第34話 リベンジ
『スケア・クロウ。コルニクス出る! てめぇらも続けっ!』
カタパルトからコルニクスが射出される。空中に放りだされると同時にコルニクスは羽を広げ、飛び立った。
軍用飛甲機たちも次々に射出され、羽が展開される。コルニクスの後に列をなしてぴったりとついていた。
「ドロシー・ドレイク、カラドリウス発進します!」
少し時間をおいて、格納庫上部の準備完了ランプが点灯する。それを見てドリィは操縦桿に起動を念じた。
ごおっ、と大型エンジンが唸りを上げる。大型パワードスーツを備えたカラドリウスは、豪速で発進した。そして一直線に白鯨のもとまで飛んでいった。
先行したコルニクス部隊よりも機動性があるため、陽動をスムーズに行うために時間差が必要だったのだ。ドリィの眼前でいくつか小爆発が遠くに見える。既に戦闘は始まっているらしい。
カラドリウスは白鯨に接近する。肉眼でも白い巨体が質量を伴って見える。目指すは心臓部。進路を握っているマリンはカラドリウスを白鯨の『く』の字に折れた胸元に向かわせていた。
白鯨の目がぎょろりとこちらを見る。そしてテレパシーをドリィに送ってきた。
『戻ってきたのですね。ドロシー。しかし、邪魔なものが貼りついているようです。それを取り除いてあげましょう』
白鯨の機械の身体から、ばらばらと剥離するものがある。その一片一片が空中でグネグネと変形して、翅の生えたグソクムシの姿を取った。
「フューネスっ!」
白鯨の皮膚から零れ落ちたフューネスは、宿主の身体に寄生する生物のようでもあった。フューネスは白鯨を護衛するように翅を広げ、周囲を取り巻く。
「今更聞くのもなんだけど、あなたたちと同じフューネスって倒しちゃってもいいのよね?」
ドリィは戦闘機側のマリンに回線で話しかける。
『戦闘型フューネスは人間のような自我がありません。感覚は白鯨と共有していますが、ただ防衛プログラムに従って動いているだけです。機械と同じです』
マリンの淡々とした言い方が、逆にドリィを安堵させた。
フューネスたちは向かってくるカラドリウスに向け、側頭部のガトリングを斉射する。まさに横殴りに吹き抜ける、弾丸のスコールだった。
カラドリウスは高速で回転し、縦横無尽に移動して、巨体ながらも器用に銃弾の雨を潜り抜けていく。大きな翼にかすり傷一つついていない。マリンの操縦能力が卓越したものである証拠だった。
がしゃんと音を立てて、戦闘機の背中にある、大型ミサイルポッドがフューネスの群れに向けられる。
怒涛の勢いでミサイルが発射される。網目状の白い軌跡を描き、ミサイルが空中をぶんぶんと飛び回るフューネスを追尾して、全弾命中する。
どどぉん、と爆発の華が朝焼けの空に無数に開いた。自分だったら頑張って一体倒すのが精々なのに、凄まじい威力にドリィは恐ろしいものを感じた。
フューネスは白鯨の剥離した皮膚から無尽蔵に供給される。胸元に向かうカラドリウスに、さらに大群で襲い掛かってきた。
機体下部に装備された大型ビーム砲が展開される。
発射口でビームが収束し、極太のビームが空間に直線を刻む。
ビームに貫かれたフューネスは次々に誘爆する。空中に未だ刻みつけられた直線に沿って、爆発が次々に巻き起こった。
二度、三度、ビームが発射される。空に乱雑に華を描くように、フューネスの爆発の光が朝焼けを下から照らした。
フューネスの大半を片付け、白鯨の胸元までの道ががら空きになる。
その他の群れは、スケアたちのほうに向かっていった。
「よっしゃあっ! この隙に突っ込むわよ!」
言われなくてもわかっている、と言わんばかりに戦闘機のブースターが轟と吼えた。
白鯨の胸元は、赤いコアになっていた。アインの言っていたフューネスの核と同じものが白鯨にもあるのだ。
ドリィは胸に下げられたキーを手に取った。いよいよこれを使う時が来た。
カラドリウスの行く手に、視界の外からまだフューネスたちが現れる。
ミサイルポッドから航跡を描くミサイルが放たれる。すべて命中し、フューネスは破裂して、機械の残骸を空中に散らせた。
白鯨の巨体が眼前に迫り、ドリィは改めて畏怖を覚えた。胸の炉が煌々と光り、溶鉱炉のようにも見える。
『ミサイルは全弾発射しました。十分な距離までブーストをかけてからパワードスーツとカラドリウスの接続を解除して、白鯨に向けて射出します。後は気合で白鯨に取りついてください』
マリンが無慈悲に告げる。ドリィは耳を疑った。
「そんな無茶な! 私、飛行もろくにできない素人なのに!」
『射出の勢いで白鯨に張り付けると思うので大丈夫です。私はデコイになって注意を引き付けます。その間にちゃちゃっと済ませてください』
がこん、とカラドリウス本体と大型戦闘機が分離する。
「うわっ! 答えも聞かずに!」
ドリィが叫ぶ。
カラドリウスは空中に放り出され、視界を覆う白鯨の身体に近づいていく。
押し出された勢いに任せて、カラドリウスは白鯨の体表を掴んだ。体表から突き出している機械のような部分を掴んで、姿勢を固定する。
カラドリウスから離れた戦闘機は、残ったビーム砲でなおも向かってくるフューネスたちを牽制していた。空間に直線が描かれ、被弾したフューネスが爆散する。
しかし最初に見せたビームより細く、射程も短い。エネルギー切れが近いのだ。
『思ったより早くダメになりそうですね。頑張ってください』
「そんなにあっさり言わないでよ! でも、頑張る……!」
ドリィは勇気を出してコクピットハッチを開け、外に出る。風がびゅうと唸り、ドリィの身体は吹き飛ばされそうになる。
白鯨はなおも打ち震えながら、ぎょろりとカラドリウスを見下ろす。真っ黒な目は明らかに怒りを秘めていた。
『私の庇護を受けていれば楽なものを……それが、私だった者まで離れていく。どういうことなのです』
「いい加減子離れしろよ、あんた!」
ドリィは思わず啖呵を切った。
その声が届いたのか、白鯨は吼えた。
うぉぉぉん、と大気を震わせる声が周囲を圧倒する。音波の圧でカラドリウスはのけぞった。
ドリィの全身を悪寒が走る。人間に備わっている動物的な危機察知能力。ドリィの本能は全力で逃げろと言っていた。しかしドリィは歯を食いしばって、その場に立ち続けていた。
あの白鯨から逃げることはできない。ドリィにも意地がある。友達を奪おうとした相手に、ひいては自分に様々なものを押し付ける世界全体に反抗したい意地が。この場を逃げることは、運命から逃げ出すのと同じだと思った。尻尾を巻いて逃げては、自由は手に入らない。
ドリィは必死の思いで白鯨から突き出した突起に掴まって耐えた。そのまま壁伝いに進み、胸にある炉の近くまで来る。脈打つように光るそれを間近で見ると、まるで溶岩に飛び込むかのようだ。ドリィはキーを取り、炉を覆っている透明の膜に近づける。
膜が開いて、ドリィを内部へと誘う。少し躊躇したが、炉の開いた部分へドリィは滑り込んだ。
どぼん、と音がしたようだった。
炉の内部は赤い海のようだった。どこまでも広がり、まるで現実でない空間のようにすら思える。
そしてドリィは、海の中で羊水に浸かるように漂っている少女を見た。
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