第36話 対話・離別
フューネスの群れと、時折白鯨から発射されるレーザーに対処しながら、コルニクスたちは敵の戦力を引き付けていた。
コルニクスの腕の機銃がフューネスを捉える。機銃の斉射を食らい、フューネスはのけぞった後、破裂して部品を空中にばらまいた。
「ざまあねぇぜ」
苦し紛れにスケアはそう言ったものの、残弾数も残りわずかで、他の軍用機体もエネルギー切れが近いため苦戦を強いられているようだった。
「くそっ、ジリ貧だ!」
スケアは舌打ちする。
「あいつら、ちゃんとやれてるんだろうな……」
離れた位置にいる白鯨を見やって、スケアは独り言ちる。大型戦闘機のものらしい攻撃は一瞬見えた。後は、ドリィに任せるほかはなかった。
突如フューネスの群れが、潮が引くように空中で背を向け引き返していく。雲に次々突っ込んでいき、圧倒的だった大群が見えなくなる。
本体に何かあったのだろうか? スケアは眉をひそめた。
『白鯨に向かっていくようです。我々も追いかけましょう』
灯台からナビゲートしていたキーリからの通信が入る。そうするよりほかはあるまい。
スケアは自律型の機体を伴い、雲に向かった。
やったのか。アインを奪い返したのか。
ドリィの奴、あのクジラに一泡吹かせたんだなとスケアは何故か嬉しくなった。
・
白鯨の心臓となる炉から、ドリィは水面に顔を上げるように脱出し、赤い水からアインを引きずり出す。彼女らの全身から羊水のような液体が滴った。アインは裸ながら、完全に自分の形を取り戻したようだった。
白鯨の身体がぶるぶると振動する。巨躯の表面にいるドリィたちには地震のように感じられた。白鯨が激昂している? ドリィは急いで、片手でアインを引き、片手で泳いでカラドリウスに引き返した。
「アインちゃん、自分で歩ける?」
「大丈夫。手を離しても平気。ボクは一人で立てるから」
その答えにドリィは安堵した。炉の岸辺から上陸し、震える表皮を伝って、コクピットを開けたまま主人を待っているカラドリウスに二人で向かった。
さらに振動が激しくなり、滑り込むように二人はコクピットに入り込む。
今まで白鯨に掴まっていたカラドリウスの手が、ついに引き離されてしまった。
「うおおっ、落ちるぅ!」
落下Gの中、ドリィはコクピットシートに這っていった。アインは壁を蹴り、器用に後部座席に飛び乗った。
ドリィがやっと操縦桿を掴んだ時、カラドリウスは脚のバーニアを起動して空中に浮かんだ。アインの制御が間に合ったようだ。
カラドリウスは白鯨と真正面から睨み合う形になる。白鯨はもはや、怒りを通り越した呆然とした表情でカラドリウスを見ていた。
『なぜです?』
白鯨の声が問いかける。
『あなたたちは私に抱かれていれば幸せだったものを。同一化を救済だとは考えないのですか?』
「なぜ、あなたは救済にこだわるんです?」
ドリィが逆に白鯨に問いかける。白鯨はしばし、沈黙した。
「他の生物に干渉しなくたって、あなたは立派な生き物じゃないですか。それがなぜ、他の生物の生き方を決めようと思ったんですか? そんな風にして、あなたは何がしたいのですか?」
ドリィは続ける。
白鯨は薄く目を閉じ、やおら言った。
『私は……孤高の私であることが正解だと思った。私の目を通して見る世界が、私にとっての世界そのもの。だからこの光景を、低い位置でつまらない争いを繰り返す生き物に見せたいと思った。だって、高いところから見る世界はこんなに美しいのだから』
ドリィは目を潤ませる。
なぜ涙が出たのか、それはわからない。
争うばかりの人々に自分の世界を見せたい、白鯨に少し共感を覚えた。それと同時にこの巨大な生物が哀れだと思った。
もうドリィは、誰かに従うままの人生ではいられない。確かに白鯨に取り込まれれば、生き方を考えずにすむ。だが、それでは生まれてきた意味がないとも思っていた。
「でも、世界は一つじゃない。一人一人の目に映る世界こそが、それぞれが持つ世界観なんです。それを尊重してほしい、私はそう、あなたに思います……」
白鯨は、じっとカラドリウスを見ていた。
その目に敵意はない。かといって、自分に従わせようという考えもないようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます