第22話 降臨 -awaken-

 カラドリウスは腰からブレードを引き抜き、来る敵に備える。爆発を引き起こす罠がそこかしこにある。コルニクスの不思議な挙動と合わせて、ドリィはどうすればこの場を潜り抜けられるか、考えを巡らせた。


 間髪入れず、コルニクスのクローが迫る。カラドリウスはのけぞって、直撃を避ける。が、動作が一瞬遅れ胸部を爪がかすめた。その衝撃はドリィに伝わり、肌が引き裂かれるような痛みを彼女にもたらす。

「痛った!」

 鈍い動きのカラドリウスに、勝ち誇ったような笑い声をスケアは上げた。

『動きが素人くせぇぞ! こないだの威勢はどうしたぁ!』

 ドリィは奥歯をぎりっと噛んだ。

 アインがいれば、こんなやつ蹴散らせるのに……。


 カラドリウスはのけぞったまま、片足を軸にして、足に装備されたパイルバンカーを地面に打ち込んだ。もう片方の足のバーニアを噴かす。回し蹴りを相手に食らわせようとした。


 しかし、コルニクスは二度も同じ技を食らわない。

 カラドリウスの足癖の悪さを、スケアはしっかり覚えているようだ。跳ねるように後退してカラドリウスの脚のリーチから離れ、自身も二の腕に備わった機銃を向ける。


 カラドリウスはパイルバンカーを解除し、ブースターを噴かす。機銃の斉射から逃れ、壁沿いに弧を描くように移動していった。


 しかし、機体が見えない何かに触れた感覚があった。しまった、とドリィが思うより先に再び爆発が起こった。


「うああっ!」

 爆風に煽られ、カラドリウスは軌道を崩して地に落ちる。機体が擦れ、床にがりがりと歪な線を刻んだ。


 目に見えない、レーダーにも映らない糸がそこかしこに仕掛けられている。そして爆薬が、その先に設置されている。スケア・クロウは更に誘導するような動きを見せた。自分の都合のいい場所に、カラドリウスを追い込もうというのだ。


 コルニクスは腕の機銃から弾を発射する。カラドリウスの位置とは明後日の方向だ。しかし、機銃が着弾した空間が爆発する。カラドリウスは前面から風圧を食らい、床にあおむけに倒れる。


『さぁて、メインディッシュだぜ。こいつを食らっておねんねしなぁ!』

 コルニクスはクローを振りかざし、串刺しにせんと上空から迫る。


 瞬間、ドリィは考えるのをやめた。そうしようと思ったのではない。直感がドリィを生かす方向に最大限働く。本能の赴くままに動く、思考と行動が直結した野生動物のような感覚にドリィは陥った。


 カラドリウスは翼を畳み、転がって横に移動する。機体のあった位置に爪が突き刺さり、石の床を剥がした。


 この狭い空間では、羽はかえって邪魔になる。羽を畳んだままカラドリウスは戦うことにした。三次元的な戦闘では、空中の糸に引っかかる可能性もある。

『ちょろちょろと小賢しいんだよ!』

 立ち上がってファイティングポーズをとるカラドリウスに、走ってくるコルニクスの爪が唸る。

 見えないワイヤーに囲まれた空間。自分は既に敵の結界の中。その結界を打ち崩す手段とは。肌で感じる感覚に向け、ドリィの全神経が研ぎ澄まされた。


『てめェーには散々コケにされたよなぁ……四の五の言わずにぶっ殺す!』

 コルニクスはカラドリウスのメインカメラを狙って爪を突き出してきた。しかし、ドリィの心中は驚くほど澄み渡っている。


「アインちゃんほど正確には読めないけど……多分、あのへんを避けて飛んできた気がする!」

 苦肉の策でカラドリウスはブレードを投擲した。

 おっと、とコルニクスは攻撃を躊躇した。上体を反らして、ブレードの直撃を避ける。


『けっ、どこ見てやがる! ノーコン!』

 コルニクスがブースターを噴かせてこちらに迫った。素手のカラドリウスは右手でパンチを繰り出したが、コルニクスに片手で受け止められる。そのままがっちりと、カラドリウスの腕は掴まれてしまった。


