第2話恋人は何処

急きょ、四日市まで走った神宮寺が戻って来るのを待っていた。

腕時計は午前6時。

早朝便の10トントラックが並んでいた。

吉田は5時まで作業を指示していると、早番の大森友樹が現れ交代した。

「夜勤、お疲れさん。何、神宮寺主任が四日市まで走ったの?」

大森は、吉田に冷たい缶コーヒーを渡し、作業指示書を確認しながら尋ねた。

「そうなんです。係長が対応してくれなくて」 

と、嘆くと、

「あの、バカ有山、いずれ降ろされるわ。あんな仕事の仕方じゃ。今度、川口課長に言ってみる」

川口課長は、44歳の強面の男だ。トラック運転手には、『鬼の川口』と、呼ばれ怖がられている。

「オレに何を言うんだ?」 

2人が振り向くと、川口課長が立っていた。

「か、課長。おはようございます。今日は、早いですね」

と、大森が言うと、

「吉田」

「はい」

「神宮寺が四日市に走ったんで、オレが夜勤したんだ。どうしてこうなったかの事情を知りたい。神宮寺が戻って来たら、丸八寿司だ」

川口課長は、統括する現場では24時間何がどうなっているかの情報を知っている。昨夜は、お客様相談センター業務の神宮寺が急きょ、トラックを運転したので川口課長が夜勤をしたのだ。

大森は、課長に一礼すると現場に向かった。

川口課長と吉田は、休憩室で朝の缶コーヒーを飲んでいた。

課長はマルメンに火をつけた。

「しかし、有山は最低な男だな。あいつも元はトラック運転手だったんだ。まずは配送担当責任者にして、頭が回るから係長に推薦したのが失敗だったな。秋の人事で運転手に戻すつもりだ」

吉田は内心、歓喜の声を上げた。


そうこうしていると、7時前に神宮寺が戻ってきた。

「いやぁ〜、神宮寺君。今回はありがとうな。よし、今から丸八寿司だ。2人とも着替えろ」

吉田と神宮寺は更衣室にそれぞれ向って歩きだした。

「神宮寺主任、ありがとうございました。とても、助かりました。内勤で人間が足りない時は、何時でもわたしに言って下さい」

「アハハ、いいよ、いいよ!気を遣わなくて」

と、言って男性更衣室に神宮寺は入った。

吉田は、ロッカーのドアの内側の鏡を見て、

「酷い顔。こんなんだから、男が出来ないんだよね」

と、独り言を言って嘲笑した。トイレでメイク直しをすると、川口と神宮寺と吉田は柳橋中央市場の丸八寿司に向かった。

3人は生ビールで乾杯した。

神宮寺以外は、仮眠を取っているので、ガブガブビールを飲み、神宮寺はコハダをつまみながら、ゆっくり飲んだ。

身長183cmの神宮寺は、上半身を揺らしながら飲んでいる。睡魔と闘っていたのだ。

そして、カウンターにうつ伏せになって、眠り始めた。

川口と吉田は、日本酒を飲みながら、有山係長が仕事中にネット将棋を指していることや、現場に顔を出さない事など、思い付く限りの悪行を話した。

川口は夜勤までして現場と関っているのに、係長の分際で課長より仕事をしない有山に近々、辞令を出すと吉田に話した。

「吉田君、君は遊び友達いるのか?」

「いいえ。この会社に入ってからは、土日、時間も友達と合わないので、親友と電話で会話するくらいです」

川口は日本酒をアオリながら、

「じゃ、彼氏も出来ないだろ?」

「課長、この質問に何の意味が……?」

「君をね、土日休みにしてやろうかと、思ってね。昨日、見てたんだ。カバちゃんが君を強く批判している現場を。男でも、音を上げる仕事をしている君を休ませてあげたいんだ。配送担当責任者を2人作る。これなら、交代で土日休みが取れるようになる。どうだい?」

吉田は、涙目になった。

「吉田君、何も泣かなくても……」

「い、いえ。この甘エビのサビの量が多すぎて……」

「……来月からだ。来月から、君は隔週で土日休みになる。お友達も喜ぶだろうし、彼氏も作れるだろ?」

吉田は、日本酒をゴクリとして、

「課長、あんまり女の子に彼氏、彼氏って言ったらセクハラになりますよ」

「あっ、すまん」

「いいんです、わたしには。他の女子には気を付けて下さいね、優しい課長!」

「ま、オレは鬼とか何故か言われるんだが」

「顔が怖いからですよ」 

川口はニヤケながら、

「よし、彼を起こせ。今日はタクシーで帰りなさい」

と、川口は吉田に一万円札を渡した。

吉田と神宮寺はタクシーに乗り、先に神宮寺のマンションに送り、自宅に向かった。

吉田は、彼氏を作るとなると、どうすれば良いのか?分からなかった。

酔った勢いで、親友の布川純子に電話してみた。

布川は看護師で、夜勤専門なので今の時間帯は起きているはずだ。

吉田は恋愛の先輩、布川にすがる思いだった。

『師匠、いい男、紹介して下さいな!』 

ってな具合に。




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