第4話 飛翔カラドリウス

「夢?」

 アインは訊く。ドリィはそれに、はにかみながら答えた。


「大空を羽ばたいて冒険する夢。子どもっぽいと思う? がんじがらめの生活は、我慢してれば安寧かもしれないけど、そんな生き方まっぴらごめんよ。私は自分で羽を広げて、いろんなところに行きたいの」

「まるで家に縛られてたみたいな言い方するね」

「実際その通りだったわ。人の人生にレールを敷いて、親の言うことを聞くだけのマシーンに育てようとするんだもの。私は規律に囚われた人形でいたくない」

 言ってから少し、ドリィはしまったと思う。

 人形、それは機械の身体を持つアインへの嫌味にならないだろうか。

 しかしアインはドリィに別段不快感を示さなかった。


「……ボクはドリィの生き方、悪くないと思う」

 アインのその言葉に、ドリィは目をぱちくりさせた。


「笑わないんだ、私の夢」

「笑わないよ。君の夢は立派なものだ。自由でありたいというのは、誰しも思うこと。ただし実行できるのは、ほんの一握りの人だけだよ。君の勇気を評価したい」

「ありがとう」

 ドリィは本心からそう言った。

「私が自分に何ができるか探してるのと同じように、アインちゃんも自分の役割に気づけたらいいと思う。だけど……アインちゃんが嫌なら、別にいいよ? あのフロートから私が勝手に連れてきただけだし、あなたの意見も尊重するから……」

「いいよ。カラドリウスに乗る」

 アインは即答する。そう言われた瞬間、ドリィは顔に喜色を湛えた。アインは続ける。

「ボクに飛甲機用AIとしての能力があるかわからないけど、君への恩義もある。ボクにできることなら何でも精一杯やるよ」

「アインちゃん……!」

 思わずドリィはアインに飛びつく。華奢なアンドロイドの身体をぎゅっと抱きしめた。その細い肩がきしむかと思うほど、ドリィは強く抱く。

「アインちゃん、大好き! 仕事終わったら一緒にお風呂入ろうね! あなたに用意したシャンプーも色々あるんだから!」

 アインは表情を変えず、頷く。

 共に頑張る仲間ができた。それは、大きな進歩だと思う。

 ドリィはワクワクを抑えられなかった。


 アインを拾った理由。それは自分でも、はっきりした言葉では言えない。

 ただ、一人ぼっちでごみ溜めにいたアインが、どこか自分と重なったのは事実だ。

 そんな彼女を放っておけるはずもない。ただ、その出会いを偶然という言葉で片づけたいとドリィは思わなかった。


   ・


 翌日、飛行甲板の上で、カラドリウスは発着場までゆっくりと歩いて行った。

 カラドリウスの後部座席にはアインが座り、操縦桿のある前方の座席にはドリィが座っている。操縦はこれまで通りドリィが行うが、演算処理は機体に元々備わっていたAIからアインに引き継がれた。


 パイロットスーツを着たアインの両腕の付け根、首筋にコードが接続され、機体と繋がっている。飛甲機用アンドロイドとアインは同一規格のようだ。

「調子はどう?」

 ドリィが後ろのアインに話しかける。アインはカラドリウスのキャノピーから見える青空を眺めつつ、言った。

「さっき、機体の過去の実戦データにアクセスした。この機体のクセはだいたい掴めたと思う。あとは飛んでみて、最終調整を済ませたい」

「早っ!」

 ほぼ一瞬でデータを読み取ったというのだろうか。確かに利発そうな雰囲気を発してはいるが、やはりアインには高度な学習能力があるらしい。


 カラドリウスの右腰には、マテリアル回収用のホルダーが装着された。それから、アインが武装チェックをする。ブレードにも特に問題はなさそうだった。

「準備完了。いつでも出られるよ」

 ドリィはアインの合図に、カラドリウスを発進姿勢に移らせた。既に管制室に発進の許可は取ってある。カタパルトに機体を預け、宣言した。

「ドロシー・ドレイク、アイン・ウェルズ、出ます!」

 カラドリウスの背中のブースターに火が灯り、陽炎を形成する。カタパルトから弾き出されると、カラドリウスは翼を広げ、飛び立った。


「姿勢制御! バーニアを……」

「そんな手間はかけなくていいよ」

 ドリィが操作していないにもかかわらず、カラドリウスは手足のバーニアを噴かせ、安定姿勢に入った。

 自分に羽が生えたかのような、心地よい浮遊感。その感覚に、ドリィは目を丸くした。

「機体の制御、アインちゃんがやったの?」

「そうだよ。このくらいのことなら、ボクにもできる」

 ドリィはぱっと目を輝かせた。バーニアを噴かせる動作は毎回、ドリィの重荷になっていたのだ。カラドリウスはスムーズに慣性軌道に入る。いつもならドリィは、この動作に数分もかけるのだが。

 自分は羽を手に入れた、と思った。思うように動かせる羽。どこまでも飛べる羽。それは自由を目指すドリィに不可欠なものだった。


「アインちゃん、最高!」

 感動が胸を突いて溢れ出す。ドリィは思わず、背もたれを乗り越えて後部座席のアインに飛びついた。

「ちょっと、危ないよ……」

 アインは抱き着かれていたが、機体の姿勢が崩れることはなかった。やおらドリィは自分の席に戻る。


 今までにないくらい快適に、カラドリウスは飛行した。鳥のように大空を駆け巡り、時には一回転もしたりして、自身の動きを確かめる。操縦席に戻ったドリィも、その動きやすさに感動を覚えていた。

「すごい……まるで機体が、自分の手足のように!」

「このくらいで驚いてちゃいけないよ。こんなの、小指を動かす程度にしか感じない。ボクと機体の相性がいいみたいだ。気圧がやや乱れ気味だけど、ボクなら難なく機体を動かせると思う。このままマテリアルでも探しに行くかい?」

 その声音はどこか自信ありげに聞こえた。


 晴れた空が一面にパノラマを成している。雲海に潜り、氷と灰色の地表を目にする。それが晴れ間と綺麗なコントラストをなしているように見えた。

 自分の好きなように飛べるからだけではない。友達と見る景色は、いつもの何倍も美しく見える。後ろに誰かがいる安心感を、ドリィはひしひしと感じていた。

「私、アインちゃんと出会えてよかった……」

「そう?」

 こともなげにアインは言う。


 ドリィは手元に表示されたマップに、マテリアル探査レーダーを反映させた。すぐに反応があり、マップ上にアイコンが表示される。どうやら近くに一個、あるらしい。二人の門出におあつらえむきだとドリィは思った。

「フューネス……できれば出会いたくないけど、せっかくアインちゃんと一緒に仕事するんだし、何か成果が欲しい! 今日だけは出てきて! お願い!」

「なにそれ」

 アインの声音は呆れた様子だ。

 カラドリウスは一定の速度を維持しながら、マテリアルへと向かっていく。

 ドリィは今までになく充足感を覚えていた。アイン。彼女と一緒なら、何でもできる気がする。自分は思ったより、すごいものを手に入れたのかもしれない。今の彼女は、かつての無力な自分ではない。何か大きな力を手に入れた。そんな気がしていた。

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