第7話 対話・覚悟

 敵に一矢報いたと能天気にはしゃぐドリィの後ろで、アインは目を見開いていた。

 地に落とされたフューネスは、はたき落された羽虫のように痙攣した。身体をゆすり、無数の足で体勢を立て直す。そして真っ黒な複眼が、カラドリウスを見据える。

 その目に複雑な感情が秘められているようだ。

 カラドリウスの中のアインに語り掛けるような、そんな視線を感じた。


 次いでフューネスが、鎌を振り上げカラドリウスに飛び掛かってくる。「やばっ」とドリィは回避しようとしたが、一瞬判断が遅れ掴みかかられてしまった。

 ぎしぎしと機体を拘束し、フューネスはカラドリウスの目を覗き込むように顔を近づけてくる。


 そしてフューネスの目とコクピットに座るアインの目が合った瞬間、蛍光色の爆発が目の前で起こったようにアインの脳に情報が流れ込んでくる。フューネスの身体から機体表面に電気が伝い、それが信号となって機体と同調しているアインの神経に情報を伝えているのだ。


 まるでフューネスがアインに語り掛けてきた、ように思われた。


 面と向かった相手の外皮が透明なように思える。敵の胸を透過して見える、赤い球体の心臓。それは脈打ち、アインの胸のそれと同調していた。


 あれは何? そして、ボクの胸のこれは何?


 アインの問いの答えは言葉ではなく、感覚で彼女に伝わってきた。続けて新しいデータが脳に送り込まれてくる。そこには、アインがアインである理由が含まれていた。

 そうか、そういうことだったのか。アインは納得するとともに、深い感慨を覚えた。


 しかしその幻覚も、長くは続かない。

 カラドリウスの右フックがその横っ面を捉え、弾き飛ばしたのだった。

「ざまぁみなさい」

 ドリィは肩で息をしながら、再び立ち上がろうとするフューネスを睨んだ。これでもまだ相手は壊れないようだ。

 フューネスの外骨格はメタルさを取り戻し、先程の短い対話が打ち切られたとアインは悟った。

 だが、これで自分のやるべきことはわかった。アインの目に決意が宿る。ここから先は、きっと険しい道のりになるだろう。それを辿ることにむけた意志だった。


   ・


 フューネスに掴みかかられた時、ドリィは一瞬死を覚悟した。が、次の攻撃に移らない相手を殴ることはできた。

 相手に攻撃の意志が見られなかったのが不思議ではあったが、今のドリィにその理由まで考える余裕はない。

「でも二回続けて真正面に当てたから、それなりに致命傷に……」

「まだだ」

 興奮状態のドリィに対して、アインはいたって冷静に言う。

「『核』を狙わないと倒せない」

「アインちゃん……?」

 ドリィは怪訝な顔をした。アインは、フューネスの何かを知っている?


 しかしそんなドリィの思索をよそに、復活したフューネスは側頭部のガトリングをカラドリウスに向けてきた。

「やばっ!」

 がるるぅ、とガトリングによる銃弾の雨。ドリィは操縦桿を縦横無尽に動かし、目の前の弾幕から離れることを第一に考える。

 アインのサポートもあり、アクロバティックな動きでカラドリウスは間隙を縫っていった。時折カラドリウスは自分も腕のバルカンを発射し、向かってくる弾を打ち落としていく。空に小さな爆発がいくつも煌めいた。

 明らかに機体の動きが軽い。それはドリィに希望をもたらすのだった。


「やれる! 私たち、フューネスを倒せるよ!」

「『核』はフューネスの胸にある。それを破壊しないと、この程度の浅い傷なら奴らは回復するよ」

 アインの言葉通り、フューネスの体表につけられた傷は徐々に修復していった。ナノマシンが傷口を覆い、一瞬でかさぶたができ、次いでガラス片のように剥がれる。次の瞬間に傷は綺麗にふさがっていた。


「うそっ……あいつ、反則すぎでしょ!」

「やるときは一瞬じゃないとダメだ。ブレードを構えて」

 ドリィは言われるまま、高振動ブレードをカラドリウスの腰から抜き放つ。刀身は表面の微細な振動によって青白く光った。

「来るよ!」

 アインの短い叫び。ブレードを構える暇もなくフューネスが鎌を振りかざし、カラドリウスを狙ってくる。とっさにカラドリウスはブレードでガードする。じゃりぃぃぃん、と金属が擦れ合う音。敵と自機の目線が近くなり、その間で火花が散った。


「ええいっ!」

 ドリィはカラドリウスの脚を動かし、敵にキックする。がしゃぁん、と金属を叩きつける音が響き渡る。

 フューネスは数メートル吹っ飛ばされたものの翅を動かし、その場に滞空した。ぶんぶんと羽音を響かせながら、こちらの隙を伺っている。

「アインちゃん……敵の動き、わかる?」

「大丈夫。敵がもう一度接近してきたとき、今度は思い切って下に回り込むんだ。そうすれば敵の腹部が見えるはず。そして胸部を貫くんだ」

 アインがそう告げる。

 ドリィは頷く。ここで自分がやらなければ、目の前の試練は超えられない。ドリィは覚悟を決めた。

「任せて!」


 カラドリウスは剣道のようにブレードを構えた。

 フューネスはその動きに触発されたのか、鎌の切っ先をこちらに向け、突進してきた。

 カラドリウスは空中を滑ってくる敵にのけぞり、一撃を回避する。同時に、敵の無防備な腹部が目の前に来た。

 チャンスは一瞬。これを逃したら、次に来る保証はない。


「うおりゃぁ!」

 無我夢中でドリィはブレードをフューネスのどてっ腹に突き刺した。

 血液のような、夥しい火花が散る。ブレードは敵の金属の皮膚を貫いて、内部に達していた。

 そのままカラドリウスはブレードを振る。敵の腹部から尾の先までが真っ二つになった。瞬間、何かを斬ったような手ごたえをドリィは操縦桿から感じた。おそらくは『核』を斬ったのだろう。

 巨大なグソクムシの断面が、空中で徐々に勢いを失い、カラドリウスの後方で地に落ちた。少しして、どぉん、と爆発がカラドリウスの後ろで起こる。ブレードを構えたままのカラドリウスは、後光で勇ましく映えた。


 しばしの静寂があたりを包み込む。

 ドリィは、今しがた自分がやったことが信じられなかった。カラドリウスは、最後の攻撃を加えた姿のまま立ち尽くしていた。

「……や」

 ドリィは手がわなわなと震える。

「やった……」

 最初は武者震い、次には喜びが全身に湧き上がってきた。

「やったぁ! アインちゃん、私たち、やったよ!」

 ドリィはコクピットのハーネスを外し、後部座席のアインにハイタッチした。アインは「……うん」と少々戸惑いながらも、それに応えてくれた。

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