第9話 カラスの骨、コルニクス
「なんなの? 新しい敵っ?」
頭上にはカラスの骨をまとわせた不気味な飛甲機がいる。マテリアルを横取りに来たのだろうか。
ドリィは踵を返し、カラドリウスのタラップに向かう。正直、助かったと思った。アインにすぐ返事をしなくて済むからだ。アインもドリィに続き、タラップを上って後部座席に転がり込んだ。
ドリィはコクピットに座るやいなやモニターを起動させ、カラドリウスのコクピットの壁に周囲の景色を映す。
ハッチを閉じたのもつかの間、敵はすぐそこに迫っていた。
骨のような機体はカラドリウスに衝突する前に羽を広げて勢いを殺した。そのまま対空し、こちらに腕を向ける。
『これは挨拶代わりだ!』
外部スピーカーから女の声。謎の機体の腕からガスのようなものが噴射される。カラドリウスはそれをもろに食らって、もやに包まれた。
「何の攻撃っ?」
しかし、機体データを参照してもカラドリウスのステータスに変化はないようだ。もやはすぐに晴れ、いつもと変わりない光景が広がる。
「何だったのかしら……?」
ドリィが怪訝に思ったのもつかの間、謎の機体は次に武器を構えて向かってくる。
謎の機体の右腕からクローらしきものが飛び出す。まるで鳥獣の爪のようだ。
カラドリウスはとっさにブレードを構えなおすも、クローの一撃は強烈だった。
がぁん、という衝撃。カラドリウスは弾き飛ばされる。
「うわあああああっ!」
ドリィは叫んだ。口から内臓が飛び出すかと思われた。機体が地面を転がる。
ブレードを取り落としそうになりながらも、カラドリウスは柄を握りしめ、必死に耐える。
謎の機体はさらに肉薄してきて、今度はクローでカラドリウスの頭部を狙う。カラドリウスは起き上がりざま膝立ちになり、ブレードで頭を守った。
再び、金属と金属の擦れ合う音。ぎゃりぃぃぃぃんと夥しい火花が両者の間に散った。
『いよぉ! 世間知らずのガキぃ!』
先程と同じくカラドリウスの回線に割り込んでくる声があった。その声はハスキーな少女のものだ。
『あたしはスケア・クロウ! この機体はコルニクス! あんたのお母様から依頼を受けた傭兵だ!』
「お母さんが……?」
散弾銃のように喋り散らす少女に、ドリィは鼻白む。しかし何よりも、ここで母親の名前が出てきたのが予想外すぎた。
『あんたのお母様が言ってたよ! まずその機体をボコボコにして、死なない程度に痛めつけてから家に連れ戻せってさ!』
「そういうこと……!」
ドリィの心境は困惑から一転、めらめらと燃え盛るものを感じた。
ごおっと、二機の周囲を風が渦巻いた。
低気圧が接近している。こんな状況下では揉め事などもってのほかで、その場から逃げ出すべきだった。しかしドリィも、スケアもそうはしない。女の意地が彼女らの中にあった。
「ドリィのお母さんは、家出娘のために傭兵を雇うのかい?」
アインが疑わし気に訊く。ドリィは頷く。
「あの人だったら、やりかねないわ……!」
コルニクスは右腕でカラドリウスのブレードと鍔迫り合っている。カラドリウスのブレードを構える腕に強烈な負荷がかかる。カラドリウスは圧で負けていた。ドリィにとって、相手は相当の手練れだ、と思えた。
どうしようか、と考える余裕もドリィには与えられない。
コルニクスは左腕のクローを展開して、カラドリウスの胴体を狙う。
再び、がつんと衝撃が襲う。カラドリウスは強かに地面に体を打ち付けた。割れたガラスのように、氷河が地面から剥離して飛び散った。
『家出少女はおうちに戻りなぁ!』
次いで、敵は爪で執拗に頭部のメインカメラを狙ってくる。ここをやられたら、視界も主要な回路も機能しなくなる。
「まずい。まだ相手の機体を解析しきれていない。逃げるんだ、ドリィ」
アインが淡々と、しかし急を要する旨の発言をした。
家に連れ戻されたとき、どうなるかが瞬間的にドリィの脳裏を駆け巡った。
鬱屈とした、宗教に支配された世界。母親の冷たいまなざし。一瞬ではあったが、それはドリィに強い拒否感を抱かせた。
(嫌だ、そんなの嫌だ!)
