第29話 星の真実
「いきなりこんな場所に連れ込んで、ごめんなさい。わからないことも多いでしょう。何でも聞いて」
そうキーリという人物は言った。
ドリィは半信半疑だったが、おずおずと質問する。よくわからない状況に流されるばかりでは、なにも理解できないと思ったからだ。
「じゃあ……質問します。あのクジラは一体何なんです? たとえ凍星が別の星だからって、地球にあんなものはいなかったと思うんです。あれは人知を超えた何かですよ」
「あれは、異次元からやってきた生命体よ。人間が考える中で、最も神に近しい生物かもしれない」
キーリはまた遠くを見るような眼をした。白鯨を神と呼ぶたびに、そんな顔をする。もしかしたら、彼女は心の底では白鯨を崇拝しているのではないか。なぜ彼女は白鯨に敵対するのか。
「かつて凍星が、今のような凍り付いた惑星ではなかった頃。先住民たちの文明は栄え、外宇宙の存在を知るに至った。そんな中で沸き起こったのが、エネルギー問題。彼らの技術では、宇宙旅行に十分なエネルギーを確保することはできなかった。そこで、彼らは自分たちの星を改造して、地下深くの豊潤なエネルギーを効率的に取り出せるようにした。それがマテリアル・システム。でもその代償に地殻変動が起きて、植物相の変化により気候も激変した。寒冷化が進んだ結果、彼らは残された土地をめぐって戦争を始めた。熾烈な戦争の果てに彼らは自ら絶滅の道を歩んだ。そして種を維持できるかどうかギリギリの数に達したとき、『あれ』が現れた……」
キーリは一呼吸置いた。
「彼らにとっては、自分たちを救済してくれる神のように見えたでしょう。本当は栄養効率のいいマテリアルを餌にするために、この次元に来たに過ぎないのに。彼らは今では遺跡となっている建造物を造り、神を出迎えた。神は哀れな種族を救済しようと思った。神は残った人々を慈愛でもって吸収し、散発的に地上に現れるマテリアルを養分としながら、この星に君臨した」
「取り込まれた人間は、どうなったんです?」
「白鯨は、体内で魂を混ぜ合わせ、自分の思考を上書きすることができる。先住民としては生きながらにして死を経験したようなものね。白鯨は、彼らを善き生き物にしたと思っている。生きる意味のない彼らに、自分の価値を与えたと思っている」
ドリィは口元を押さえた。
救済をうたい、捕食する。そんなことが許されてなるものか。
キーリは続けた。
「そうして星が平定されたところに、移民である人類がやってきた」
「それが、あなたたち先遣隊だったわけですね」
「そう」
「それで、オメガ教の妨害に遭って、クジラは身を隠した……」
「本人から聞いたのね」
「はい。その時は何を言ってるのか、よくわからなかったんですけど。その後にアインちゃんが消えて、ショッキングであんまり覚えてないのもあって……」
それを聞いてキーリは目の色を変えた。
「アイン。それが、あなたの連れてきた自律型フューネスですね。本当にいい名前を付けました。あの子とはどういった関係でした?」
「友達でした。一緒にお風呂に入って、一緒にお菓子を食べて、一緒に眠って。その日々は楽しいものでした。もう、戻ってこないと思いますけど」
「そいつはどうかな」
ドリィが落胆した声で言った時、部屋の入り口の向こうから誰かが姿を現した。
ドアの外からゆらりと入ってくる影がある。ぼさぼさの髪。そばかすの浮いた顔。タンクトップを着た、身軽な服装。その恰好は、一瞬カカシを連想させた。一見大人びているが、全体的な雰囲気からドリィとそう変わらない年齢のようだった。
「利用価値がないなら、その人はあんたを助けはしなかったさ」
ドリィは少女に奇妙な既視感を感じていた。どことなく聞き覚えのある声だった。
少女はいきなり距離を詰めてきて、ふぅん、とドリィを見る。顔と顔がやけに近く、ドリィはたじろいでしまう。
少女はドリィにべしっとデコピンを食らわせる。予期せぬ行動に、ドリィは額を押さえた。
「あだっ! いきなり何なのよ!」
「これでちょっとはスッキリした」
額を抑えるドリィに、少女はフンと答えた。
怪訝に思うドリィを察したのか、少女は自分を親指で指す。
「あたしはスケア・クロウ。こうしてあんたと会うのは初めてだったな、ドロシー・ドレイク」
「スケア・クロウ? あなたが……?」
ドリィは驚きを隠せなかった。こいつが、今まで戦ってきた相手。野性味はあるが、鍛え抜かれた身体、整った顔立ちが、彼女の思い描いていたスケア・クロウと合致しなかった。思ったよりスマートな娘なのだ。
「もっとゴリラみたいな厳ついやつだと思ってたけど、意外と田舎娘っぽくて可愛いのね……」
「田舎っぽくて悪かったな……」
スケアはほんの少し照れたようだった。が、すぐに鋭い目つきでドリィを睨む。
「あんたの顔は、依頼してきたお母様から見せられたぜ。癪だけど、こうして間近で見ると綺麗な髪してんな、オイ。本当はその世間慣れしてない、小ぎれいな顔をボコボコにして、おうちに返してやる予定だった。それどころか、あたしのコルニクスをあんなにしやがって……」
不良のような口調で話す少女に、ドリィはどう対処していいかわからなかった。
「でも、あなた、私に斬られて……どうやって助かったの? 海に落ちたはずでしょ?」
「そこに並んでる五つ子だか六つ子だかのかわい子ちゃんたちに助けられたのさ。あんたと一緒だ。白鯨の目覚めに伴って、あたしみたいなのでも戦力にしたいんだと。勝手言っちゃってくれるぜ」
「でも……あなたの目的は、私を連れ帰ることでしょ? それはいいの?」
「ああ。いいさ。あんたのお母様が一方的に契約を破棄してきやがった。報酬もおじゃんだ。あいつらに味方する義理はもうねぇ」
「どういうこと?」
「あのクソババ……あんたのお母様は、あたしを時間稼ぎに利用したってことさ。自分たちの艦隊が島を包囲するまで、あたしとあんたを戦わせた。結局この二か月あたしは無報酬で連中の掌の上で踊らされてたってわけさ。ムカつくぜ」
ドリィは自分をつけ狙ってきた相手に同情した。彼女の言うことが本当なら、徒労を強いられたことになる。なんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「ま、そんなこたぁいいんだ。いや、あたし的には腹立ってるけど。それより、あんたに見せたいもんがある。ついてこい」
スケアはドアの外に姿を消した。ドリィは慌ててそれについて行った。
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