第6話 スケア・クロウ

 場面は変わり、ドリィとアインが飛び立った頃。


「へぇ……あれが、カラドリウス」

 ギルドベースから飛んだカラドリウスを、後ろから見ている者がいた。その者は飛甲機に乗っている。

 カラドリウスのすぐ近くの格納庫に、その機体はあった。

 カラスの骨格を、飛甲機の人型のフレームに被せたような機体だった。無駄な装甲を外すことで極限まで空気抵抗を減らした、ピーキーな機体。むき出しのフレームから成る骨ばった姿は、まるで死神か悪魔のようでもある。


「神話の鳥なんて、御大層な名前しちゃってぇ……」

 狭く暗いコクピットの中では、モニターの灯りに照らされて、少女が独り言ちていた。

 案山子を思わせる、ぼさぼさの茶髪。顔には年相応のそばかすが浮き出ている。ショートパンツとタンクトップを身に着けた、快活そうな少女だった。操縦桿に足を乗せ、いかにも余裕といった態度をとっている。

 モニターの端に映ったいくつかの画像を少女は手でスワイプし、整理していった。どれもギルドベースに設置された監視カメラから頂戴し、ドリィとアインを隠し撮りしたものだ。


 少女はドリィの生活をつぶさに監視していた。今ではドリィの行動パターンが手に取るようにわかる。それでもなおドリィを泳がせていたのは、少女に目的があるからだった。

「アンドロイドなんかといちゃついて、雛鳥ちゃんは何がしたいのやら。ま、あたしにとっちゃ、金になればいいんだけどねぇ……」

 よっ、と少女は足をどかし、操縦桿を握って舌なめずりをする。


「スケア・クロウ。コルニクス、出るよ」

 スケアと言った少女は、カラドリウスが発進した箇所と同じ位置に機体を寄せ、翼を開いて飛び立った。

 骨のような翼が内蔵されたリパルサーリフトにより揚力を発生させ、凶鳥のような機体、コルニクスは宙に舞う。

 コルニクスの目が光る。あらかじめ発信器をとりつけておいた、カラドリウスの位置情報がレーダーに表示される。

「雛鳥ちゃん……恨みはないけど、てめぇをぶちのめしてやる。首を洗って待ってろよぉ~」

 カラドリウスのレーダーにギリギリ引っかからない位置につき、スケアは相手を尾行する。背後から迫る影に気づかないまま、カラドリウスは飛行を続けていくのだった。


   ・


 カラドリウスは難なくマテリアルの付近にたどり着いた。巨大な胡桃が地表を貫いて目の前にある。

 カラドリウスは高振動ブレードを腰から抜き放つ。おあつらえ向きにマテリアルが出現し、ドリィはやや拍子抜けさえしていた。


「アインちゃん、こういうのは大丈夫……? 中に宝石があって、それを傷つけないように殻を割るんだけど」

「なんてことはないよ、この程度。表面だけ斬り裂けばいいんだろう? ここから先はボクに操縦を交代してもらっていい?」

「アインちゃん、演算だけじゃなく操縦もできるの?」

「戦闘や飛行みたいな機体の大まかな動きは、やっぱりドリィがしてほしい。そこまで担える頭脳ではないから。でも、短時間の精密動作ならできる」

 ドリィは言われるまま、操縦権を後部座席に移すようモニターをタップした。アインはカラドリウスに同期させた神経で、機体に命令する。カラドリウスはそれ自身が意志を持ったように動き始めた。


 ざしゅっ、とカラドリウスはブレードを一閃。胡桃に大きな亀裂が生じた。

 それからカラドリウスは以前より滑らかに、ブレードで胡桃を引き裂いていく。その正確無比な手際はドリィよりも鮮やかだった。みじん切りにされた殻が、周囲に飛び散る。

 胡桃を解体し、中から宝石のようなマテリアルを引きずり出す。

 マテリアルはカラドリウスの手の中で怪しく光っていた。ドリィはアインの手際の良さに感銘すら覚える。不器用な自分とは大違いだ。


「すごいね、アインちゃん」

「何が?」

 こともなげに言うアイン。そんなアインに、ドリィは不思議な安堵感を覚えるのだった。この子は才能がある。そして、それをひけらかさない。それは信頼の構築に必要な要素。ドリィは改めてアインが信用に足る相棒だと思えた。

