第4話パイオツ
先週の飲み屋での、布川の作戦は失敗に終わった。
吉田は考えた。どうすれば、神宮寺が自分に振り向いてくれるのか?と。
川口課長の計らいで、隔週で土日休みが取れる様になり、疎遠になっていた友達と一緒に飲んだり、お茶したり、遊んだり。
吉田は人生を謳歌していた。
ある日、仕事帰りにコンビニに寄り麦茶を買おうとすると、雑誌コーナーに神宮寺が立っていた。
週間マンガ雑誌を手にしている。
神宮寺に気付かれないように、様子を見た。
彼は、グラビアアイドルの水着姿をじっと見詰めていた。
吉田は、声もかけずに麦茶を買ってコンビニを出た。
『神宮寺さんも、男なんだな。グラビアアイドルなんか見詰めてちゃって。わたしはDカップよ!よしっ、来週のお客様相談センターの業務を手伝うフリして、アクションを起こしてみよう』
吉田は、上げて寄せるブラジャーを買いに行った。
翌週、金曜日の夜8時。
「神宮寺さん」
吉田はお客様相談センターの階にいた。
「どうした?吉田」
彼女は下は黒のジーンズで上は作業着を来ていた。
時期は5月。ゴールデンウィークも過ぎ、作業着を着ていると、額に汗がにじむ。
スーツ姿の神宮寺は、雑誌を読みながらたまに掛かってくる電話対応をしていた。
「この前、神宮寺さんに助けてもらったので、今夜、お仕事を手伝わせて下さい。お客様相談センター業務の仕事も覚えたいんです」
神宮寺は、雑誌を読みながら、
「明日も、仕事だろ?いいよ。今夜は暇だし」
「明日、明後日は休みなんです。川口課長が配送担当責任者をもう一人付けて下さって」
「誰がもう一人の配送担当責任者になったの?」
と、雑誌を閉じて聞いてきた。
「石井一美ちゃんです」
「……まだ、早いだろ?」
「それが、凄いんです」
「何が?」
「一美ちゃんが、頼むとカバさん過積載の事は全く気にしないで、積んでくれるんです」
「おいおい、過積載は違反だぞ!そんな事はやってると、君たち責任取らされるぞ」
「ちょっとだけです。それに、毎回じゃないですし」
神宮寺は心配しながら、吉田の話しを聴いていた。
「じゃ、今夜の電話対応は君が引き受けてくれ。だいたい、配送先の倉庫の人間が荷物が何時に到着するかどうかの電話だけだから。このモニターで担当トラックが今どこを走っているか分かるからだいたいの時間を伝えればいいから」
神宮寺は軽く説明すると、タバコを吸いに喫煙所に向かった。
チャンスだ!
吉田は上の制服を脱いだ。
胸が広く開いた、タイトなTシャツ姿になった。もちろん、寄せて上げるブラジャーで胸の谷間が強調された格好をしている。
これを、神宮寺に見せつければ彼は自分の虜になると、予想していた。自信もあった。
15分くらいすると、階段を登る足音が聞こえてきた。
ガチャッ!
と、ドアが開いた。
「は〜い、神宮寺先輩。あなたが好きなパイオツですよ!」
「……」
「……ヒャッ!」
「吉田君、キミは一体何をしているんだね?」
「か、か、か、課長!」
「そんなに、暑いならエアコンつければいいじゃないか?」
「はい」
「神宮寺君は?」
「喫煙所です」
吉田は色んな穴から、汗が噴き出してきた。額には大粒の汗が輝いていた。
「今夜は、私が夜勤することになった。キミなぜ、お客様相談センターにいるのかね?」
「……こちらの仕事も勉強しようかと……」
「いい心掛けだ。私が丁寧に指導してやろう。ちょっと、待ってな。神宮寺君を帰すから。本当は明日が私の夜勤の番なんだが、明日、都合が悪くなってね。それよりキミは何故、そんな格好してるかい?」
吉田はしどろもどろになり、
「流行りです……」
川口は喫煙所に向かい、神宮寺を帰した。再び戻ると、吉田は制服を着ていた。
「吉田君、この千茶トランスコーポレーションの歴史と言うのは……」
吉田は一晩中、川口の社史の演説を聴いていた。
この晩に限って、電話は1本も無かった。
夜勤明け、ヤツレた姿の吉田を見た石井は、
「先輩!荷物全部配送しましたよ!」
と、嬉々として言っていたが、
「良かったね」
と、一言返し更衣室に入っていった。
この晩の為に用意した服装から着替えて、吉田は歩く体力も無く、タクシーで帰宅し、ベッドに倒れ込むように寝転がり、神宮寺に対する想いを秘めて爆睡した。
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