第12話 少女たちと湖

 ドリィは立ち寄ったコロニーで日用品を買い込んだ後、アインの提示したルートをずっと飛行していた。ドリィが我を出さず、自分に従っているのにアインは少し救われた気持ちになる。

 アインは自分の計算に絶対の自信を持っている。狭いが飛甲機が通過できる洞穴を通って、追手がおいそれと近づけないようにしていた。

 かつてゴミのように捨てられていた自分、それを対等な存在として信頼してくれるのは嬉しい。


 コルニクスの接近。アラートが鳴って、ドリィは臨戦態勢を取ろうとする。しかしアインは「大丈夫」と言って、モニター上にポイントを示し、ドリィにバルカンの発射を促す。

 ドリィがその通りに機体を動かすと、カラドリウスの腕から発射された銃弾が洞窟の天井に当たり、落盤して出入り口が塞がった。

 この洞窟は長い。出口で待ち構えるなど不可能だろう。


「どうだ。うちのアインちゃんは、あんたより断然すごいんだぞー!」

 ドリィは見えないスケア・クロウに煽りをかます。アインは心の中でそれを否定した。


(違うよ、ボクの指示通りに、いや、時にそれ以上の機転を見せるドリィがすごいんだ)

 ドリィは彼女自身が考えているよりポテンシャルが高い、そうアインは思っていた。まだ知り合って日がないのに、ここまで自分と息がぴったり合うとは、なかなかに驚きだ。


 今のところ道中でフューネスや厄介な生物に出くわすことはなく、スムーズに機体は目的地に向かっていった。

 カラドリウスの目はライトになっており、前方を明るく照らしている。今は、三本目の地下を通る洞窟を通過して、地上に出る直前だった。


「ちょっと休憩しよう。この先に湖がある」

「賛成ー」

 洞窟の天井からは氷柱、下には石筍が並んでおり、さながら歯の揃った巨大生物の口の中だった。

 ここならたとえあのスケア・クロウが追ってきたとしても、戦闘どころではないだろう。ドリィは機体が障害物にぶつかるすれすれのところを、小刻みに操縦桿を動かし進んでいった。


 やがて壁のそこかしこから光が漏れているのを感じる。機体の正面に、光の溢れる出口があった。しかし、それの大部分は岩に埋められている。岩の間から、光が抜け漏れているのだ。

「左上と右上のあたりをバルカンで壊して」

「りょーかい!」

 ドリィはカラドリウスにバルカンを構えさせ、指定された位置を銃撃する。だだだっ、と銃声が隘路にこだました。

 がらがらと岩が崩れ、飛甲機が通れるほどに出口が広がった。光の奔流が洞窟内に溢れ、まぶしさにドリィは思わず顔を覆う。

 そしてカラドリウスは、さながら檻から放たれた鳥のように飛び出して、再び空中に躍り出るのだった。


 カラドリウスを洞窟から脱出させると、そこはカルデラ湖の上方であった。

 眼下にはまばらな木立と、洞窟と地下水が繋がっているらしい湖がある。雲の晴れ間から差し込む陽光が水面に煌めいて、まるでおとぎ話のお姫様が佇んでいそうな雰囲気があった。

 カラドリウスは一旦カルデラ湖の畔に降下して、膝立ちになり地表に降り立つ。


 がしゅう、とカラドリウスのコクピットを開けて、ドリィは思い切り深呼吸をする。アインはその後ろで針葉樹の青っぽい匂いと、湖の発する清純な空気を感じた。やはり雪山の空気は冷たい。が、比較的植物のあるこの場所は、この星の大部分を占める死の砂漠ではない。


「ぷはぁー、やっと息継ぎできたわ! 洞窟の中って埃っぽい感じがしてさ!」

「だいぶ疲れただろう。ゆっくりしていこうよ」

 解放された様子のドリィを見て、アインは安堵した。その心境も、表情には表れていなかったが。

 彼女は喜怒哀楽がないわけではない。顔に出す必要性を感じていないだけだ。少なくともドリィは自分のことをわかってくれる、そんな信頼がある。

 ドリィは、こうと決めたら実行するだけの行動力がある。その能動性がアインには興味深かったし、ドリィの活発な雰囲気は、傍らで見ているだけでも溌溂としたものを感じる。『好き』か『そうでない』かと訊かれれば、アインは躊躇いなく『好き』と答えるだろう。


 ドリィはコクピットシートから降りて、湖の縁に立った。湖面を覗き込むと、透き通った水が彼女の顔を映す。

 ドリィはしゃがみこみ、脚を湖に浸してみた。パイロットスーツ越しでもひんやりした感触を味わったのか、思わず彼女はくしゃっと笑った。

「ああ、気持ちいい。水浴びしたいわー」

「凍死したいなら試してみる? ボクも少し休ませてもらおうかな」

 次いでアインがコクピットから出る。そうするや否や、アインはパイロットスーツを脱ぎ始めた。湖のそばに脱いだパイロットスーツを置いて、彼女は素っ裸になる。

 陽光の下につるつるのボディと、球体関節があらわになる。フューネスの胴体にアンドロイドの手足をつなぎ合わせており、よく見ると肌の色がそれぞれ違う。ドリィができるだけ良いパーツを選んだとはいえ、アインの胴体の色とは合わせられなかった。


「……あなたはよくそんなに裸になれるわね。フューネスって、寒さを感じないの?」

 ドリィに尋ねられて、アインは返す。

「寒いと思わないわけじゃない。でもそれで死なないだけ」

「やっぱり寒いんじゃない……」

「でも、解放感のほうが好きだから。束縛されていたくないから、こうしてる」

 アインは目を閉じ、深呼吸する。森の大気を胸に取り込み、大きく息を吐く。


 やはり森林浴はいい。心が穏やかになる。アインは、森の発する青い空気を胸に吸い込み、吐いた。呼吸は必ずしも必要ではない。が、言葉を発するための疑似肺を清純な空気が通る、その感覚が心地よかった。

「森林浴ってさ、まぁそれは森林浴じゃないんだけど……何がいいの?」

「そうだね……」

 単に空気感が好き、だけではない。

 アインは抱擁感のあるものに惹かれていたのだった。森林に包まれることは、母の胸に似た安心感がある。

 自分はお母さんを欲しているのだろうか?

 その答えは、自分でもわからない。


 アインは少し沈思して、言った。

「上手く言葉にできないけど、大きなものに抱かれてる感じ。取るに足らないボクでも、大きなものに抱かれてると、ほっとする。そんな気がする」

 ふぅん、とドリィは言った。


「でもせめて、パンツくらいは履こうよ」

「やだ」

 アインは即答する。ドリィは「むー」と眉間にしわを寄せた。

「私が選んであげても履かないじゃん」

「嫌なものは嫌だ」

 その方が解放感がある。彼女にも譲れないポリシーはあるのだ。

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