第21話 アインの異変

 豪雨は段々と勢いがなくなり、後には湿っぽい、晴れた空が広がった。

 どうやら通り雨だったらしい。カラドリウスは海上を飛行しつつ、一直線に島に向かっていった。機体の表面を雨の残滓が流れ落ちていく。


「雨……止んでよかったね」

「そうだね。冷え込みが酷くなるところだった」

 時刻は夕方から夜の間になっていた。あたりは薄暗くなり、海面に夜光虫が光っているのが見える。

「あそこが例の島だよ」

 アインが前方を指す。海上に忽然と、その異様な島は存在していた。


 モアイ像のような建造物がぐるりと島の外縁部を取り囲んでいる。森に覆われた内部に、遺跡群が点々と見える。そしてその中央に、巨大なドーム状の建物が建っていた。どの建造物も古びた様子で、褐色かつ風化した表面を晒している。


 遺跡の上空にはオーロラのカーテンが漂っていた。オーロラは凍星の各所で見られる光景ではあるが、この時ばかりは神秘性を感じずにはいられない。まるで遺跡そのものが発するオーラのようだ。

 カラドリウスは一直線に島に向かっていった。モアイ像の間をすり抜け、森林の間に落ち着けそうな場所を探す。


 やや開けた土地に出た。カラドリウスは着地して、近くの木々を揺らした。カラドリウスのコクピットハッチが開き、後部座席のアインが出てくる。アインは、踏むとパキパキと鳴る凍った草の絨毯の上に降り立った。


「……どうしたの? アインちゃん」

 シートに座ったまま心配して訊くドリィ。アインは聞き耳を立てるようにして、周囲の『音』を探っているようだった。

「フューネスにしかわからない音のパターンがある。ドリィに聞こえないのも無理はないよ」

「……一部の動物が出す、超音波的なもの?」

「そう言えばわかりやすいと思う」

 アインはぴくりと何かに反応した。

 その瞬間、アインの目の色が変わる。


「こっち。飛甲機にはそのまま乗ってて」

 アインが聞き耳をやめて、歩き出す。その歩き方が思ったより速足で、ドリィは置いて行かれそうになった。

「ちょっと、どうしたの? 何か感じたの? アインちゃんっ!」

 ドリィはカラドリウスを操縦し、ハッチを開けたまま、アインを追い越さないようにゆっくりと歩いて行く。何かに憑りつかれた様に歩いていくアインと、それに追いすがるドリィという形になった。


 アインの金色の目は、目の前の景色を見ていないようだ。その瞳孔は見開かれ、半ば正気を失っているように見えた。

 操られているかのように彼女は歩を進める。おそらく、アインにしか見えていないルートがあるのだろう。その一心不乱さに、ドリィは少し怖くなる。

 そして、そのルートの行きつく先に、ドーム状の遺跡があった。


 ギルドベースくらいの広さはあるのではないか。巨大な教会のような建物に、ドリィは圧倒されていた。だが、そんなことに構わず、アインは参拝者用の通路からドーム内に入る。ドリィも慌てて、カラドリウスの歩を進めた。入口は飛甲機が入れるほど高い。


 ドームの内部は、円形になっている壁を神像が囲み、羽の生えた天使らしき壁画がそこかしこにあった。また、薄青く光る立方体が、不規則にあたりに転がっている。飛甲機の中からでも巨大に思える空間は、彼女たちのほかに一切の人気はなかった。


「アインちゃん、ここが……あなたの故郷? それとも別の何かなの? なんかここ……辛気臭いよ」

 フューネスが出現する根源、そう思っていたドリィは、フューネスの気配すらないことに疑問を抱いていた。この遺跡のどこから、奴らは出現するのだろうか。そもそも、この遺跡は誰が、何の目的で造ったのだろうか。

 アインはすたすたと歩いていく。そして、立方体の一つに向かう。立方体は大きさ三メートルほどで、小柄なアインと比べると随分大きく見えた。


 アインが立方体に手をかざすと、立方体表面の刻印の形が変わった。ずずずっ、立方体が見えない力に押されるように動く。それに伴い、周囲の立方体も動き始めた。

 ドームの中心を囲み、立方体が間隔を開けて円状に立ち並ぶ。そして、中心部が段々と輝き始めた。輝きは立ち上り、やがて光の柱となって天井を貫いた。柱の突き刺さった部分から天井が崩落していった。


「光……あれ、電気なの? そうじゃなかったら、何……?」

 ドリィは目の前で起きていることが信じられなかった。まるでSF映画かおとぎ話のような、非現実的なものが繰り広げられているのだ。

 アインはしばらく、立ち上る光の柱を見つめていた。アインの金色の瞳には、負けないくらいの眩しい輝きの筋が映っていた。


 おぉ……ん、おぉ……ん。

 何かの声がする。腹の底に響く声はエコーで響き渡り、その主が何か大きなものであることを示していた。

 その声は、研究所で聴いた声そのものだった。


「何、この声……誰かが呼んでるの?」

 ドリィは背筋がぞくぞくと震えた。あの影を見たときの本能的な震えが戻ってくる。

 この遺跡には、人知を超えたものが潜んでいる。そう、ドリィの全神経が警告を発しているのだ。遺跡全体が唸りを上げるように振動し始める。


 アインはゆらゆらと光の柱に近づいていく。まるで魅入られているようだった。恐る恐る、それに近づいていく。光の柱は、アインを祝福しているような優しい色をしていた。

「ダメッ! アインちゃん、危ないかもしれない!」

 ドリィが制止しようと、カラドリウスで一歩を踏み出す。ここから逃げなければ。


 そこで異変が起こった。


 カラドリウスの脚に、透明なワイヤーが引っかかる。ワイヤーの先に爆薬が仕掛けられており、カラドリウスに近い距離で爆発した。

 ごおっ、と爆風が機体を包む。とっさにドリィはカラドリウスに銘じて、腕でむき出しのコクピットをガードさせた。


「何っ? 何の爆発?」

 ドリィが狼狽えると、離れた立方体の後ろから飛び出す影があった。


 カラスの骨格をフレームにまとわせた機体、コルニクスだ。薄暗い空間でこちらに迫ってくる姿は、死神のように見えた。

『今度こそ逃がさねぇぜ!』

 スケア・クロウの声がスピーカーから聞こえてくる。ドリィは思わず眉間にシワを寄せた。


「また出た! しつっこい女ね! 彼氏とかできなそう!」

『余計なお世話だ、ボゲッ!』

 ちょうど立方体の影にいたため、アインは爆風の影響を受けていないようだ。

 まずアインを回収するため、カラドリウスは移動する。こうしている間にもコルニクスは接近してきていた。


 アインの目の前にある光の柱は、触れるだけで全身が焦げ付きそうなほど強烈な光を放っている。

「アインちゃん、こっちへ!」

 カラドリウスがアインに手を伸ばす。

 アインはその言葉を聞かず、光の柱に触れた。アインを認識したように光が一層輝きを増した。


 アインは徐々に柱にめり込んでいく。ずぶずぶと柱に飲み込まれるようにして、彼女の姿は消え失せた。後には、カラドリウスとコルニクスだけが残された。


「アインちゃーんっ!」

『よそ見してる場合かよっ!』

 ドリィの叫びもむなしく、コルニクスはバーニアを使い小刻みに空間を移動しながら迫ってくる。自分で仕掛けた罠にかからないためだろう。やむなくカラドリウスはコクピットハッチを閉じた。

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