子がこちらを向く。


 ゴスロリ衣装の小柄な美少女。ツインテールにした髪と白磁の肌、均整の取れた顔のパーツは、人型アンドロイド以上にお人形のような印象を与える。しかしながら不敵な笑みを浮かべる顔は、あどけない少女のものではない、どこか成熟したものを思わせた。


「私はニキ・ステープルトン。天才少女と呼びなさい」

 やはり子供の声ではない。スピーカー越しに聞いていたものと同じ、大人の女性の声だ。

 ドリィは身構える。得体のしれない相手の考えを伺う必要があった。この施設から生きて出られるとも限らない。


「……あなた、誰です? なんでこんな場所に、研究所なんて造ったんですか?」

「質問するのは私の方じゃなくって? あなたたち二人、名前は?」

 ニキの声はドスが効いている。有無を言わせない圧力を感じた。

 ドリィは苦虫を嚙み潰したような顔になる。が、答えざるを得ない状況だともわかっていた。

「……ドロシー・ドレイク」

「そちらのアンドロイドみたいなお嬢さんは?」

「アイン」

 アインは自ら名乗る。

 ふぅん、と言ってニキはまじまじとアインを見た。その目つきは好奇に満ちている。

 じろじろと嘗め回すように見られていても、アインは動じない。ニキはアインの目を見つめた。アインは無表情でそれに返す。

 しばらくして、ニキは結論を出した。

「あなた、アンドロイドじゃないわね」

 ドリィはその言葉にどきっとしたものの、アインは動揺せずに返事する。

「……どうしてわかったの?」

「虹彩の動き。アンドロイドは精巧なものもあるけど、所詮は機械。プログラミングされたパターンで人間の行動を模しているだけ。でもあなたは違う。その虹彩の微小な動きは、意思のある生き物のそれよ」

 恐るべき観察眼。ドリィは腹の底が震えあがるのを感じる。


「そして、私の推測が正しければ……あなたは人型フューネス。無感情に見えて心があるのは、今まで研究してきた個体に近い雰囲気を感じる。髪質も肌の材質も人間ではない。それなら、荒唐無稽なようでもこの答えしかないわ」

 ニキはぺろりと舌なめずりをした。

「アイン、解剖してみたいわ……。人型フューネスなんて、人類史で初めて遭遇するんじゃないかしら」

 ぷつんと、ドリィのこめかみで何かが切れる音がする。

 ドリィはニキに飛び掛かる。無我夢中だった。

 ニキがぽちっとデスクのボタンを押すと、シャンデリアに似せた放電ユニットから電撃が放たれ、ドリィを直撃する。

 頭頂から爪先までつんざく電撃に、ドリィは一瞬目の前が真っ白になって、床に倒れ込んだ。


「安心なさい。人が死ぬ電圧にはしてないから」

 つかつかとニキは倒れたドリィに歩み寄る。ドリィを見下ろす目は冷たかった。

「あんたにアインちゃんは渡さない!」

 歯を食いしばり、ドリィはニキを睨みつける。

「ドロシーと言ったかしら。あなた、噛みつく犬のようね。口輪でも着けるべきかしら? まぁ、すぐにあなたたちの処遇を決めることはしない。しばらくこの施設にいてもらうわよ」

 ドリィは無念の気持ちを抑えられなかった。

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