第37話 白き日旅立てば不死

『時に、アイン。あなたは、この広い世界で生きていきたいと感じますか? あなたの感じた苦痛はすべて理解しています。それでも、孤独な群衆の中で生きたいと考えますか? 傷つけられてもかまわないのですか?』

「ボクはそれでいい。傷つけられることも、時にボクが誰かを傷つけることもある。でも、それで研磨しあっていくのが人生なんだと思う。誰かの存在なしには、自分を見つめなおすことはできないから。孤独を埋めあうだけが人とのかかわりじゃないから。そうやって善い生き方を探すのが、生きるってことだと思うから」

 アインは白鯨のテレパシーに応える。そして一呼吸置く。

「ボクも辛くなかったなんて言わないよ。でも、巡り巡ってドリィと出会えた。そして自分の生き方を探すことができた。最初はボクも、旅路の果てに生きる意味があると思った。でもそうじゃない。生きるってことは、終わりのない旅。自分のルーツを見つけたって、そこが終わりじゃない。旅はゴールを目指すものじゃないって、わかったから。やがて来る終わりまで続く旅を、景色を楽しみながら歩き続けることが生きるってことだと思う。ボクはもっと、この世界を見ていたいと思った。低い位置で構わない。自分の目で見て、自分の足で歩くことが生きる実感なんだ」

 白鯨はそれを聞いて、ふぅとため息をついた。

 それはどこか、安堵のようにも受け取れた。


『あなたたちは私の庇護を必要としない、自立した生き物なのですね。ちっぽけな身体を持ちながら、必死で世界に抗い、立っている。いえ、ちっぽけだからこそ、他者に寄り添う気持ちは一層強いのでしょう。私と一つにならずとも、あなたたちは立派にやっていける。そんな予感がします』

 白鯨の目は、しっかりとアインを見ていた。

『よき友を見つけましたね、アイン。母として嬉しく思います』

 アインは目をぱちくりさせた。それから頷いた。

 白鯨は羽ばたき、頭を上空に向ける。


『私はこれからまた旅に出ます。二度とあなたたちと会うことはないでしょう。しっかりと自分の羽で飛ぶのですよ。さようなら。愛しき人類よ』

 轟と周囲を圧倒する風圧を残し、白鯨は飛び立った。

 フューネスたちが渦を巻き、それに続いて空に吸い込まれていった。

 白鯨の姿はどんどん遠のき、あの巨体が豆粒のようになって、まもなく見えなくなった。

 白鯨の身体は成層圏を突き抜け、宇宙に出たようだ。そこから先は、ドリィたちの知る所ではなかった。


「なんか、よくわからないけど行っちゃったね……」

 呆然とドリィは呟く。

「ボクたちの在り様こそが、白鯨の求めるものだったんだ。自分の身体で世界に立ち向かう姿勢。それこそが白鯨の目指したものだったから」

 アインはドリィに向き直る。それから目を細め、じとっとドリィを見た。

「それより、ずっとボクら抱き合ってるね」

 言われて初めて抱き合ったままの自分たちに気づき、ドリィは思わず恥ずかしくなった。しかしドリィは笑って、手を離すどころかさらに強くアインを抱きしめた。アインもまた微笑して手に力を込め、ドリィに返した。

「もう少しこのままでいようか」

「そうだね」

 カラドリウスはゆっくりと雲海を下っていく。コルニクスたちも戦闘が終わったのを知り、大型戦闘機の背から降りてカラドリウスの周りに集まっていく。

 やがて雲を抜け、エメラルド色の海が見える。

 灯台が灯りを発し、遠くにいる飛甲機たちを導いた。

 全世界のフューネスが、その日を境に姿を消した。


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