第33話 アームド・エアクラフト

「スケア・クロウさんには陽動を任せます。四機の飛甲機を随伴させますので、フォーメーションを組ませるなり好きに指示してください。彼女たちはその通りに、一糸乱れぬ動きを見せてくれるでしょう」

「実戦に慣れてるあたしがリーダーってか、面白い」

「ただし、相手の攻撃をドリィさんから引き離すのを第一に考えてください。それさえできれば、特にこちらから指示はしません」

「癪に障るが、お安い御用だ」

「そして、ドロシーさん」

 キーリがドリィの目を真っすぐ見つめてきて、ドリィはどきっとした。


「あなたは高速で白鯨に取りつき、心臓部にキーを差し込んでください。その際、飛甲機から降りなくてはなりません。またスケアさんの陽動があるとはいえ、白鯨ほどの規模の敵が一切そちらに攻撃しないとは思えません。攻撃をかいくぐりながら、一瞬でアインを救出してください」

「ちょっと、要求されることが高度すぎないですか?」

「こちらで追加武装を用意します。そもそもあんな巨大なものに立ち向かうのが無謀なのです。あなただけが希望。アインも帰ることを望んでいるのでしょう? であれば、自分が何をすべきか明白なはずです」

 ドリィは生唾を飲み込んだ。そうだ。これは本当に、自分にしかできないことなのだ。自分がやらなかったら、今度こそ本当に人類は、そしてアインは……。


「やります」

 そう言うしかなかった。強いられた結果、言わされた言葉ではない。ドリィは自分こそがやるのだという決意を込めて宣言した。

「私にやらせてください」

 アインの顔が思い出される。無表情で何を考えているのかわからない顔。それでも自分の傍にいてくれる、信頼関係が確かに感じられる相手。二人だから楽しかった。二人だからどんな困難も乗り越えられた。個性を殺し、すべてを同化しようとする白鯨から絶対に取り戻さなくてはならない。

「いい返事です」

 キーリは微笑した。

 オペレーション・バラエーナに向けて、自律型たちが格納庫まで機体のメンテナンスに向かう。彼女たちは疲れ知らずだ。

 灯台にあるゲスト用の寝室でドリィとスケアは眠った。横に二つ並んだベッドで、ドリィはなかなか寝付けなかったが、スケアは寝床に入るなりいびきをかき始めた。その精神は見習いたい、とドリィは思った。


   ・


 明朝。


 夜を超え、空が白み始める。その下から朝焼けが鮮やかに燃えていた。

 コクピットシートに座るドリィに、解放したままのコクピットハッチから、自律型フューネスの一人が顔を覗かせる。


「関節が無事でしたので、同規格の軍用飛甲機のパーツで取り急ぎ代用しました。コルニクスも同様です」

「そう。ありがと」

 ドリィは自分でも驚くほど冷静な心境だった。これから死地に赴くのに、恐怖も戸惑いもない。そんなターンはとっくに過ぎていた。

 彼女の胸には、ペンダントのようにキーが下げられている。パイロットスーツにはポケットがないので、こうするよりほかはなかった。

「機体のチェックは万全よね?」

「当たり前です」

 自律型は淡々と告げ、引っ込む。その金色の瞳がアインと似てるな、とドリィは思った。


 灯台より少し離れた海面に、カタパルトデッキが浮上する。ザバーッと滝のように流れ落ちる海水を背に、入江の洞窟のようなカタパルトハッチが姿を現した。海底に灯台の地下から伸びる通路があり、飛甲機たちはそこを通ってきた。

 内部ではコルニクスと軍用飛甲機がすでにスタンバイしており、その最後尾にドリィの機体、カラドリウスがあった。

 失った手足や羽は軍用のもののスペアパーツで穴埋めしており、白黒のカラーとなっているが、性能は以前と変わらない。腰にブレードも備わっている。しかし特筆すべきは、新たに備え付けられた飛甲機用パワードスーツだった。


 アームド・エアクラフト。武装した飛甲機の名前を体現しているようだった。

 全長三十メートルの大型戦闘機を改修して建造されたそれは、機首にカラドリウスを固定し、巨大な翼のように見える。大型ミサイルポッドとビーム砲を搭載しており、並の戦艦クラスの戦闘力があるとドリィは聞かされていた。

「この灯台だけでも、とんでもない戦力を秘めてるのね……よくコロニー本船に見つからなかったものだわ」

『キーリ様は移民最初期の人物であり、様々な人脈を持っているのです。検閲をかいくぐるなど造作もありません』

 戦闘機側のコクピットに自律型が乗っており、カラドリウスの通信機を通してドリィと会話していた。

「ふーん、ま、難しいことはわからないからいいわ」

 自律型が実質的に航行、ミサイルポッド、ビーム砲を担当している。ドリィは白鯨に接近するまで何もしなくていいというわけだ。自律型の性能はアインと同等か、それ以上ということだろう。


「ところであなたの名前、聞いてなかったわね。そもそも名前、あるの?」

『私たちの名前はキーリ様がつけてくださいました。個体を識別できないと不便ですし。私のことはマリンとお呼びください』

「マリンちゃんね。あなたたちは、どうして白鯨とたもとを分かったの? キーリさんに言われたから?」

『我々は『個』として独立して初めて、『個』であることの素晴らしさを知りました。周囲と影響し合い、自分を形作っていく。それは苦しい時もありますが、同時に尊いものでもあります。白鯨のようにどれだけ自己を肥大させても、一人きりでは孤独ですから』

「そっか、そうだよね」

『私たちの妹を、よろしくお願いします』

「もちろんよ」

 ドリィはコクピットハッチを閉じる。一瞬灰色の壁が視界を覆うが、すぐにモニター映像に切り替わった。ドリィは遠くに見える、白鯨の後姿を見据えた。


 朝焼けをバックにした三百メートルの白鯨は、やはり神々しさと畏れを感じさせる。だがドリィは、その異形にもう惑わされなかった。悠然としていられるのも今のうちだ、とドリィは思うのだった。

 

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