第3話 アンドロイド・アイン

 カラドリウスは肩を落とし、どこか落ち込んだようにギルドベースに帰ってくる。


 雲の上の空は日が傾き、夕暮れが迫りつつあった。帰り道でいくつか植物のようなものを持ち帰ったが、高い値段にはならないとドリィはわかっている。あと一歩でマテリアルを逃したのは痛手だった。

 収穫物を甲板にいるカーゴジェットに引き渡し、カラドリウスを格納庫に安置してから、ドリィはパイロットスーツのまま緑地エリアへと向かう。


 そこに『彼女』がいるからだ。


 木立の間を抜けると、いつもの場所に『彼女』はいた。そこは心地よく陽光の差し込む場所。まるで天の光が、彼女を祝福しているかに思えた。『ラ・プリマヴェーラ』を思わせる、西洋の絵画のような風景がそこにある。

 彼女はせっかくドリィが用意したワンピースを、芝生に無造作に脱ぎ捨てている。紫のボブカットにしたウィッグ、オーダーメイドで注文した特殊カーボン製の義肢。寄せ集めの人造の部品が、小柄な少女の体を形作っていた。アンドロイドの彼女は全裸で、森林の発する大気を満喫している。服を脱がせたドールのように、少女は体の各部に球体関節を覗かせていた。


 ドリィはふっとため息をついた。猫のようにマイペースな彼女。それに奇妙な安堵感さえ覚える。

「いつも思ってるけど……あなた、そこで何やってるの?」

 ドリィが訊くと、少女は振り向く。金色の瞳がドリィをとらえた。

「森林浴」

 少女はいたって無感動な言葉で答えた。口調は平坦だが、鈴のような声音だ。声帯を得て初めて喋ることがそれか、とドリィは苦笑した。


 しかし、結構いい声するんだな、と少女の声帯を自分で選んでおきながらドリィは思う。ちょっと高いパーツを買ってよかったと思った。

「いや、森林浴って、入浴とは違うから……。というか、そんな格好でいたら痴女にしか見えないよ」

「ボクは別に構わない。ボクは人間じゃないから。人間じゃないものが裸でいて、何を気にすることがあるんだい?」

「そんなの理由にならないよ。だってあなたは、人間の姿をしているんだもの。それに、女の子なんだし。とりあえず帰ろう。もう遅くなっちゃうよ」

 むぅ、とアンドロイドの少女はむくれる。それから、足元に脱ぎ捨てたワンピースを再び被るように着て、ドリィの後に従った。


   ・


 人類がこの惑星に移住したのは、もう三百年も前になる。

 地球と月の間にワームホールを発見し、他の星々に活路を見出した人類に待っていたのは、別の星系から来たエイリアンによる侵略だった。

 エイリアンは突如現れ、地球の人々の暮らしを滅茶苦茶にした。熾烈な戦いにより、地球全土の人口の半分以上が死滅した。戦争とすら言えない、殲滅戦である。

 生き残ったいくつかの移民船団が、ワームホールを使って太陽系の外に散り散りに飛び立っていった。人類が生きられる星々を目指したこの民族大移動は『ディアスポラ』と呼ばれている。


 ドリィたちが住む惑星『凍星』も、そうした移住先の星の一つだ。人類を拒む氷河に覆われたこの星では、かつての地球のような暮らしはできない。何もかも未知数のフィールドでは、農耕も狩猟も不可能だからだ。移民船団は自分たちの乗ってきた宇宙船を雲の上に浮かべ、人々は宇宙での暮らしとほぼ変わらない生活をしていた。宇宙船内部で植物を育てて食べ、人が死ねばそれを肥料とする。生と死が船の中で循環する生活様式だ。


 そんな中、船の外に飛び出て星を開拓する役割を担っているのが冒険者『シーカー』である。

 探査用人型マシーンを改良した飛甲機を持つ民間人たちが、地上での情報収集・物資調達を請け負った。民間人が未開地域の調査を行うことはリスクもあるが、正式な惑星探査のための設備は限られており、惑星凍星の研究はシーカーの存在なしには成り立たない。


 民間の移民船が独自にギルド『トゥルマ』を作り、自分たちの船を冒険者に宿として提供する代わりに、冒険者の売り上げの一部を頂戴していた。人々にとって都会の役割を果たしている、より大きな移民船では、活発に凍星の物質が取引され、巨大な市場を形成している。新天地における人類復興の兆し、活発な人材・物資の流れが形成されており、世の中は大航海時代の再来と言ってよかった。


 ドリィは、未成年ながらシーカーたちの間で生きることを余儀なくされている。しかしそれも、彼女が選んだ人生だった。


   ・


 ギルドベースの内部は多層的になっており、居住区が占める割合が多い。部屋はカプセルホテルのそれに似ていた。腕時計型端末を、ドリィは部屋の前にある認証機器に読み取らせる。ドアが横にスライドし中の様子があらわになる。最低限の家具しかない、簡素な部屋だ。


「ん~……」

 ドリィは考え込んだ。

「どうしたの?」

 アンドロイドの少女、アインはドリィに言う。ドリィは目の前の少女に、複雑な思いを持っていた。

 アインは自分の名前以外何も知らないという。鉄くずのような状態でゴミ同然に捨てられていたのだし、記憶回路に異常があるのだろうか? とドリィは思った。しかし記憶回路の復旧作業はリスクを伴う。


 アンドロイドは人類の生活の中で身近な存在だ。精密機械の製造、雑用係などいたるところで使われている。また、人間の脳を基本とした思考回路を持つことから、飛甲機のAIとして使われることも多い。しかしアインは何の役割を持っていたのだろうか?


 アインが自分の役目に気づける機会があればと思う。

 そこで一つの案が浮かんだ。しかしこれは、アインを危険に晒すことになる。それでも試す価値はあると思った。


「明日、カラドリウスとの連携テスト、行ってみる?」

 えっ、とアインは目を見開いた。ドリィはもじもじしながら先を続ける。


「アインちゃん、前に自分が何なのか知りたいって言ってたよね。もしアインちゃんが飛甲機のAIだったなら、私の機体で試してみるのもいいかなって……。それで一緒にマテリアルを探してみるとか……」

 少しの間があった。アインは無言でこちらを見つめている。気まずくなり、ドリィは慌てて取り繕った。


「私、別にアインちゃんを仕事の道具だとか思ってないよ? ただ、アインちゃんのためを思ってるのと、私も一緒に仕事する仲間が欲しかったっていうか……」

「いないんだ、友達」

 ぐさりとドリィの心にその一言が突き刺さる。平坦な口調だったのが余計に彼女の心を抉る。ドリィは強がりで言い返した。


「……私は駆け出しのシーカーで、住む場所も変えたばかりだし、知り合いなんてまだいないのよ」

「連絡先を知ってる、昔の友達とかも?」

「……全部故郷に置いてきたわ。会おうとも思わない」

「嫌いなんだ、昔のことが」

「まぁね……」


 ドリィはあの、宗教に縛られた移民船団の厳格な社会が嫌だった。

 すべてを捨てて一からスタートするために、カラドリウスを奪ってトゥルマに飛び込んだのだった。

「……私ね、家を継ぐのと天秤にかけて、夢を追いかける方を選んだんだ。そうした生き方の方が私らしいって、思ったから」



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