『このままへし折ってやるぜ!』

 ぎりぎり、と金属がへしゃげる嫌な音がする。コルニクスが腕に力を込め、押しつぶそうとしている。

『痛いか? 痛えよなぁ? 腕の骨が砕ける音を聞きながら絶望していけぇ!』

「ぐぅ……!」

 ドリィの腕に痛みが走る。しかし、ドリィは待つ。カラドリウスの手を離れたブレードが、目標地点に達するのを待ったのだ。


 ブレードは空中を滑るように移動し、コルニクスの後ろにある立方体に突き刺さった。


 その瞬間、いくつもの爆発が周囲で巻き起こった。


 ブレードが空中で掠めていたのは、透明なワイヤーの数々。ワイヤーは断ち切られ、その先の爆薬もまた起動する。爆風がコルニクスの背後で連続して巻き起こり、コルニクスは大きく体勢を崩した。

 爆風に煽られ、コルニクスは立った状態を維持するのにも四苦八苦する。

『くそっ! あたしの軌跡を読んでやがったか!』

 スケアの悔しそうな声。だが、ドリィはその隙を見逃さなかった。


「うおりゃあああああっ!」

 ドリィは叫ぶ。

カラドリウスは背中のブースターを全開にし、コルニクスにぶつかって、直線上にある立方体に押し付けた。

 がごぉん、とコルニクスの背中が立方体と衝突する。コルニクスは板挟みになり、身動きが取れない状況になった。カラドリウスの手の届く距離に、さっき投げたブレードが刺さっている。


『クソガキ、あたしが何度もこんな目に……!』

 カラドリウスは、コルニクスを押し付けたまま立方体に突き刺さっているブレードを引き抜いた。

「これで終わりよ……もう、追って来ないでよね!」

 ブレードがきらりと煌めく。カラドリウスはブレードを振りかざし、コルニクスの頭部を貫こうとした。


 しかし突如、ふわりと立方体が浮かび上がった。立方体の表面にある、青の刻印が明滅している。

 超能力のようなものが働いているとしか思えない出来事だ。立方体は意思を持っているように浮遊している。二機も力場の影響を受け、ブースターを使っていないのに浮き上がった。


「何? また、何が起こってるのっ?」

 突然のことにドリィは理解が追いつかなかった。ブレードを持つ手が、思わず鈍る。

 ブレードの動きが止まったのをスケアは見逃さなかった。コルニクスは相手の胸元に膝蹴りを食らわせる。がぁん、と衝撃。

 コクピットが振動し、パイロットにもその衝撃が伝わる。ドリィは「うあっ」と叫んで、一瞬、操縦桿を持つ手を放してしまった。


 コルニクスは、硬直したカラドリウスを突き飛ばし、一瞬の隙を突いて脱出する。リパルサーリフトを展開して、空中にとどまった。

『何だかわかんねーけど助かったぜ! 形勢逆転だ!』

 コルニクスの爪が、獲物をとらえる直前の鳥類のようになる。カラドリウスは着地するやいなや、上空から迫るコルニクスに対し、ブレードを構えて盾替わりにした。


 コルニクスの攻撃が達しようとした瞬間、光の柱が輝きをさらに増した。その眩しさにドリィもスケアもその場で動きを止めた。


「また何の光っ?」

 ドリィは短く叫ぶ。

『あたしが知るか!』

 スケアが返事。別にあんたに言ったわけじゃないのに、律儀に返事するんだ。とドリィは思った。


 光の柱は巨大になっていき、ついには天井全体をぶち抜いた。先程より大きな爆発音があたりを包み込む。

「やっば……何が起こってるかわからないけど、いがみ合ってる場合じゃなさそうね!」

カラドリウスはコルニクスに背を向け、羽を広げて出口に向かった。奇跡的にバーニアの調整がうまく行き、今度はしっかり飛ぶことができた。


『待ちやがれっ!』

 コルニクスも追随する。瓦礫がどんどん上から降ってきて、機体にぶつかれば生き埋めになる可能性もあった。コルニクスは滑り込むように脱出し、直後に出口は瓦礫で埋まった。


 光の柱は徐々に幅を増し、ついには遺跡全体を飲み込んだ。

離れた位置からカラドリウスとコルニクスは、崩壊してゆくドームを眺めている。光は雲まで届き、何かが降臨する予兆に思えた。


 そして光の中に、三百メートルを超える巨大な影があった。

 ドリィは息をのんで、その何かを見つめた。

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