第30話 ドリィ・リグレット

 格納庫になっている灯台の地下には、軍用の飛甲機が並んでいた。その中に交じってコルニクスの姿がある。

 デッキに着くコルニクスの左腕は修復されているようで、アインと同じ顔の少女たちが乗っていた軍用飛甲機のものに差し替えられていた。それ以外は機体に支障はないようだった。そちらのコクピットに伸びている橋にスケアは歩を進める。ドリィもそれに続いた。


 コルニクスのコクピットに相乗りさせられて、ドリィは窮屈な思いをした。一人用の飛甲機に二人が乗り込んでいるのだから、ドリィはスケアが座るシートの傍らで、球状のコクピットの壁に半ばよりかかる形となった。


 見渡す限り緑の海。しかしコルニクスが移動するにつれ、海面に異様なものが見える。

 いまだに黒煙を上げている戦艦。それが一隻や二隻ではない。海面を覆い尽くさんばかりに溢れ出た黒い油。そこに燃え移った炎。先程の戦闘から長い時間が経ったわけでもない。白鯨が起こした惨劇が、まだ鮮明に残っているのだった。


「見ろ。これがあんたの招いた惨状だ」

 スケアが冷徹に言う。ドリィはコルニクスが飛んでいく下を、幾多の命が消えていった現場を見た。おそらく戦艦の中の人々はすべて塩の塊となっているだろう。


「私が招いた……そうだ」

 ドリィは目を見開いていた。あの塩の味。人間だったものを口に含んだえぐみ。まざまざとそれが思い出された。

「あれは悪夢じゃなかったんだ……」

「あんたはオメガ教の子供だ。あたしを雇ったのもオメガ教だ。あんたは何の因果か、白鯨の一部と出会ってしまった。オメガ教はあんたを泳がせて、白鯨の本体が出てきたところで始末しようとした。だが、人知を超えた力を持った奴に勝てるわけがない。みんなやられちまった。今まで穏やかでいたけど、完全にイッちまった白鯨を止められるものは誰もいない」

 スケアはふうっとため息をついた。

「白鯨は一番近いコロニーに向かってる。そこに着くには、あの速度だと二週間はかかると思う。その時間だけが、あたしらに残された猶予ってわけさ」

 ドリィは打ちのめされていた。これだけの人々が、自分のせいで命を落とした。白鯨と人類との対立を招いたのは自分だ。アインを連れてきたせいでオメガ教と白鯨の戦いが始まった。あの白鯨に、人間が勝てるわけがない。


 しかも、白鯨は自分の愛で人間を取り込むと言っていた。対話による説得をするとして、その信条をどうやって変えることができようか?

 ドリィの心に、重しがのしかかってくるようだった。

「全部私のせいだ……。ゴミの山からアインちゃんを拾ってこなかったら。アインちゃんを遺跡になんか連れてこなかったら……。私、どうすればいいんだろ……」

 うなだれるドリィを、スケアはじっと見つめていた。ドリィの葛藤を、肯定も否定もしないという風。

「……一旦灯台に帰るぞ。この絵面は、あんたにはショッキング過ぎたな。でも向き合わないといけないもんなんだ。あんたが自覚してなかったらな」

 二人を乗せ、コルニクスは灯台へ引き返す。灯台のふもとに、地下駐車場への入り口のようなものがあった。レーンが浜に伸びている。コルニクスは開いた入り口に入っていく。


 コルニクスは機体を着陸させたレーンに従い、地下にある格納庫のデッキに戻ったが、スケアがコクピットを出ようとした時もドリィはうなだれたままだった。


 償いようがない。自分の身勝手な行動が、あの惨状を生んだ。自分で自分を罰するべきだろうか? 誰に謝ればいい? 何をすればいい? 白鯨を倒せばいい? あんな怪物、倒せるわけがない。なら、一体何をどうすればいいというのだろう? 仮に何かしたところで、さらに悪い方向に転がっていったらどうすればいいんだろう?


 ぐちゃぐちゃの、どろどろの思考がドリィを支配していた。

 自縄自縛になり、ドリィは負のループに陥っていた。

「おーい、いつまでいじけてんだ? さっさと出て来いよ」

 コクピットハッチの外からスケアが覗き込んでくる。ドリィはコクピットの隅で、うずくまるように身を縮こまらせていた。

「出てこねぇと、また痛い目に遭わすぞ? デコピン、痛かったろ」

 しぶしぶドリィはスケアに従った。よろよろと通路を歩くドリィを、ふぅと肩をすくめながらスケアは見た。


 キーリの部屋に戻っても、ドリィは暗い顔のままだった。椅子に座って、がっくりと頭を垂れている。スケアはそんなドリィを見て、やれやれとため息をついた。

「白鯨は直近のコロニーの十キロ圏内にいます。そろそろコロニーの防衛ラインに達する頃合いです。そうなれば、さらに犠牲は増えるでしょう。現代の防衛システムでは、白鯨に太刀打ちなどできませんから」

 キーリはそう言って、重々しく告げた。

「残念ながら、今の人類に白鯨を倒すすべはありません」

 俯いたドリィの表情は絶望と後悔がないまぜになっている。その視線はどこにも向けられていなかった。

「じゃあ、どうすんだよ」

 スケアは腕を組んで、いたって冷静に言う。

「あんたら、軍事会社からひそかにあれだけの装備を買い取ってたんだろ? それは何のためだよ? 戦闘では無類の強さを発揮する人型フューネスだって五体いる。それでも多勢に無勢ってか?」

「武力ではあれを倒せません。決定打にならないのは承知で、我々は攻略のきっかけとして武力を所有しています。今まで白鯨は異次元に隠れており、排除はできませんでした。私自身、できれば白鯨と衝突しない方法を取りたかったのもあります」

「なんじゃそりゃ」

 スケアは吐き捨てるように言った。

「あんた、あのデカいクジラを倒したいのか、それとも崇拝してるのか、どっちだよ」

「その両方です」

 迷いなくキーリは言った。

「私にはあの方への愛があります。愛ゆえに、あの方を止めたいのです」

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