 操縦権を自分に再び移して、ドリィは空を仰ぐ。


「……出てこないね、フューネス」

「厄介者がいないのはいいことだよ」

 アインは淡々と言う。決して危険に身を晒したいわけではなかったが、二人の初出撃が地味すぎて、ドリィ的には少し物足りなさを覚えた。

 マテリアルをホルダーに詰め、カラドリウスは帰路を確認する。

「じゃあ、帰ろうか……」

 ドリィは急に、いたずらっぽい表情になる。

「こんなとき、振り向いたら敵さんがいましたー、って状況だったら、逆に面白いのにね」


 そんな冗談を言ったときだった。

 短いアラート。地平線の彼方から、銀色の巨大なグソクムシのようなものが姿を現す。

「あ……」

 敵の存在を察知したアインは、小さな声を漏らす。ドリィは鼻歌を歌い、上機嫌なのかアラートに気付いてもいない。

 謎のロボット生命体、フューネス。吊り上がった黒い目は、鋭角的な凶暴さを思わせた。

 ぶんぶんと、フューネスはカラドリウスの周囲を舞う。そして胡桃の殻の中には何もなく、マテリアルをカラドリウスが持っていると悟ったのか、カチカチと牙を鳴らした。それはスズメバチの威嚇行動を思わせる。


「どうしたの? アインちゃん……」

 カラドリウスの首を動かしたドリィは、モニターに映ったフューネスを見て一瞬思考停止した。

 正面に来た敵と、目と目が合ってしまう。

「……えっと」

ドリィは一瞬呆然となる。

「どちらさまで……?」

 呆けるあまり、そんな言葉さえ出てきてしまう。きしゃあああっ、とフューネスは鳴き声を発した。


「うわああっ!」

 事態を飲み込んだドリィは、カラドリウスを思い切り飛び退らせて距離を取った。

「来ちゃった……」

 ドリィはどきどきと脈打つ心臓を感じていた。

「フューネスが、来た……!」

 ドリィは狼狽してアインを振り返る。

「ヤバいよアインちゃん……私、一度もフューネス倒したことない。ここは逃げなきゃ……」

「逃げる? その必要はあるのかい?」

 アインはやはり、淡々と言う。逃げ腰になっていたドリィは、その言葉にブースターを噴かせようとした手を止めた。

 アインの無機質な声が、過熱したドリィの感情を冷やしたのだ。


「今の機体の性能は百二十パーセント出せている、と自負するよ。ボクの力を引き出すも引き出さないも、君の力量次第だ。このまま逃げ帰ってもいい。ただ、それで君は満足できるのかな?」

「……どういうこと?」

「ボクは君に、もっと大きな可能性を感じた……。困難に立ち向かう、勇気の可能性だ。カラドリウスに乗った時、機体と自分がシンクロするのを感じた。だから、ドリィに報いたいと思う。ボクは自分の可能性を探したい。でも君は今ここで、自分の可能性を閉ざす気かい?」

 ドリィはその言葉に我に返った。

 ここでフューネスに屈したら、この先奴らと戦うことはできないかもしれない。どうあがいても勝てないのを、自ら認めることになるからだ。そんなことを認めるくらいなら、今、戦うしかない。


「やってやる……やってやるわよ!」

 半ばやけくそ気味にドリィは唸る。

 折しもフューネスが、羽音を轟かせながら突進してくるところだった。

「食らえぇっ!」

 ドリィはカラドリウスの腕に装着されたバルカンを斉射する。

 バルカンの弾は弧を描き、フューネスを狙う。

 しかし今度は、的を外さずほぼ全弾がその全身に命中した。フューネスはたじろぎ、一瞬空中で停止する。


「やった! 当たった!」

「ボクの演算で命中率を上げた。オートマよりは精度がいいはずだよ」

 コクピットシートではしゃぐドリィ。初めて敵に攻撃を当てることができた。それだけでも今までの雪辱を晴らせた、そんな気持ちがしていた。

 フューネスは衝撃に耐え切れず、バランスを崩して凍てつく大地に叩きつけられる。薄氷が割れ、光を反射しながら周囲に撒き散らされた。

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