第8話ぐいぐい

電車で佐野屋の最寄り駅まで向かった。

まだ、時間帯も昼過ぎだし、土曜日だから電車内の席は空いていた。

神宮寺が座るとその横に吉田は座った。

身体密着させて。

「おいおい、吉田。座席空いてるんだから身体を近付けるなよ!」  

「いいじゃないですか〜」

「暑苦しいなぁ」

と、神宮寺は吉田の密着攻撃を受け入れた。

15分ほどで、最寄り駅に到着して東区の佐野屋へ向かって歩き出した。

店内に入ると、焼酎や日本酒、ウイスキーのボトルが並んでいた。

冷蔵庫には、缶ビール、チューハイが冷やされていた。

完全なる酒屋さんだった。

「神宮寺さん。ここ、お酒屋さんじゃないですか」

「黙って付いてこい」

神宮寺と吉田は店内の奥に進んだ。

すると、ワイワイ話し声が聴こえてくる。

天井から吊り下がっている、青い布の垂れ幕をくぐると、そこは立ち飲み屋さんだった。

「吉田、ここは赤星の大瓶が340円で飲めるんだ」

「さ、340円」

「角打ちの醍醐味さ。ここ、酒屋だから安いんだ」

2人は喫煙出来る場所に立った。

カウンターの小皿に千円札を2枚置くと、

「鈴木さん、赤星2本と中落ち2つ」 

と、神宮寺は慣れた様子でカウンター内のメガネをかけた60代らしい鈴木と言うおばさんに注文した。

「あら、タカシ君。こんにちは。今日はかわいい子連れて来て」

「まぁね、会社の後輩」

「初めまして」

吉田は、緊張して

「は、初めまして」

おばさんは小皿の千円札からビール代と中落ち代を引いて、お釣りをまた小皿に乗せた。中落ちは200円である。

神宮寺と吉田は、手酌でグラスにビールを注ぎ乾杯した。


「神宮寺さんって、タカシさんって呼ばれてましたね。そっちの方が親近感湧きますね」 「鈴木さんくらいだよ。下の名前で呼ぶのは」

「じ、じぁ、私もタカシさんって呼んでもいいですか?」

「……いいよ」

「やった!タカシさん。ここ、おじいちゃんばかりですね。それと仁丹の匂いが……」 

神宮寺はニヤニヤしながら、

「それがここの良いとなんだ。ギャーギャー騒ぎ出すガキなんかここ知らねぇし、ホントの酒好きしかこないからさ」

「タカシは、ビール好きだよね〜」

「『タカシ』だと?」

表情が変わる。

「す、すいません。タカシさん」

神宮寺は、ワイシャツの胸ポケットから、ハイライトを取り出して火をつけた。


吉田はタバコの匂いが好きだった。子供の頃大好きな父親に抱き着くといつも、タバコの匂いがした。周りの女の子達はタバコの臭いは嫌がるが吉田は好きだった。でも、タバコを吸う気は起きなかったが。

布川がメンソールのタバコをたまに吸っているくらいだった。

会社の運転手連中も休憩中、喫煙所でタバコを吸っていた。

隣の自販機で、飲み物を買う時はいつもタバコのいい匂いがした。

「吉田、角打ちってのはな、長時間飲むのは邪道なんだ。15分〜30分で店を出るんだ。次、どこ行きたい?もうすぐ、12時だから酒飲める定食屋は開店するぞ」 

神宮寺はまだ飲むつもりだ。吉田は嬉しくて、

「丸八寿司、佐野屋と来たので次はハイボール飲みたいです」

と、吉田が言うと、

「ハイボールかぁ〜。……バーはまだ開店する時間じゃ無いし。……お前、ジンビーム好きか?」

「ウイスキーなら何でも」

「金山総合駅の2階に干物屋があるんだ。定食屋何だけど、夜の7時まではハイボール1杯77円なんだ」

「な、77円!」

「ヒモノテラスって店でな、結構西京焼きなんか旨いぞ」 

「行きましょう」

また、2人は大曽根駅から金山駅を目指して電車に乗った。混んでいた。鮨詰め状態だった。

ドラゴンズのユニホームを着た人間が多いので、今日はデイゲームらしい。

神宮寺の肘が、吉田の胸に当たってる。

吉田はちょっと複雑な思いがした。

恥ずかしさと、ちょっとエロっぽい。

間もなく、金山総合駅に着いた。

2人はエスカレーターで昇り、ヒモノテラスの定食の注文をして、ハイボールを飲んだ。

2人はここでとことん飲んだ。

店を出る時は、2人とも千鳥足。

バスで中村区方面に向かった。

2人は2人掛けの座席についた。間もなくすると、神宮寺は寝てしまい、吉田の肩に頭を乗せた。

吉田は驚いたが、悪い気持ちはしなかった。

初めて、彼女は神宮寺がかわいいと思ったのである。

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