第3話
俺は空を飛びながら、今までの人生を振り返っていた。
好感度が見えるメガネを拾ったときは、素敵なラブロマンスが始まるものだとばかり思っていた。
だって好感度ってちゃんと書いてあるんだぞ。
クラスの女の子にモテモテになったり、可愛い女の子と運命的な出会いをするという、甘い未来を思い描いていた。
けれど、俺に待っていたものは。
「おい、死んだのか真人?」
待っていたものは……。
「おーい。そろそろ起きないと、地面に落ちるぞ」
『マスター!』
ノエインが心臓を無理やり鼓動させて目が覚めた。
気が付いた時には、間近に山が迫ってきていたので、右手のブースターをふかして直撃だけは避けた。それでも殺しきれなかったスピードを、山の斜面を削りながら滑ることで、何とか死ぬことなく止まることができた。
あー……、あぶな。さっき絶対に死にかけてたぞ。
「よっと。わしの不意打ちを防ぐとは、さすが真人!わくわくさせてくれるな!」
「………やっほー。極じゃん。どうしたの?」
体が痛すぎて仰向けに倒れたまま、ひらひらと手だけ振っておく。彼女は四方世界極(しほうせかいきわみ)。180センチはある身長に、凶悪な胸腹尻を備え付け、エマとためを張れるレベルの日本美人という顔立ちをしている。しかし、なによりも特徴的なのは、足元まで届きそうな長い黒髪のおでこの辺りから、ちょこんと突き出ている翡翠のような角と、謎のとんでも武術を使い、鋼鉄をも素手で引き裂く超人的な力の持ち主だということだ。
――好感度 85
さっき、ちらりと見えていたけど、俺に不意打ちで飛び蹴りをしたくせに、好感度は85はあるらしい。常々思うけど、極の愛情表現は痛すぎる。今でさえ、骨が折れてたり内臓が傷ついているせいで、しばらく起き上がれそうになかった。
「もちろん遊びに来た!今日わしは暇だったからな!」
「そっかー。今度は事前に言ってくれよ。デート中だったから」
「それもわかっててやった。真人が他の女と仲良さそうにしてたのが、殺したいほど気に食わなかったからな」
極は笑っているのに、どこかすごみのある顔をした。そのまま倒れて動けない俺を抱き上げると、愛おしそうに頬ずりしてきた。どうやら先ほどデートに乱入してきたのは、嫉妬が原因なのだろう。
俺が今まで見てきた好感度は、付き合いたてのカップルでも60あればいい方で、夫婦であっても20を下回ったりしているものがほとんどだ。俺の好感度の解釈は、最大の100で魂のパートナー。最低の0で、人の形をした障害物って感じのとらえ方をしている。その基準で言えば、極の85も決して低くはないし、むしろ知り合って2週間ほどでこの数値はだいぶ高い方だ。
え?エマはどうなのかって?
うん、まあ、何事にも例外ってあるよね。
「わしはお主の心に誰よりも深く残っていたい。他の女なんて入る隙間もないほど、真人にはわしで満たされてほしいのじゃ」
「もちろん、俺は極もすんごい大事だよ。けど、他の女の子も入れる隙間はほしいし、今日は妹とデート中だから極と遊ぶ暇はないんだ。ごめんね」
極は俺の返答に大笑いした。
「わしを前にして、その大口や気に入ったぞ!」
「おっ!それじゃあ帰ってもいい?」
そう言った瞬間、真横の空間をバカでかい光が通り過ぎ、その直線状にあるものを全て消し去っていった。
今のは警告だ。すなわち、動けば殺すと。
「もちろん、どれだけ女を抱くのも、わしを袖にするのも、真人の好きなようにするがよい」
極の角から淡い緑色の光が漏れだし、大地が揺れ始めた。
「ただし、それをわしに納得させたいのなら」
光は極を中心に山をも越える大きさで渦巻き、その姿は、まるで想像上の生き物である龍のようだった。
極はかつて、龍と戦ったことがあるらしい。どれだけ昔のことであるのかはわからないが、極は龍を殺し、力の源であった龍脈というものを奪い取った。それが本当かどうか定かではないが、それ以降極は老いることをやめ、超人的な力を振るえるようになったらしい。
「力づくでやってみろ!」
