第11話 厳格な母ガルシア

 スケア・クロウは歯噛みしていた。

 カラドリウスに接近したときに、相手にマーキングをしていた。コルニクスから発射された液体が相手の表面に取りつき、そこに含まれたバクテリア状の生体コンピュータがカラドリウスの位置をこちらの受信機に知らせている。


 しかしながら、相手に接近できる機会が見つからない。カラドリウスは巧妙に山間の隘路を通り、後を追うのは難しかった。

 カラドリウスが移動している付近は入り組んでいて、待ち伏せもできない。相当優秀なAIを積んでいるらしい。もしくは、あの人型フューネスの能力か。

 先程も、後ろから追いつけるはずだった。洞窟に入ったカラドリウスの後姿を目視で確認し、コルニクスを接近させた。

 だが相手は、山中の洞窟に入るや否や、振り向いてバルカンを発射してきたのだ。

 撃たれる、と思ったが、そうではなかった。

 洞窟の上部が突如崩落した。おそらくそれを狙って撃ったのだろう。洞窟の入り口は埋まり、コルニクスはどうすることもできずに、その場でホバリングするしかなかった。

 撒かれた。その事実に耐え切れず、くそっ、とスケアは操縦桿を殴った。


『定時連絡の時間です。何も報告がないところを見ると、戦果は察せますね。なぜ、ここまで経っても、ドリィ……あの子を捕らえられないのです?』

 コルニクスのスピーカーから、きつい口調の女性の声が聞こえる。モニターには、猛禽類のように目の鋭い女性が映っていた。

 スケアの依頼主、ガルシア・ドレイクだ。理不尽な威圧に逆ギレしたくなる気持ちを抑えながら、スケアはあくまで冷静に報告に当たった。


「あたしだって手を抜いてるわけじゃありません。ただ、予想以上にあの娘がやり手で……」

『そんな言い訳は無用です。あなたは十分な戦績があるそうじゃないですか。なんでも、傭兵稼業で高い戦果を上げているカラス一族の一人と……。加えて我が船から持ち出された機体は、所詮式典用の実践向きではないもの。それに、どうしてあなたが負けるのです?』

 ぐっ、とスケアは下唇を噛む。どんなイレギュラーがあっても、自分が素人に逃げられ続けているのは事実なのだ。

『所詮は賊の一族、ということでしょうか。腕が立つという評判だったのですが、フリーのシーカーでは限界があるのですね。公的機関に働きかければドレイクの名に傷がつく、とはいえ一か月も経過してこの有様では……』

 親子揃って、チョーむかつく……。

 娘のドロシーには煮え湯を飲まされたうえに、母親からも悪し様に言われるのにスケアは耐えられなかった。


 ここは、ありのままを話すべきだと思った。それに、言い返したい気持ちも少なからずあった。自分を育てた流浪の民、カラス一族を馬鹿にされては気が済まなかったのだ。

「あんたの娘は、人型フューネスとつるんでいます! 信じられないでしょうけどね、そのフューネスが巧妙にこちらを撒いてくるんですよ! どこの資料にもない、あたしが見つけた新種です!」

 そんなもの嘘だ、と一蹴されるかもしれない。しかしこちらには、正確に報告する義務がある。どうにでもなれ、と半ばスケアは自暴自棄になっていた。

『人型……フューネス?』

 ガルシアの態度が目に見えて変わった。

 その表情に一瞬、鬼気迫るものがよぎった。


『それは本当でしょうね?』

「え、ええ……本当です」

 なぜかこちらが気圧されている。ガルシアは何かを知っているのか?

 急にガルシアは声音を変え、その目は遠くを見つめているようになった。彼女は叫ぶように言った。


『おお、船神様……我らが母、我らが父、我らが育つ大地……。それを冒涜する者が、今まさに現れております……。あの日、理に反するものをすべて消し去ったと思われました。しかし、そうではなかったのです。しかも、あなたを受け継ぐべき我が子が、その禁忌に触れようとしております。なぜ、そのような残酷な運命をあの子に与えられたのでしょうか。よもやあの子が、忌まわしき道に堕ちてしまうのではないでしょうか……。我らが唯一の神よ、今一度あの子にご加護を……』

 得も言われぬ悲壮感と共にお祈りのようなものを始めるガルシアに、スケアは薄気味悪さを感じた。


 依頼主が宗教の元締めだとは聞いていた。しかし、それが今回の件とどう繋がるのだろう? スケアの疑問は尽きなかった。

 ただ、それを直接問いただすことはためらわれた。自分に理解できないあれそれが降りかかってくることは明白だったからだ。自分は依頼された仕事をこなせばいい。

『あなたに、次の指示を与えます』

 祈りを済ませたガルシアは告げる。先程とは打って変わって冷静さを取り戻したらしい。そんなに簡単に態度を変えられる彼女にも、スケアは気持ち悪さを覚えた。


『あの子が本当に人型フューネスと共にいるのであれば、あの場所に向かっているはず……。今からあなたにデータを送ります』

 コルニクスのモニターに、凍星のマップが表示された。未開エリアのある一点が赤く点滅している。

『この地点に達する前に、ドロシーを止めなさい。どんな手段を用いてもかまわない。あの子がフューネスに洗脳されているようであれば、このままにしてはおけないわ』

「これ、ドロシーが行くところですか? 根拠はあるんです?」

『答える必要性は感じられません。あなたはただ、私の指示に従っていればいいのです』

 雇われているとはいえ、こんな言い方はされたくねぇよなぁ、とスケアは内心ぼやいた。


『あなたの言う人型フューネスは必ず破壊しなさい。ドロシーの奪還の次に重要な任務です』

「破壊……ですか。生け捕りにすれば金に……じゃなかった、学術的価値があるように思われるのですが」

『いいえ、破壊です。あのような不穏分子を、この世に存在させたくはないのです。我らが神を冒涜する、汚らわしい……生命体は、抹消しなければなりません』

 おやおや、きな臭くなってきたぞ。スケアの脳内は疑惑でぐるぐると混乱していた。


『あの子の精神を叩き折ってやりなさい。そして、儚い望みなど捨て去って船神様に帰依できるようにするのです。それがあの子のためでもあります。禁忌に手を出したあの子は、今一度わからせなければなりません。二度と船神様の御意思に背くことのないよう……その性根に叩き込むのです』

 おっかねぇ母ちゃんだな、とスケアは思った。

 言っていることの大半はよくわからなかったが、要するにドロシーをぶちのめして首根っこをひっつかんで持って行けばいい、そういうことだろう。


 しかしながら、自分の娘にここまで非情に徹することのできる母親は、今まで見たことがない。自分を厳しく育ててきたカラス一族でもここまではしなかった。

(この親子、いい加減付き合いきれないっつーの……)

 内心うんざりしながら、スケアは形式通りの返答をする。

「了解しました。依頼は必ず果たします」

『よろしくお願いいたしますね』

 それきり、ふつりと通信は途切れた。

 スケアはため息をついた。もしかしたら、とんでもない何かに巻き込まれているのかもしれない。しかし、自分にできること、自分がしなければならないことはわかりきっている。

 今はそれを考えるだけでいい、スケアは自分にそう言い聞かせた。

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