第27話 ドリィの意地
敵を殲滅し終えた白鯨の目は、空の彼方を見つめていた。
ドリィにはわかる。その視線の先は、ドリィとアインが辿ってきた道。コロニーがある。
白鯨が何を考えているのか、ドリィにはわかってしまった。わかりたくもなかった。慈愛に満ちた目。それが狂気だと今のドリィには理解できる。
『あそこに人間の集落があるのですね。彼らにも同様の祝福を……愚かな人類という身体からの解脱を。善き命への転生を。我が愛を、この星のすべてに届けましょう』
白鯨は巨大な羽を羽ばたかせ、ゆっくりと移動していった。人類の住処がある所へ。
まるで死を与える大天使のような姿だった。
「ダメ……ダメっ!」
ドリィはカラドリウスにブレードを握らせ、ブースターを全開にし、白鯨へと向かっていった。無謀なことだとわかっていた。それでも、指をくわえて見ていることはできなかった。
白鯨はその時になってようやくドリィのことを思い出したようで、こちらに首をもたげてくる。
『あなたもいましたね。そう。あなたも私と一つになりましょう。そうすれば、あなたの言うアインにも会えます。そんなちっぽけな羽で飛ぶこともない。取るに足らない存在の人間から、大いなるものへと生まれ変わるのです』
「そう、私はちっぽけ……だけど、あなたにはなりたくない!」
ドリィは毅然と言い放った。恐怖で操縦桿を持つ手が震える。それでも、言い返さねばならないと思った。
白鯨の目が困惑の色を帯びる。
『私の愛を否定する、ということでしょうか? なぜです?』
「それは、人生は自分で切り開かないと意味がないからよ! 誰かに与えられた意味じゃない、自分で自分の価値を探し出さないと、それは本当の人生と言えないのよ!」
堰を切ったようにドリィの口から言葉が溢れ出す。ドリィが母ガルシアに抱いていた気持ちが、そのまま目の前の白鯨に当てはまるように思えてならなかった。
「強制された生き方なんて、息苦しいだけで何の自由もない! でも、周りの大人たちは勝手に子供をその型に当てはめて、拘束して……。あなたのやってることは、我儘な親のそれと同じよ! アインちゃんを返して! アインちゃんに自由を返してよ!」
言いながらドリィは涙を流していた。勝つ見込みなど、あるはずがない。ここで一巻の終わりかもしれない。アインを連れ戻す方法もわからない。
それでも主張したかった。他人の個性を否定する相手に、どうしても自分の生きざまを言ってやりたかったのだ。
白鯨はやや視線を落とした。大きな目は、あきらめの色を含んでいる。
失望された、らしい。
『……残念です。あなたに手荒なことはしたくなかったのですが。しかし、すぐに気づくはずです。大いなる生を得るのは素晴らしいことだと。人間などというつまらない枠に収まって、意地を張る必要などないのだと』
がしゃんと白鯨のレーザー照射装置がこちらを向く。間髪入れずカラドリウスに十本のレーザーが飛んできた。
ドリィは本能のまま操縦桿を動かした。生きたい、その願いがいつも以上にドリィを駆り立てた。
空中で何度も屈折するレーザーが、ジグザグに飛ぶカラドリウスを追う。カラドリウスはブースター、バーニアを駆使してレーザーが当たる寸前で何度も回避した。
常識を超えた高速戦闘にドリィの脳がフル回転する。
もはや何かを考える余裕すらない。ドリィは反射で動き、ただ回避することのみに専念していた。
右から、左から、上から、下から、レーザーが迫りくる。
カラドリウスは旋回し、宙返りし、縦横無尽に飛び回った。
ドリィは操縦桿に力を込める。
カラドリウスのブースターが轟と唸って、白い機体は天空に昇った。
少し距離を取ったところで、ドリィはバルカンで向かってくるレーザーを狙い撃つ。銃弾の雨が飛び散る。弾とレーザーが衝突し、小爆発を起こして対消滅した。
しかしすべてのレーザーをかいくぐることはできなかった。
カラドリウスの羽にいくつものレーザーが当たる。レーザーが当たった場所から金属が溶け始めた。
カラドリウスは大きくバランスを崩した。ぼろぼろの羽では、飛行することはできない。
ドリィはブースター、バーニアを全開にして、何とか持ちこたえようとする。しかし、そのどちらも反応がなくなった。
度を越えた酷使に、ブースターもバーニアも焼き付いていたのだ。
「そんな……」
もはや打つ手なし。レーザーはさらに、手足を狙ってくる。
右の二の腕が溶解し、ブレードを握った腕が落ちる。
両脚の関節を狙われ、断ち切られた大腿部分は膝下から海に落ちていった。鈍い痛みが手足に走ったが、瞬時に機体とパイロットの神経接続はシャットダウンされた。重大な損傷はパイロットの精神を殺すことになる。セーフティ装置が作動したのだ。
カラドリウス本体もまた真っ逆さまに落ちていく。
レーザー照射装置が、カラドリウスの胸のコクピットに向いた。
ドリィの脳裏に走馬灯のように、悔恨の念が押し寄せてくる。
もう、終わりだ。
白鯨に吸収された後はどうなるのか、わからない。自分の人格が塗りつぶされるなんて、絶対に嫌だった。
自分が自分でない他者になるなんて耐えられなかった。
これは夢だ。悪夢に違いない。
突飛なものがずっと繰り広げられている光景を、ドリィはそうとしか思えなかった。
こんなのは現実のはずがない。この最悪の事態が、まさか自分のせいで起こったなんて。いつ終わるんだろう、この幻覚は。
夢にしては、身体が痛いなぁ……。
また涙があふれ、落下に合わせて粒が上空に舞う。
いよいよレーザーが発射される。ドリィは叫ぶ気にもならなかった。
突如、レーダーに別の反応が現れた。
白鯨の視線が横にずれる。視界の隅から高速で迫りくるものを凝視していた。ドリィは濡れそぼった瞳で、そちらを見た。
カラドリウスの横から迫る機体があった。
ミリタリーヘルメットをかぶったような頭部をした、全身黒色の軍用飛甲機。しかし、正規軍ではないらしく特有の識別信号を発していない。教団の飛甲機だろうか?
謎の飛甲機はカラドリウスを受け止め、その場から離脱する。レーザーが屈折して後を追ったが、そこに援軍が現れた。
同じタイプの黒い飛甲機が三機。手にはレーザーライフルを構えている。一機のレーザーライフルから緑色の光が放たれ、カラドリウスに向かうレーザーと衝突する。
ギャーン! と雷鳴のような音。二つの光が弾け、相殺された。空中を閃光が走った。
白鯨は新たに現れた飛甲機をねめつける。白鯨の視線には、敵意とも言えない何かが込められていた。それまでカラドリウスをターゲットにしていた白鯨は、顔をコロニーのある方角へと戻した。
『あなたたちですか……まぁ、いいでしょう。あなたたちの相手をするのは、すべてが終わった後でも構いません』
白鯨はそう言い残し、再び移動を開始した。悠然と泳ぐその姿には余裕すら感じられる。
黒い飛甲機部隊は深追いしようとせず、編隊を組んでどこかに向かっていく。
ドリィは玉の汗が浮かび、黒髪が貼りつく顔を上げ、助けてくれた誰かを見た。それは軍用の量産型でしかなかったが、一切の通信を送ってこないため、やはり正規軍とは思えなかった。
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