そして、それを知っているがゆえに、極と戦うことがどれだけ無謀なことなのか、俺にはよくわかっていた。例えるなら、ゴジラに素手で挑むようなもんだ。俺も他の人より多少は戦う力を持っているが、極と比べると話しにならないだろう。
「良いだろう。全力でやってやるよ!」
それでも全力で抵抗するために、全身のナノマシンをフル稼働させ、ノエインの力を借りて左手から光で出来ている剣を出した。
『マスター!本当に極さんと戦うんですか!?』
「まあ、逃げても余計に極の機嫌を損ねて、背中から殺されるのがおちだよ。
ここは勝率は少ないけど、全力で抗うのが一番さ」
『ちなみにマスターから見て、勝率はどれだけなんですか?』
「なーに、10対1で不利だけど、勝てる見込みがないわけじゃないさ!」
『ちょっとー!10で負けてるじゃないですか!残り1はどこから出してくればいいんですか!?』
「そりゃあもちろん、ノエインと俺の愛の力からだよ。二人で頑張れば極にだって勝てるさ!」
『そんな調子のいいこと言っても、勝てるかどうかなんてわかりませんからね!』
そんなことを言いつつ、剣の大きさが少し大きくなった。ノエインの力は俺への好感度次第で変化するが、こんな言葉でテンションが上がっているノエインに、思わずちょろいなと思わざるをえなかった。
「さあ、集中集中。気を抜いてたら死んじゃうよ」
「準備は終わったか?では始めるとしよう」
「ああ。待っててくれてありがとくらえ!」
俺の右手から出たビームが、極を直撃した。
『ちょっとマスター!言い終わる前に攻撃するなんてズルくないですか!?』
「ズルくない!戦いなんて先に攻撃したもの勝ちだ!」
「そのとおりじゃ」
極は何事もなかったかのようにその場に立っていた。俺の攻撃は、服を消し炭にしただけのようで、その下から現れた翡翠のように輝くうろこのような肌には傷一つ見当たらなかった。
「さすが真人。世界で一番愛おしい女にも、躊躇なく必殺の一撃を打ち込めるとは、そのようなやつは生きてきた中で数えるほどしかおらんだぞ。やはりお前はわしが見込んだだけはある」
――好感度86
あっ、好感度が少し上がってる。どうやら、極にはビームを打ち込むと好感度が上がるらしい。今度またやろう。
「世界で一番かどうかはさておき、満足したなら帰ってもいいかい?」
「ダメじゃ。わしは今最高に楽しい。もっとわしを楽しませろ」
極は実に楽しそうに、何十メートルもの距離を瞬きの間に詰めてきた。
どうやって近づかれたのかは見えなかったが、考えるよりも先に剣は動いていた。だが、遅すぎた。その一撃が届くよりも速く、腹に極の拳が入っていたからだ。
「ぐぼぉっっ!!」
腹に大穴が開かなかったのは、科学の力とノエインがそこに光を集めて防いでくれたおかげだった。それでも、衝撃に耐えられなかった俺は、ロケットのように空中に打ち上げられた。
追撃が来る。
空中で身をひねって、下から極が打ち出してきた龍のエネルギー波を、右手からの全エネルギーで打ち消した。
「やるなあ、真人」
感心する声が耳元から聞こえた。
近づかれていることに気づかなかった。極は重力を無視したように、その場でくるりと回転すると、勢いよく踵を叩き落としてきた。
とっさに右腕を盾にして防いだものの、今まで酷使しすぎた右腕がばらばらに砕け散った。その衝撃のままに地面に叩きつけられた俺は、今度こそ受けたダメージのせいで動けなくなった。
「ダメだこれ、ちょっとやりあっただけなのに、勝てる気がまったくしない」
『マスター!しっかりしてください、諦めちゃダメですー!』
「俺は今まで世界が滅んでも死ななかった男だぜ。これぐらいで諦めたりなんてするもんか」
『じゃあ、ここから何か逆転できる手があるんですね!?』
「最後の手段を使う」
こんな山なら絶対にあいつの末端があるから、適当に大声で叫べば、あいつによく聞こえることだろう。火に油を注ぐことになるとわかっていて、俺は地面に向かって、あいつの名前を呼んだ。
「助けてユリカ―!」
「もう、しょうがないわね」
どこからか声が聞こえた。
その声と共に、目の前に一輪の蕾が伸びてきて、それはあっという間に人並みの大きさまで育っていく。その蕾が花開いたとき、中から淡い緑髪の美しい少女が現れた。
「助けてあげるから、今度一日デートよ」
「もちろん。すごくいい肥料もたっぷり持っていくよ」
「その言葉、忘れるんじゃないわよ」
ユリカは自分の手から、一本の花を生やして、それをオーケストラの指揮者のように振り出した。そして、地中から見たこともないほどの木の根や花が飛び出してくる。宇宙植物であるユリカは、自由自在に植物を操ることができるのだ。
『マスター……。最後の手段がこれですか?』
ノエインが残念なものを見るような目で俺を見てきている。
「そうだ。俺は基本的に女の力を借りないと生きていけないからな」
『言ってることが、すごいヒモっぽいですぅ』
「なんとでも言え。生き残ることが何よりも大事だ。
ほら、極が来たぞ」
極が地上に降りてきた。
ユリカを見て、露骨に不機嫌になっている。
「なんじゃ。わしがせっかく真人と楽しんでおったというのに、鳥の兜のような毒草が紛れ込んでくるとは、はなはだ不快じゃの」
「あら。干からびたミイラよりはマシだと思うけど。浅ましく生きていないで、さっさと塵に帰ったらどうなの?」
「ぬかせ。宇宙から来た雑草の分際で、人間に口をきくな。花粉で耳が詰まる」
ユリカの力で、巨大な根と花が生き物のようにのたうち回る。
それに対抗するように、極は緑色の龍気を自分にまとわせ、大きなうねりを作った。
お互いに、本気で相手を殺すための、規格外な激突が始まろうとしていた。
「よし!逃げるぞノエイン!」
『いいんですか!?どっちかに加勢しなくて?」
「どっちに加勢しても後々に大きな禍根になるから、ここは逃げるが正解だ!」
『マスターって本当に清々しほどのクズですね!』
全力で走り始めた俺の背後から、こんな声が聞こえてきた。
「食らうがいい!最近アニメを観て身に着けた必殺技!
かめは螺旋アトミック円舞!」
「ちょっ、おまっ!」
エネルギー波が渦を巻きながら膨れ上がり、ぐるぐると回りながらこちらに飛んでくるのを見て、俺は全力で目の前にあった崖から飛び降りて、生きてエマに会えることを切に願った。
ぼやけた視界に、緑色の龍気と極太の根と花がぶつかりあっているのが見えた。
どうやら、少しの間気を失っていたらしい。
『マスター!大丈夫ですか!?』
「ああ、大丈夫。運よく頭を少し打ったぐらいですんだみたい」
どうやら、頭から流れた血で目の前が見えづらかったようだ。
今日はとんだ厄日だと思っていると、近くで何かが落ちる音がした。
「にい、さん……」
薄っすらと霞む視界に、こちらを見てひどくショックを受けている様子のエマが見えた。足元には、先ほど一口も食べられなかったお弁当が崩れ落ち、とても美味しそうに見えた中身を、地面にぶちまけていた。
「エマ!?」
「兄さん、兄さんの腕が……!」
エマの視線は右腕に集中している。よりにもよって右腕がない状況をエマに見られてしまった。
「エマ!これは大丈夫だ!」
「兄さんの、腕が……!」
エマが絶望に歪んでいく。それに呼応するように、世界が軋みをあげた。
あんなに青かった空が血のように赤く染まっていく。世界の全てが静止していき、遠くに見える街並みや人に小さな火が灯りだした。その火にあぶられたものは、まるで熱にあぶられた飴細工のように溶けていくという、この世ならざる光景が広がっていく。
「私のせいで……、私のせいで!」
顔を覆って悲痛に叫ぶエマを中心にして、炎が巻き上がる。
その炎は天まで届かんばかりに燃え上がり、全てを焼き尽くそうとしていた。
「エマ!」
「いやあああああ!!」
彼女の絶叫とともに、炎の中から世界の終焉を告げるべく、見上げるほどの炎の巨人が生まれた。
「わあ……、どうしようこれ……」
唐突に始まった世界の危機に、俺は乾いた笑いをあげることしかできなかった。
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