明日、あの子は背伸びする

羽弦トリス

第1話運命の人

ここは、千茶せんちゃトランスコーポレーションの出荷場、夜8時半。10トントラックが並んでいる。

「頼みますよ!カバちゃん」

「しつけぇ〜、女だな!景子ちゃんは。過積載すれば、オレの点数が引かれんだよ!オレ、この前も過積載で捕まってるから、今度捕まったら免許停止で仕事が無くなるんだ。孫のおもちゃも買えねぇじゃないか!」

女は黙り、ベテラントラック運転手の椛山は、荷台から降り扉にロックした。

「今度、また過積載させようとしたら、オレ、マジ切れするから覚えとけよ!」

と、椛山はトラックのエンジンをかけて出発した。

女の名前は、吉田景子。入社3年目で配送担当責任者である。

どうしても、このドラム缶を捌きたいのだが、運転手は皆、過積載にはうるさい。

また、過積載などあってはいけない事なのだが、10缶あるドラム缶をどう捌けば良いのか、係長の有山に指示を仰いだ。

「有山さん。どうしてもドラム缶10缶が捌けません。どうしましょう?」 

有山は、メガネをかけPCの画面を眺めながら、

「捌けないなら、お前が運べ!」

「わ、わたし、大型免許無いんですけど」 

「じゃ、過積載でも何でもいい。積めよ!だいたい、お前は運転手に甘いんだよ!」

有山は吉田の顔を一回も見ずに、まるでPCと会話しているかの様に話した。

吉田はこの、有山が嫌いだった。去年までは、配送担当責任者でトラック運転手にペコペコ頭を下げていたが、今年の春の人事で係長に昇進。

このデスクに座るようになってからは、一度も現場には顔を出さない。

しかも、この男、目の前でネット将棋を指しているのだ。

その時だ。

「吉田ちゃん、こっちこっち」

と、呼ぶ高身長の若い男性が名前を呼ぶ。神宮寺貴司主任だった。

「吉田ちゃん、あのバカまた将棋しながら話してたでしょ?」

吉田は、

「アイツ、マジぶん殴ってやりたいですよ!」

神宮寺は冷えた缶コーヒーを見せて、休憩室に2人で向かった。

2人で缶コーヒー飲みながら、

「吉田ちゃん。あのドラム缶どこまで?」

「四日市までです」

「じゃ、名古屋からだからこの後、出発すれば、明日の午前中までには十分間に合うね」

神宮寺はハイライトに火をつけた。

吉田は非喫煙者である。

「神宮寺さん。もう、運転手いませんよ。21時の便で皆出ちゃってます。早くても、翌朝の5時しかもうトラックないですよ!」

「トラック1台もないの?」

「運転手のいないトラックなら、10台程ありますが」

「じゃ、僕が運ぼう」 

「えっ!……主任さんは大型の免許持ってるんですか?」

「僕は内勤の前は、運転手だったんだ。椛山さんと、良く夜勤明け飲んだなぁ。よしっ、着替えてくる」

「……助かります。でも、……いいんですか?」

「別に。問題はないよ!明日は夜勤明けで暇だし」

内勤でも、お客様対応の為に夜勤は存在するのだ。

神宮寺は灰皿にタバコを押し付けた。

作業着姿の神宮寺をこの夜初めて見た。フォークリフトで、次々にドラム缶を荷台に積み、出発しようとした時、吉田は神宮寺に言った。

「神宮寺さん、明日の夜勤明けご馳走させて下さい!」

「吉田ちゃんも若いな。ま、僕もまだ28で若いけど。いいよ!24時間寿司屋知ってるから、そこで」

神宮寺は運転席側のドアを締めた。

「気を付けて下さいね。明日の朝、ここで待ってますから」

と、吉田が言うと、神宮寺はクラクションを一度鳴らして、四日市まで向かった。

吉田は、仮眠を取るために女性用休憩室に向かった。

21時アガリの後輩、石井一美とバッタリ出会い、

「吉田さん、今夜は散々でしたね。でも、神宮寺さんがいて良かった」

石井は、バッグの中から高麗人参エキスの栄養ドリンクを吉田に渡した。

「あ、ありがとう。石井ちゃんはいつも飲んでるの?」 

「いいえ。椛山のオッサンが毎日2本ずつ渡すんです」

と、石井は笑いを堪えて言った。

「あの、ハゲ、わたしには文句しか言わないくせに!じゃ、石井ちゃん、お疲れ様」

「はい。先輩も仮眠取って下さいね。明日、4時には第1便が来ますからね。失礼します」

石井は明日は休みなので、足取り軽く去って行った。

吉田は、いつもスーツ姿の神宮寺が作業着を着て作業している姿が目に焼き付き眠るに眠れ無かった。

寝落ちしたのは、1時を回った頃だった。


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