敵の爪が目の前に迫ってくる。
ドリィは反射的に脚のバーニアを噴かし、地表を滑るように移動した。
がつっ、とコルニクスの右の爪が地面に食い込む。
カラドリウスはそのまま地表を移動し、後頭部を岩にぶつけた。衝撃がドリィを襲い、「ぐえっ」という声が彼女の口から漏れた。
一方でコルニクスも動けなくなっている。
『くそっ、動けねぇ!』
地面に深々と食い込んだ爪は、たやすく引き抜けるものではなかった。もがくコルニクスに対し、カラドリウスは体勢を立て直す。
「お返しよっ!」
カラドリウスはブースターを使い、相手に向かってジャンプした。空中で横に一回転し、回し蹴りを相手に食らわせた。
蹴りがコルニクスの胴体に命中し、コルニクスの機体が吹っ飛ぶ。同時に、コルニクスの地面に刺さった爪が折れた。
コルニクスは空中に投げ出され、落下寸前のところで羽を展開し、浮遊する。ダメージがあるのか、機体が振動していてすぐには反撃してこない。
『この野郎っ……!』
回線を通してスケアの呻きが聞こえてくる。
「あんたなんか、サノバビッチよ!」
ドリィは勝ち誇り、鬱憤を吐き出すように言い放った。
「ドリィ、どうする? あいつ、やっちゃう?」
アインが後部から訊いてくる。むっ、とドリィは少し考えた。
飛甲機同士の戦い、それは移民船団内の同士討ち事件で度々起こっていたことだ。しかし、ドリィは人殺しになるなどまっぴらごめんだった。
「……当然、殺すわけにはいかないわ。どうにかして撤退してもらわないと。別に倒す必要なんてないし、撤退を選べるならそうすべきだと思う」
「なら、ボクに提案がある。付近の大気を調べたところ、今から十五分後にトルネードがやってくる。それに紛れてこの場を抜け出すんだ」
ドリィはモニターを確認した。気流の流れが若干不安定になっている程度だ。『凍星』では、散発的な竜巻の発生は珍しくはない。アインはこの程度の情報から、それを察知したというのだろうか?
「ナイスアイデア!」
ドリィは指を鳴らした。細かいことは後で考えればいい。
「それまであいつを足止めしてればいいわけね!」
「そういうこと」
カラドリウスはブレードを構え直し、ブースターを噴かせて、未だ機体を調整しているコルニクスに肉薄した。
「狙うのはコクピットじゃなくて……!」
ドリィは敵の手足を切断しにかかった。機動力を奪うにとどめれば、人殺しはしない。ドリィは渾身の一撃を込める。
高振動ブレードがコルニクスの左腕を狙った。が、コルニクスは翻って回避する。
『うおっ、危ねぇ!』
反撃に戸惑ったのか、スケアの声には動揺が見て取れた。再び距離を取った両者の間には、奇妙な緊迫感が走った。
「外した……!」
せっかくのタイミングをふいにし、ドリィは青ざめた。
『今のでコクピットも狙えたのに、あたしも嘗められたもんだぜ……』
ふつふつとした怒りが、スケアの声音から感じられる。
『無傷で連れ戻す予定だったが気が変わった、病院でお母様とご対面しなぁ!』
コルニクスが羽を広げ、飛び立つ。ある程度の高さに達したとき、コルニクスは足の爪をドリルのようにカラドリウスに向けた。
次の瞬間、コルニクスは急速に降下してきた。それもカラドリウスの手足を狙っていた。
「あれを食らうとまずい、逃げるんだ」
アインの声。
「逃げるのは当たり前よ!」
カラドリウスのバーニアを全開にして、ドリィは一心不乱にその場から退避する。
カラドリウスのすぐ背後に、コルニクスは突撃していた。風圧がカラドリウスの後方からのしかかるように襲ってくる。
あと数歩遅ければ、爪はカラドリウスに命中していただろう。目標を外したものの、コルニクスは二度も爪を地面に刺すような過ちは犯さなかった。
地面すれすれで急速浮上し、また上空に舞い戻る。そして爪をまたカラドリウスに向け、突撃の準備をする。ドリィの目には、コルニクスが軌道上から攻撃してくる衛星兵器のように思われた。
高高度からの急降下。コクピットを狙ってこないと信じたいが、爪の一撃を受ければ、確実にカラドリウスの半身はもがれるだろう。
後部座席ではアインが必死に演算を行っていた。迫りつつあるトルネードからカラドリウスを安全に退避させるためのルートを探っているのだ。
「……カラスの骨が生意気なのよ!」
「ドリィ、バルカンはまだ調整が済んでない!」
ドリィはアインの静止を聞かず、操縦桿をぐいっと引く。カラドリウスは腕を傾け、バルカンを放った。距離が遠いため、照準が合っていない。コルニクスは当然、それを避ける。しかし、その度にコルニクスの攻撃までの間隔が長くなる。それがドリィの狙いだった。
(あと十分……!)
ドリィのこめかみを冷や汗が伝う。正直、コルニクスと接近戦でやり合って勝てる自信はない。二度の衝撃で相手の力量はそれとなくわかっていた。奴の実力は本物。先程クローの攻撃を避けることができたのは、ほぼ偶然と言っていい。
今は時間を稼いで、逃げることが先決だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます