第28話 監視塔、死のあるじ
ドリィは黒い飛甲機に抱えられて連行されていく。どのみちカラドリウスは動かない。正体不明の飛甲機部隊の、なすがままになるよりほかはなかった。
行く先に灯台のようなものが見えた。灯台には明かりが灯っており、こちらを導くように光っている。
白い塔の周りには砂浜があり、黒い飛甲機たちはそこに着陸した。バーニアの風を受け、ぶわっと砂が舞う。
ドリィはひたすら無力感に包まれていた。
何もできなかった。アインを助けるどころか、白鯨に一矢報いることすら。
ボロボロのカラドリウスは静かに砂浜に降ろされる。ドリィはコクピットを開き、よろよろと歩み出た。疲労がすぐに襲ってきて、ハッチから出てすぐの浜に倒れる。目の前に広がる砂はよく見ると突起があり、有孔虫の抜け殻、星砂だった。
黒い飛甲機たちもまたハッチを開ける。中から、パイロットスーツを着た一団が現れる。月明かりに照らされたその姿は、不思議と全員同じ背丈のようだった。
そのうちの一人がドリィに歩み寄り、手を差し伸べる。
紫のロングヘア。知らないはずの人。しかしドリィは、その顔を見て目を見開いた。
それは、アインだった。正しくは、アインと全く同じ顔をした少女。
「あなたを待っていました」
少女は言った。顔はアインと瓜二つなのに、違う声だった。
「待っていた? どういうこと……?」
ドリィは困惑しながらも、少女の手を借りて起き上がる。握った手の感触も、アインにそっくりだった。
「失礼ながらあなたの一部始終は、遺跡の周囲に浮かべたドローンを中継して、こちらの観測塔で見ていました。白鯨に抗う者……、そして、白鯨を倒せるかもしれない者。我々の片割れと行動を共にしていたあなたなら、もしかしたら……」
「待って。あなたたちは誰?」
「私たちは、キーリ様に仕える自立型フューネス。白鯨が暴走したとき、それを止めるために存在する者です」
ドリィは信じられないといった目で、アインに似た少女を見上げた。
「ついてきてください。キーリ様は、ぜひともあなたに会いたいと申しております」
ドリィはわけもわからないまま、少女たちに付き従う。少女たちは一糸乱れぬ動きで、灯台の入り口に向かっていった。
・
白くそびえる灯台の下部には自動ドアが付いている。アインのような少女たちが先に入り、ドリィは戸惑いながらもそれに続いた。内部には螺旋階段があり、すたすたと少女たちは先に行ってしまう。ドリィは見失わないよう、必死で歩調を合わせた。できるだけ階段の下を見ないようにした。
やがて最上階に着く。先頭の少女がドアを開けた。
あまり広い部屋とは言えない。ほぼワンルームマンションのような広さだ。灯台の灯りの真下にある部屋は、白を基調としたシックな印象をもたらしている。最低限の家具と、中央にはテーブル、椅子があった。
窓際で、車いすに座した人物が外を見ていた。灯台の光が、はるか先に浮かんでいる白鯨の影を捉えている。
「キーリ様。白い飛甲機のパイロットをお連れしました」
「入ってきなさい」
車いすの人物を後ろから見ていたドリィは、思わずびくっとしてしまった。その声は若い女のようでも、老婆のようでもあった。
少女たちの後からおそるおそる部屋に入るドリィ。車いすの人物は、くるりと回ってこちらに向き直った。
白髪の女性。その顔立ちは一見若く見えるが、その表情には老成したものを感じる。何歳なのか判別できない。穏やかな表情を浮かべているが、ドリィを見つめる瞳は暗く、底知れないものを感じさせた。
「あなた、名前は?」
女性の得も言われぬ威圧感に、ドリィはしどろもどろになってしまう。
「私はドリィ……いえ、ドロシー・ドレイクです」
「そう。私はキーリ・ヴェーナス。三百年前にこの星に遣わされた先遣隊の、唯一の生き残り。そして語り部よ」
三百年前、そんな年数を、この人はコールドスリープでもして生きていたのだろうか? しかし、確かにそれだけ生きたような重みを感じるのも事実だった。
「私はこの灯台で、延命治療をしながらずっとあの白鯨を見守ってきた。あれが異次元から出てきたときに備えて、独自ルートでコロニーから兵器も買い込んだ。その手伝いは、そこにいる子たちがやってくれたわ。本当は私たちだけで解決するべき問題……でも今は、一人でも戦力が欲しいの。神に刃向かうこともいとわないようなね」
そう言うキーリの目は、どこか遠くを見ているようだった。
白鯨に敵対する勢力なのだろうが、それだけではない憧憬のようなものも思わせる。まるで、大切な人が暴走するのを止めたい、とでも言うような……。
「……私が言うのもなんですが、どうやってあの白鯨の目から逃れてきたんですか?」
「白鯨は私たちに見向きもしなかった。おそらく白鯨は敵意を持たない生物で、目の前の対象を、愛を受け取る者と受け取らない者に二分しているのでしょう。愛を与えたい者は無理やりにでも取り込み、与えるに値しない者は置き去りにする。それがあの生物の本性。私たちは後者ということね。残念だけど」
キーリはごほっとせき込んだ。アインに似た少女たちは急いで、壁際に設置された呼吸マスクを持ってきて、キーリの口に当てる。
「ごめんなさいね。いくら延命しても、内臓系の老化は避けられないの」
ドリィはキーリを見つめるしかなかった。
マスクを渡されたキーリは、すうっと深呼吸する。咳を抑えた手に、若干血がにじんでいるように見えた。
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