第8話 心臓の輝き
ドリィは喜色を顔に湛えてはしゃぐ。
一人の力ではないにせよ、ついにフューネスを仕留めた。今まで手も足も出なかった、その挽回ができた。
「今でも信じられない! フューネスを倒したなんて、私、アインちゃんとなら何でもできる気がするよ!」
それから、ドリィはアインの顔を覗き込む。
「ねぇ、これからも私たち、コンビでやっていかない? 私たちは無敵、一緒にいれば、どこへでも行ける!」
「そうかな……」
「そうだよ。ね、私と組むって言ってよ。私、あなたが必要なの!」
「……」
アインはしばし考えこむ。
ドリィはなにかの始まりを確信していた。
今まで他人にがんじがらめにされていた自分。その呪縛を解き放ってくれたのは、紛れもなくアインだ。彼女とずっと一緒にいたい。その気持が強かった。
喜びに打ち震えるドリィに対し、アインはいたって冷静沈着だった。爆発した敵の残骸をじっと見つめている。
それから、思い詰めた口調で言った。
「ちょっと、外に出ていいかな。フューネスの残骸に興味があるんだ」
「あぁ、うん……」
アインの声はどこか据わったものを思わせる。その声音に少したじろいだものの、ドリィが手元の計器を操作する。
カラドリウスは跪いて、タラップが地面に降りる。コクピットから二人が出てきて、凍り付いた大地に降り立った。
フューネスの死骸。胸部が大きく裂け、内部に赤い炉のようなものが見える。フューネスの名は、この炉のような心臓部から取られたものだ。
「映像でしか見たことなかったけど、なんかグロいわね……」
ドリィは嫌悪感をあらわにする。炉は斬り裂かれた内臓のような、血の色を晒している。断面から溶岩のような赤い液体が流れ出ていた。
じっ、とアインはフューネスの死骸を見つめる。
やはり金色の目には、感情が籠っているようには見えない。しかしながら、ひたすらフューネスを見つめるアインには、何らかの思惑があるようだった。
「どうしたのアインちゃん、これに興味でもあるの? 持ち帰れば、それなりのお金になりそうだけど……」
ドリィが訊くや否や、おもむろにアインがパイロットスーツを脱ぎだす。ドリィは思わずぎょっとした。
「ちょっと、アインちゃん! こんなところでいきなり脱がないでよ! 森林浴の次は氷河浴でもするつもり? どんだけ変態なの?」
「違うんだ」
スーツを胸のあたりまでずりおろし、アインの素肌が冷たい大気に晒される。白磁の肌は、周囲の積雪に溶け込んでしまいそうな色だった。
そして、アインはいきなり自分の指を胸に突き刺した。
指を突っ込んだ箇所から、血のようなどろりとしたものが噴き出す。
「アインちゃん! 何してるの!」
ドリィは血相を変え、思わず叫んだ。ずぶりと突き立てられた細い指は、アインの肌をめくり、内部を露出させる。
そこには、フューネスと同じ真っ赤な炉があった。
小さいが煌々と燃えている。アンドロイドの機械の心臓とは断じて違う、生命の輝きを放っているようだった。
アインはドリィを見据えて宣言する。
「今、ボクははっきりと自分の正体がわかった。ボクはアンドロイドじゃない。人型フューネスだ」
ドリィは目を見開いた。
横たわっているフューネスの死骸。その心臓と同じものが、アインの胸にある。
人類の敵フューネス、アインはその仲間。
揺るぎようのない事実が、細い少女の胸の中で煌々と灯っていた。
ドリィは固まる。何を話していいのかわからないからだ。
・
「あいつら……何してるんだろ」
カラドリウスのレーダーの外にコルニクスは待機していた。岩陰に身を潜め、様子をうかがっている。
コルニクスのカメラは一キロ先まで鮮明に捉える。カラドリウスから降り立った人物の挙動も丸わかりだった。氷の大地に立った二人の少女が、フューネスの周囲をうろついている。
突如カラドリウスから降りたうちの一人が、パイロットスーツを脱ぎ、胸を露出させる。
あの露出狂のアンドロイドで間違いない。しかし、モニターはその胸の核まで見通していた。
「あれは……」
スケアは驚きを隠せなかった。幼い頃から社会にもまれて育った彼女には、様々な場所で働くアンドロイドへの知識がそれなりにある。しかしあの胸の輝きは、アンドロイドではあり得ない。
にやりとスケアは笑った。
あの胸の光は、フューネスのものと同一で間違いない。スケアが目的を達成した後、アインを回収して売れば大金が手に入るだろう。これまでに前例のない、生きた、しかも人型のフューネスなのだから。目の前の獲物にこぼれる笑みをスケアは隠しきれなかった。
「かーもーがネーギしょってやってきたー♪」
彼女は上機嫌で口ずさむ。
スケアはコルニクスを急発進させた。機体の骨のような翼が広がり、高度を取った後、羽を畳んで落下のエネルギーを利用し、身体を弾丸のように飛ばす。鳥の急速飛行形態と同じだった。
思わぬ獲物を見つけ、機体の目は爛々と光っているようだった。
・
「すごい、本当にフューネスなんだ」
指を離したアインの胸の傷がみるみる治るのを見て、ドリィは呟いた。その修復の様子は、カラドリウスの弾丸を受けたフューネスのものに酷似していた。
アインはパイロットスーツを着なおし、どこか距離を感じさせる声音で言う。
「ボクのことも気持ち悪いと思うかい?」
「えっ……」
ドリィは言葉に窮してしまった。
「それは……」
次の言葉を紡ぐ前に、ドリィの腕の端末がアラートを発する。
敵が襲来した合図だった。
ドリィが空を仰ぐと、カラスの骨のような不気味な機体が迫りつつあった。
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